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むずい
最近なぜか息子のことを思い出してしまう。
もう死んでいるのに。すぐ側にいるかのように。
夢でもそうだ。
息子が何者かに殺される夢を見るのだが、
これは何かの幻覚だろうか?
間違っていると信じたい。
こんな事を考えていたら、もう八時半だ。
最近私が考えていることがある。
空耳だ。
例えば、「ウッウッウマウマ」や「Daisuke」
などでよく見られる、外国語であるが、日本語に聞こえることだ。
これは、外国語を日本語だと解釈し、生まれる現象だろう。だが、今は空耳で日本語に聞こえる音楽が減っている。これはなぜだろうか?
日本人が、外国語を外国語として聞いている。
または、音楽として聴いている。などだろう。
こんな事を考えていると、いつの間にか会社についていた。やはり、考えることは楽しい。
上司に休暇を取った事を謝って、席に着いた。
今日は時間がたつのが早かった。空耳の話を広げていきたかったからだ。
空耳は、解釈する言語の違いによって生まれる言葉だ。例えば、人生もそうだろう。
人生が長かったか短かったかはその人の解釈次第だ。
同じ満足度には絶対にならない。
息子のことを思い出す。
息子はどのくらい満足していたのだろうか?
息子にとって人生は短かったのだろうか?
長かったのだろうか?絶対に謎は解く。
待っていてほしい。
家に帰ると妻が泣きながら料理を作っていた。
そこで、今日は息子の誕生日だということを思いだす。息子は生きていたら何をしていたのだろうか?
仕事はしていたのだろうか?
戻ってきてほしい。
探偵は今、謎を一生懸命考えている。
「五行目と六行目では何があったんだ?」
私は1つ目の手紙と2つ目の手紙を照らし合わせる。
「? 私はまだ死んでいません。これはどういうことだ?」あの場所には息子さんの死体があったはず。
それでまだ死んでいません。衝撃的な事実だ。
だが、あの死体は死んでいる。つまり、
誰かが、息子と見せかけた人物を殺したということだ。
これを依頼人に伝えないと。多分依頼人も気付いていない。気付いていたら指摘はするはずだからだ。
依頼人に電話をかける。
「すみません。分かったことがあって、今夜お話したいのですがよろしいでしょうか?」
了承され、今日の夜、依頼人の家に行くことになった。
聞きたいことは、死体に心当たりがあるか?
あの手紙は本当に息子から送られてきたのかだ。




