<アサルト・スタンス>
「敵、目視4! 暗殺者追加!」
そうシオリは叫んだ。二階から窓伝いに降りてきたのは暗殺者だ。全身に前もってかけられたハートビートヒーリングの力を感じながら、彼女は大太刀を抜いて吼える。
「〈武士の挑戦〉!」
資料で確認できたことがある。それは、冒険者にもヘイト管理は通用するということだ。彼女の咆哮に、冒険者たちの視線が一気に集まる。
(嫌いな目だ)
シオリは牙を剥いた。じっとりとして、にやついて、格下だから勝てると思っている目だ。彼女は自らの髪の毛がざわざわと膨らんでいくのを感じていた。常在戦場のスキルが、彼女の狼牙族としての血を滾らせる。
ありったけの脚力を込めて、シオリは妖術師に肉薄する。後ろからはヴィクトールが竪琴をかき鳴らし、火力を増強する〈プレリュード〉を歌う声が聞こえる。
「まずはアンタからだ――〈飯綱斬り〉!!」
「ぎゃあっ!?」
一瞬で間合いに入ったシオリは、そのまま大太刀を妖術師に叩き付けた。激しく吹き飛ばされた妖術師のヒットポイントが一瞬にして削れる。さしたる防具は持っていないと、彼女の知識は弾き出す。
「こ、こいつ、強いぞ!」
「下がってろ、ロティール!」
たたらを踏んだ妖術師が悲鳴を上げ、守護騎士が彼の前に出る。
相手は死なない。それは、シオリから容赦を奪っていた。
「おおっと……ちょっと付き合ってもらうぜ、狼女ッ!」
「!」
「首の骨一つぐらい置いていきなッ……〈ターニングスワロー〉!!」
妖術師を吹っ飛ばしたシオリが、横から飛び出してきた武闘家に組み付かれる。乱暴に持ち上げられた彼女は、そのまま床に向けて投げ飛ばされる。ムーンライトヴェールを纏ったところで、そのダメージは容赦なくHPゲージに貫通する。シオリのステータスバーに、放心のバッドステータスが浮かぶ。
「っか、は……!」
背中から叩きつけられて、シオリの息が詰まる。痛みこそマシとはいえ、一度倒れた体勢を立て直すのには多少なりとも時間が要る。急げ。脈動回復に背を押され、彼女は跳ね飛ぶように身を起こす。
ヴィクトールがシオリの後方から飛び出して、武闘家を睨み、竪琴をかき鳴らす。
「ヘイト技打たれる前にやらせてもらうぜ……〈囚われた獅子のダージュ〉!!」
ぎゃん、と弦が吼える。ヴィクトールを中心に放たれた呪歌は、確かに武闘家を捉えたはずだった。だが、軽やかに床を蹴り、武闘家は後方へと飛び退る。ヴィクトールに突き付けられたのは、『範囲外』という現実だ。
「なっ、お前……俺の音楽が聴けないってのか!?」
「悪いがJ-POP派でな。へへ、音楽性の違いだなァ?」
「なら、聞くまで追いかけてやる!」
武闘家を射程圏内に入れようと、ヴィクトールが大きく踏み込む。シオリは周囲を見回し、はっとして彼の首根っこを引っつかんで身構える。驚いた彼の声を聞く余裕もない。
「ははっ、PvPの基本は一斉射撃だ……死んでもらうぜ、お嬢ちゃん!」
一度は傷を負った妖術師が、守護騎士の後方から杖を構えていた。
「〈フレアアロー〉!!」
灼熱の弾丸が妖術師から形成され、シオリの方へと一直線に飛んでくる。彼女は足を踏ん張り、ヴィクトールを守る。炎が防具を舐め、熱が彼女を包む。
「っく、おお……!」
さらにシオリのHPが減る。弾き飛ばされそうになるほどの衝撃を、彼女は耐えきって大太刀を振り抜く。彼女を焼いていた業火が真っ二つに引き裂けて、霧散する。
「は……っ、天下の妖術師がそんなものかい」
ちろりと舌で乾燥した唇を舐め、シオリは暗く、牙を剥く。その姿は、獲物を前に毛並みをざわつかせる狼のそれだ。彼女はヴィクトールを離して、じっと相手を見据える。
「もっと打ち込んで来なよ……」
「強がるなよっ!」
気圧された妖術師が杖を構え直す。シオリは、自分の後方から暗殺者が迫っているのを感じていたが、それ以外にも小さな足音を感じ取っていた。
エゴが自分の手の届く範囲に走ってくる音だった。守護騎士が盾を構え、ヘイトを上げるアンカーハウルの宣言を叫ぼうとした瞬間、彼女は指を差し向けた。
「〈アストラルヒュプノ〉」
「がっ……!?」
静かな宣言に、大気が震える。大気の震えは、やがて守護騎士に届き、頭を揺らす。概念を強制的に眠りにつかせるその魔法は、彼に大きな隙を与える。
「きゅ、急に眠気と疲れが……何だこれ……」
「飲み過ぎなんじゃない?」
そっけなく、銀の髪を手の甲で掻き上げて、エゴが言い放つ。苦々しい顔をした守護騎士は、彼女と彼女を守るシオリを睨んでいる。
だから、気付かなかった――横から来る樽に。
「ぐわぁっ!?」
突如として転がってきた樽に轢かれて、守護騎士が困惑の悲鳴を上げる。シオリが横目でちらと見れば、眼鏡をくいと持ち上げるレンダリルの姿があった。彼はわざとらしく、不敵に、悪役のように笑っている。
「暮れの元気なご挨拶というやつだ! 受け取りたまえ!」
「て、てめえ……っ! ふざけた真似しやがってっ!」
「シオリ、差し入れだ! 〈ヒール〉!」
樽を退けて、憤慨した守護騎士が剣の柄を握り絞める。その間に、彼は素早くシオリにヒールをかけた。傷ついていた身体が温かな緑の光に包まれ、急速にHPを回復させていく。
「精神賦活――〈キュアブルーム〉!」
その流れ来る癒しの力に、ほのかなシダーウッドの香りがあった。それは一度は投げ飛ばされ、放心でふらついていたシオリの意識を明瞭に戻す。
「助かる!」
「うむ、では次の『詠唱』に入るので頑張ってくれ!」
シオリは守護騎士たちの方へ向き直りながら、礼だけを告げて大太刀を掲げる。〈武士の挑戦〉は、仲間のヘイトを回収し、それを自らのヘイトに変換する。狼の遠吠えが部屋いっぱいに響いた。
「おおおおおッ!!」
「……〈デッドリーダンス〉ッ!」
シオリが武士の挑戦を放ったのと、暗殺者と接敵したのはほぼ同時だった。鋭い呼気と共に放たれる蹴りを、彼女は大太刀で再び受け止める。その爪先に鋭い刃があることに気づいて、とっさに押し返す。
「おーい、遅いぞ! 月夜!」
「待たせたね」
「っし、プランAいくぞ!」
ふらつく守護騎士を庇う武闘家の呼び声に、暗殺者が答える。冷ややかな女性の声だ。彼女はシオリたちに向き直り、短刀を構える。その目だけが、ちらと守護騎士を見る。
「マクスフィンは、こんなでもアタシたちのリーダーでね。死なれちゃ困るのさ」
「じゃあ、全員ノされてもらうしかないね」
「やってみな、狼女ッ」
一瞬の間の後、再び、二つのパーティーが接近する。シオリが武士の挑戦で引きつけ、エゴが
「さて……『私はあなたがた、オスタラを迎えし貴婦人たちに頭を垂れるものなり』――」
「わざとらしいロールプレイだな、森呪遣い!」
武闘家の野次に、レンダリルは形ばかりの詠唱を唱え続けながらにやりと笑った。武闘家がシオリに再び肉薄し、その鎧と鎧のつなぎ目を掴む。
「あれだけ啖呵切ったんだ、覚悟はできてんだろうなぁッ! 〈ターニングスワロー〉!!」
「っ……」
シオリは受け身の姿勢を取りながら、衝撃に歯を食いしばる。脳天を揺らすターニングスワローの攻撃は、シオリに再び放心のバッドステータスをなすりつける。一度は回復したHPが再び減少する。だが、シオリの心を折るには至らない。
「『あなたがたの無尽の慈悲によって』――」
「へへ、あんまり詠唱の方ばっかり見てると、俺に出し抜かれるぜ!」
レンダリルの詠唱が響くなか、ヴィクトールが武闘家の横を走り抜けようとする。当然、武闘家は阻止しようと、足をだんと鳴らして踏み込もうとする。だが、それを邪魔するものがいる。
「邪魔……〈アストラルヒュプノ〉」
「げっ……!」
エゴの放ったアストラルヒュプノが、容赦なく武闘家の身体と思考を絡め取る。もつれた足を飛び越えるようにして、ヴィクトールが敵陣のさらに奥、妖術師の控えるエリアまで飛び込む。
「さんきゅー、エゴ!」
「ん。こないだので懲りてるから」
照れくさそうなサムズアップをするエゴに、視線を一瞬だけ向けていたヴィクトールが、ついに息を吸い、竪琴をかき鳴らす。
「追いついたぜ……今度こそ仕留めてやる! 〈囚われた獅子のダージュ〉!!」
「馬鹿の一つ覚えかよ! よ、っと!」
獅子の吠えるが如き音色が、彼を中心に放たれる。妖術師は部屋の壁沿いに走って逃げ回る。彼を逃がした衝撃波が、虚しく壁を叩く。
「だぁーっ! 何でだよっ、さては音楽のセンスないだろ!」
「セトリ見直しな、ひよこちゃん!」
「ひ、ひ、ひよっ……ひよこだとぉ!!」
渾身のダージュをまたしても回避されたヴィクトールが怒りの声を上げる。それと同時に、妖術師が杖を構え直す。
「ははっ、サムライのヘイトってのは引き付け範囲が狭くて不便だなぁ!」
「――!」
守護騎士を抑え込んでいたシオリがはっとして妖術師へ視線を向ける。フレアアローのターゲットは、後衛に位置しているエゴとレンダリルに向けられている。
「まずはそこの付与術師からだ! 〈フレアアロー〉!」
シオリの反応が一拍遅かった。妖術師の火炎の矢が、容赦なくエゴの腹を穿った。
「ふぐっ……ぅ……!」
激しいHP減少と共に、小さくうめき声を上げて、エゴがたたらを踏む。腹の辺りから煙を出しながら、彼女は膝をつく。そこに、一つの影がゆったりと忍び寄る。暗殺者だった。
「あは……つーかまえた」
「っ……!!」
沼地の王たちに叩き込まれた死の恐怖が、エゴを強ばらせた。胸元に手を寄せて、彼女はスキル宣言を出せずにいる。だが、彼女と暗殺者の前にも立ちはだかるものがある。
「タンクを無視するなんて、いい度胸だなァ! 暗殺者!!」
シオリが大太刀を構えて突撃する。彼女は大太刀を振り上げ、即座に飯綱斬りの姿勢を取るが、暗殺者はそれより早く身を半歩下げて太刀筋から退く。飯綱斬りは、虚しく空を切る。焦りを見て取られ、シオリが歯噛みする。
「ふふふっ、妬いちゃうねえ。暗殺者が正面切って戦うとでも思っているのかい?」
混戦模様になってきた状況に、シオリは必死で頭を回す。妖術師とヴィクトールは追いかけっこをしているし、レンダリルは『まだ』だ。暗殺者はここにいて、武闘家は暗殺者の後方だ。
では、守護騎士はどこへ行った?
「そういうこった……!」
その問いと同時に、守護騎士はシオリの視界に現れた。巨大な盾を構え、シオリを吹き飛ばさんと突き出してくる。それが何のスキルなのか、シオリはすぐに判断した。
(〈シールドスマッシュ〉!)
「〈シールドスマッシュ〉!」
守護騎士は予想通り、大声でスキルを叫び、轟音と共に盾を前面に押し出す。そこに一つの障害物があることにも、シオリは気付けていた。さっきレンダリルが転がしてきた樽だ。樽もろとも、姿勢を崩そうとしてきているのだ。
だが、シオリはその全てを判別できていた。彼女は大太刀を納刀し、足を踏み込み、鍔を親指で弾く。鞘に収まっていた白刃がぎらりと光る。
そう、同じ失敗は、しない!
一閃。その圧倒的な意思が、樽もろとも守護騎士の一撃を砕き、防いだ。
「んなっ……!」
「――〈刹那の見切り〉」
シオリの赤い瞳が、驚愕に顔を歪ませる守護騎士を捉えていた。盾に大きな傷をつけた守護騎士は、驚きを引っ込めて、冷や汗を流しながらにやりと牙を剥く。
「やるな、お嬢ちゃん」
「武士の基本は居合いさね」
同じように、シオリは髪をざわめかせ、牙を剥いた。
「『どうぞ、我が友をお救いください』――〈ハートビートヒーリング〉!」
同時に、レンダリルがエゴに脈動回復を届ける。著しく減っていた彼女のHPゲージが、ぐっと元の位置に戻る。すぐにシオリの身体も、シダーウッドの香りに包まれる。放心がほどけて消える。後方からレンダリルのキュアブリーズが届いたのだ。
シオリたちは、丁度レンダリルのヒールやキュアブリーズの範囲内にいる。
「そういうことか! おいっ、あいつの詠唱を止めろ!」
「あ? たかがロールプレイだろ?」
その陣形を見た時、守護騎士がはっとして武闘家に視線を向けて、慌てて叫び始めた。
「違う、あいつ――詠唱でリキャストタイムを仲間に知らせてるんだ!!」
シオリはその策を知っていた。だから、牙を剥いたまま、守護騎士を牽制し続けた。レンダリルはずっとリキャストを待っていた。傷つくエゴやシオリを襲う刃を見て、動揺もしただろう。だが、彼は堪え続けた。
「はっはっはー、今更気付いたのかね! ロールプレイが無力な時代は終わったな!」
仲間が傷つく恐怖をひた隠しにして、レンダリルはロールプレイをし続けたのだ。彼は心底悪い笑みを見せて、ピースサインを見せた。
「ふ、ざけやがって! さっきから樽転がしたり小うるさい詠唱したりよぉー!」
「およ?」
レンダリルは激昂した武闘家に胸ぐらを引っつかまれた。敵方の指摘は正しい。武士はヘイトを引き付ける範囲が他の守り手より弱いのだ。だから、武闘家が少し大回りでレンダリルに飛びついた時、シオリは舌打ちした。
「こうしてやる! 〈グリズリースラム〉!!」
「お、おおおおっ!?」
武闘家にがっちりと掴まれたレンダリルが、そのまま勢いよく守護騎士側に放り投げられる。ということは、シオリの方へと飛んでいるということだ。
「おっと」
あたふたと着地し損なったレンダリルを、シオリが背中でどしんと受け止める。法儀族の身体はずっと軽い。少女の身体でも、簡単に支えられる。その折れてしまいそうな痩躯に、シオリは眉を下げて笑み、彼の口調を真似る。
「よーく気を付けたまえよ、ドルイド殿」
「分かってるとも」
喉で笑って、レンダリルが鞭を構え直す。背中合わせになって、二人で敵陣営を見回す。向こうではエゴがヴィクトールのサポートに入って、妖術師をソーンバインドホステージの茨で絡め取っている。
「よくも俺の音楽を散々無視してくれたな、こいつ……!」
「あっ、ばっ、待て! 話せば分かる! 死ぬ歌はやめろ! やめ――」
「〈囚われた獅子のダージュ〉!!」
「ぎゃあああああっ!!」
断末魔が響き渡った。ゼロ距離から放たれたヴィクトールの重苦の歌が茨を刺激し、炸裂させる。逃げ回りながらスキルの準備をしていた妖術師が、ぶすぶすと煙を出しながら崩れ落ちる。
「一つ覚えじゃないぜ。一芸特化だ! 二度と間違えんな!!」
竪琴をかき鳴らしていた指をぱちんと鳴らして、ヴィクトールが勝利宣言をする。暗殺者が眉を寄せ、奥歯を噛む。そのすぐ後ろで、守護騎士が盾を構えながら叫ぶ。
「力を貸す! もう一発お見舞いしてやれ……〈バトル――」
「〈ヴォイドスペル〉」
〈バトルコマンダー〉のスキルが、暗殺者の攻撃を加速させる。そうして、彼女は襲いかかってくる。誰もがそう思っていたし、シオリもそう思って身構えていた。だが、守護騎士のバトルコマンダーの声が、たった一つの少女の声に掻き消された時、誰もが考えを改めた。
〈ヴォイドスペル〉は魔法職の切り札。全ての力は、その虚無の前に相殺される。守護騎士がぱくぱくと口を開いたり閉じたりして、ヴォイドスペルが飛んで来た方を見た。
「なっ、お、お前……ッ」
「それ、無理」
指を弾く仕草のまま、エゴは平然と言う。いつもエゴは、誰より先を行っていた。
「さすエゴ」
「ん」
ヴィクトールの一言に、エゴは小さく頷いた。
「くそっ、こいつら戦い慣れてやがる……!」
形勢不利を悟った武闘家が悲鳴を上げる。
「怖じ気づいて逃げたっていいんだよ」
口ではそう言うが、シオリは彼らをフィセットの前に引っ立てる気でいた。じりじりと、大太刀を構えたまま身を近付けていく。武闘家がさらに後ろに下がり、テーブルに手を掛ける。
「……ッ!」
攻撃するか、否か。シオリの見る前で、武闘家の眼球が揺れる。テーブルを隔てた向こうには、妖術師を倒したヴィクトールがいる。もはや彼に逃げ場はなかった。
「逃げるのか? ここまでやっておいてか? ええ?」
強いてシオリの誤算があったとするならば、ヴィクトールが音楽性の違いでストレスを溜め込んでいたということだけだった。
「次はお前だ……!」
叫んだヴィクトールがテーブルの端を両手で掴んだ時、武闘家や守護騎士だけでなく、料理人たちさえも戦慄した。スローモーションでテーブルの二つの足が浮き上がり、素材が重力から解き放たれる。
「しゃらくせええーーーっ!!」
「あああぁぁーっ! ごはん!! ほじょんしょく!!」
テーブルがひっくり返される。構えたままのシオリの後方から、素っ頓狂な悲鳴を上げるレンダリルと無言のエゴが飛び出す。
「〈ターニングスワロー〉!」
「〈デッドリーダンス〉……!」
アイコンタクトをして、再びスキル宣言をした武闘家と暗殺者が、隙を縫ってシオリに飛び掛かる。宙を舞う食材をかわすように、シオリは〈叢雲の太刀〉でターニングスワローをいなし、返す太刀で〈飯綱斬り〉を暗殺者へ放つ。弾かれた武闘家が目を見開き、暗殺者が叩き込まれた大太刀の勢いのまま、吹き飛ばされ、背中から床へ落ちていく。
守護騎士が慌てて出てきて〈シールドスマッシュ〉を打ち込むが、その隙を突いたエゴの指先から、〈ソーンバインドホステージ〉と〈パルスブリット〉が放たれる。
「俺の、歌を、無視するなぁぁぁっ!!」
テーブルを退けたヴィクトールが、怒りもそのままに〈囚われた獅子のダージュ〉を放てば、間合いを取ろうとした武闘家も暗殺者の後を追う。守護騎士の茨が炸裂し、その唇が叫びを上げるよう開かれる。
一拍置いて、騒音と絶叫。
全てが終わったその時、立っているのはヴィクトールとシオリだけだった。
レンダリルとエゴは床に滑り込み、それぞれに食材をキャッチして安堵の息をついている。その周囲に、空っぽになったボトルやら籠やらが散乱する。皿が割れる音に、シオリがしかめっ面をする。
「……」
「……」
「あれ? 何?」
ヴィクトールがきょとんとして瞬きをした。レンダリルとエゴが、それぞれ何とも言えない表情で彼を見ている。
「あー……食材を粗末にするのはやめよう」
シオリが苦笑いしながら、ヴィクトールに声を掛けた時、ついに守護騎士が盾を放り出した。相手方は、もう誰も彼もがひっくり返って、頭に食べ残しをひっつけていた。
「あーっ、やめやめ! 降参!」
大の字になって、守護騎士が叫ぶ。
「殺したければ殺せばいい。私たちはどうせ、死ねば大神殿に戻るだけだからな!」
シオリは対立していた冒険者たちを見回した。みな満身創痍で、癒やし手もいない。ちらと意見を聞こうと起き上がったレンダリルを見ると、彼は丁度ヴィクトールに食材を持ってもらって、助け起こしてもらうところだった。
「領主殿のところに突き出そう。リスポーンされて行方をくらまされるよりはいい。それに……」
「それに?」
「エゴに反論するようで悪いが、やはり食事ぐらいなら作ろう。仇を返された時は、その時だ」
「私は作らないよ?」
「構わんさ」
苦笑して、レンダリルが食材を片付け始めようとする横で、エゴは無造作に冒険者たちへ歩み寄って、側にしゃがみ込む。無警戒な様子に何だ何だと見上げる守護騎士に、彼女は当たり前のように手を伸ばす。
「じゃあ、猿ぐつわして脱がそう」
「えっ?」
守護騎士が耳を疑ったような声を上げる。
「え、エゴ?」
「何か武器持ってるかもしれないし、特に暗殺者」
「い、いや……そこまでは……しなくて、いいんじゃない、かな……」
その物騒な言葉とかすかな羞恥にシオリが反論したところで、おそらく全てに決着がついたのだろう。敗北した側の冒険者たちは、一斉に深いため息をついた。
がっかりとした暗殺者の腹の上には、我が物顔で大きなハムが乗っかっていた




