65 佐藤の本性
「嘘、鈴木って女だったの……!?」
初めの初めからしてきた勘違い。
それが今ここに正されて私は驚愕した。それこそ佐藤に恋心を抱いている、それを知ったとき以上に素っ頓狂に叫んだ。
……まさか鈴木が女だったとは。
「女だったのってどんな暴言よ!?」
鈴木がこれでもかと憤る。
全くその通りである。言い訳のしようがない。
自分が勝手にしてきた勘違いだ。だって鈴木は自分のことを一度も男だと言っていないし、周りの三人もそう言ってきたわけでもない。
それをおまえは女だったのかと言われたら、私だって憤る。
私が今まで吐き出してきた中で、間違いなくトップクラスの暴言だ。
「田中の件もあるもの。てっきり一緒かと思ったわ……」
それでも弁解くらいはさせてほしい。
だって仲の良い四人組。まさか紅一点だったとは思わなかったのだ。
「つまりわたしの女っぷりが、鈴木に並んだということ」
「凄い屈辱だわ……」
嬉しそうな田中と、苦々しげな鈴木の対比。
……ああ、でもようやく全て心に落ちてきた。
この四人組の関係性。鈴木が女だったというのなら、全てが納得がいく。
「結局、ただの女の嫉妬が招いたものだったのね」
鈴木の知り合いに佐藤が手を出した。それに鈴木はブチギレたと、渡辺たちは語っていた。
当然だ。好きな男が隠れて、自分の知り合いと繋がらんとしていたのだ。鈴木の怒りは相当なものだろう。理不尽な怒りではない。
「本当、貴方は佐藤が好きなのね」
「べ、別に佐藤のことなんて好きじゃないわよ」
私のからかうようなニヤついた口元から、鈴木は逃げるようそっぽを向く。
まったくもって、素直ではない女だ。
「……ただ、向こうから頭を下げてくるなら付き合ってあげないこともないわ」
と思ったら、あっさりとそんな形で認めている。
そんな鈴木の有様に、思わず噴き出してしまった。
私に愛や恋はわからない。でもどうやらこの女は、つい我を失うくらいにその身を費やしているようだ。
人の恋愛にはまるで無関心だったが、つい興味を持ってしまった。
「あんな女をキープするような男のどこがいいの?」
冷やかすような声色で問いかける。
どうやら佐藤は、渡辺たちが聖人扱いするような男だったらしい。ちょっとそこをつついてみたくて、あんな酷い男のどこがいいのか、なんて貶してみた。
苦々しそうにしながらも、やはり佐藤のことが好きなのだろう。
「元々佐藤は、あんな酷い人じゃないわ。真面目と誠実が服を着て歩いているような人よ」
本人の名誉のためか、ようやくその重い口が開いた。
男よ、というのではなく、人よ、と表現する辺り、その親しさと距離感を感じる。
「佐藤は苦労人でね。幼い頃にお父さんを亡くして、女手一つで育てられてきたんだけど……お母さんのほうも身体が強い人じゃなかったの。どれだけ頑張っても、生活が楽になることはなかったわ。
だから佐藤は、中学生になったらすぐに新聞配達を始めて、そのお金を全部家計にいれてきた。バイト以外の時間は勉強に費やし、成績は常にトップを維持。それもこれも、学費とかの免除のためにもね。そして将来いい会社に就職して、お母さんを楽にさせるのがあの人の目標だったの。大学に入るまでの佐藤は、本当遊びのない生活だったわ」
重々しく伝えられたそれは憐れみではない。ずっと見守り続けてきたそれは、どこかやるせないような歯がゆさを感じた。
意外である。
中古はキープだ、美少女で本懐を遂げられるなら誰でもいいとまで言い切った男。その土台には禁欲的なまでの人生が積み上げられていたとは。
「そんな生活に余裕ができたのは、お袋さんが再婚してからだ。まあ、大学受験を間近に控えていたから、それはそれで余裕なんてないんだが。佐藤の青春が始まったのは、大学からだな。
大学へ受かって、さあ遊ぶぞ恋をするぞと、張り切っての新生活だ。娯楽なんてろくに触れてこなかった男の一人暮らし。そういうのに限ってタガが外れて道を踏み外しそうなものだが、学業を疎かにすることなく、悪い遊びなどは一切しない。あいつの素行や生活態度は至って健全だった。
だからといって融通の利かない真面目くんというわけでもなく、便利に利用される男でもない。人間関係の遊びもわかれば、駆け引きもできる。上からは可愛がられ、下からは慕われる。そして俺たちのような奴からは頼られ尊敬をされていた。顔ではなく人柄であそこまで人望を集めるさまは、まさに聖人だったな」
鈴木から引き継ぐように、渡辺より語られる人物像。
聖人。
確かに渡辺を手のひらの上で踊らせるほどの地力には驚いた。だが聖人とはほど遠い。
作戦だったとはいえ、あれだけの醜態を晒してきたのだ。普段から鈴木たちを罵りカス共と叫ぶさまからは、決して考えられない一面だ。人望なんて縁とは程遠い。
「そもそもわたしと渡辺のような最底辺の人種と、最初から嫌がることも差別もせず友だちになってくれたし、勉強も親身になって見てくれた。佐藤の勉強の教え方はマジで神。私と渡辺のような底辺が立派な大学に入れたのは、十割が佐藤のおかげ。貴方の尊敬する人は誰ですかと問われたら、佐藤の名を出すほどにあれは聖人だった」
佐藤と歩んできたその仲を語った田中。
そういえば渡辺と田中は、スクールカースト? とにかくその最底辺だったと言っていた。佐藤はできる人間だったらしいので、確かに二人との格差はあったのだろう。
どうやら佐藤は、下だ上だと気にせず、手を取るような人間だったようだ。
本当に彼らにとって、佐藤は聖人だったらしい。
「そんな佐藤がああなったのは、『先を越されるのが気に入らないから』と恋を妨害されていることだけじゃない。信頼の全てを差し出してきた鈴木に、そんなくだらない理由で裏切られたと信じてるのが一番の原因。はぁ……あの聖人も人間不信に陥って当然」
「以来佐藤は、どんどんどんどんどんどん人格が歪んでいったんだ。今の佐藤はさながら、『どうせ二次元の世界だ、好き勝手やってやるか』って、たまりにたまったものが爆発したというところか。あの聖人がここまで堕落し、品性を堕とすのかというほどに酷い堕ち具合だ。三次元ならこんな堕ち方絶対せん。はぁ……正直、深い責任と罪悪感はある」
田中と渡辺。二人そろって大きなため息をついている。次の瞬間、諸悪の根源を責めるようにその顔は鈴木を捉えた。
そういえば、佐藤のことを男が惚れる男といっていたか。
どうやら二人は、本当に佐藤のことを好きだったのだろう。もちろん、私が勘違いしていた意味ではなく、人間として佐藤を尊敬し慕っていたのだ。
「戦争が起こってからも、なぜわたしたちとの縁を切ろうとしないのかがわからない。遊びに行っても『おお、来たかカス共。さっさと貢物の酒を出せ』って嫌な顔一つせず、ツマミを作って迎えてくれる」
「俺たちのやっていることなんて、普通に縁を切られて当然のことだ。鈴木を叩き出さないのは貧乏性だなんだと言ってるが、根っこのところがやっぱり聖人だな。それこそ家族でも殺されん限り、あいつは真の意味でブチギレないんじゃないか」
その通りだ。
鈴木たちがやってきたことは、あまりにも理不尽である。この三人しか友人がいないならともかく、どうやら人望があるとのこと。友人には困っていなかっただろう。
四月から鈴木たちがやってきたことを見てきたが、よく考えたらなぜ、佐藤はこいつらと縁を切らないのか。不思議でしょうがない。
「今だってその気になれば出ていって、うまくやれる器用さと要領はある。それこそ小太郎辺りに日本政府と顔を繋いでもらい、蒼き叡智の価値を振りかざし、金だ家だとなんでも用意できるだろう」
「それなのに佐藤は毎日わたしたちのご飯を作ってる。やっぱり根っこのところが聖人」
どうやら本当に、佐藤は二人に尊敬され慕われているようである。
聖人だと。
この男以上の人格者はこの世界にいないとばかりに褒め称える。
それほどまでにあの男に助けられてきたのか。はたまた救われてきたのか。
盲目的なまでの贔屓目である。
だってそうであろう。人間なんてものは堕ちるときは堕ちるもの。堕落するときは堕落する。
状況と場さえ整えば、悪徳なんていくらでも重ねる生き物だ。まるで佐藤には、本来そんな機能が備わっていないはずだったのに、と彼らは口にしている。
真の聖人なんてものは、この世にいない。
私はそんな綺麗事は嫌いだ。佐藤もただの、人間だったという話である。
だって恋心を向けられながらも、中古はキープだなんてのたまうのは、あまりにも人間としてカスすぎる。
「聖人だ聖人だなんて言ってるけど、人の本性っていうのはこういうときに出るんじゃないの? 結局、あれがあの男の本性だったというだけの話でしょう」
「あの人のことを何も知らない女が勝手なこと言わないで!」
あれだけ佐藤を陥れてきた諸悪の根源が、憤るように私の論を一蹴した。それこそ大事な物を傷つけられたかのような女の悲鳴だ。
次話は19時に投稿します。




