58 完全敗北
「クソッ、クソッ!」
再び、何度も机を叩きつける。
取り乱したかのような、みっともないまでのこの姿。
佐藤の声を聞いていない鈴木と田中には、モニター越しに見えるそれしかわからない。
いつまでもこうしていても仕方ない。
椅子にもたれるように、力の全てを抜いて背中を預けた。
「すまん鈴木。作戦が読まれていたとか、そんなレベルではなかった。完全に佐藤の手のひらの上で踊らされていた」
「踊らされていた?」
「あいつが今日まで見せてきたイキリグリ太郎の姿は、俺たちを騙すためのブラフだ。復讐心をたぎらせ、我と冷静さを失ったと思わさせ、全て全て全て全て、あいつの思惑通りに踊らされていたんだ」
煮え湯を飲まされたような怒りが込み上がる。
俺を踊らせた佐藤にではない。この世界でにわかなんぞに出し抜かれた、自分自身の情けなさにだ。
「あの渡辺がこの世界で出し抜かれるなんて……」
「言い訳をするつもりはないが、今回の準決勝でダーヴィットを勝たせる手段は他にもあった。だが、調子に乗ってる佐藤を見て、こっちが視野狭窄に陥り、安易な手段を選んでしまった。……この世界で堕落し、品性を堕としたとはいえ、腐っても佐藤か。この世界の知識では決して負けないが、人間勝負として仕掛けられていたのなら流石に勝てん。今回は、完全に敗北だ」
二人の前で俺は、まさに絶対負けんとばかりに作戦を嬉々として語った。
それが蓋を開ければこの様だ。情けなく無様なことこの上ない。
鈴木も田中も、責めたり煽ってくるような真似はしない。それなら仕方ないと言ったばかりの目を向けてくる。
鈴木が神に全てを与えられた半神ならば、佐藤は努力で人生を切り開いてきた聖人だ。
俺のような最底辺な人間とは、根っこからして出来が違う。
佐藤には人間レベルで決して勝てない。世界ランクがまるで違う。
それを惨めに思うことなく、俺はそれを認めている。そんな男の友人であることに誇りすら感じている。
「だが、俺とてこの世界を愛し、全てを知り尽くしている誇りがある。出し抜かれたままで終わり、はい、そうですかにはならん。次は負けん。決勝で俺たちを血祭りにあげると息巻いているが、今度こそ目にものを見せてやる」
この世界で負けたままではいらない。
これだけは佐藤が相手であろうと、にわかなんぞに負けてはいけない。
佐藤に勝てる唯一の土俵で、膝を折ったまま終わることなんてできないのだ。
「大丈夫、渡辺? 因果応報だけど、今の佐藤は本気でわたしたちを殺しにかかってくる」
「私、痛いのとか絶対嫌なんだけど」
心配そうにする二人。
本気の佐藤を恐れているのだろう。
「大丈夫だ。相手は強敵とはいえ、俺一人で勝ち抜く戦術はある。今度こそ奴の知らん知識も総動員し必ず葬り去り、この雪辱を晴らしてやる」
そんな心配はいらんと、俺は言い切った。
今度こそ無様で情けない姿を見せないと己に誓う。
知識だけではない。この世界最高の魔導師の身体と、全幅の信頼を置いた黒の賢者がいる。
原作ではついぞ辿り着かなかった、カノンの境地。
ソフィアルートで黒の賢者が振るった、更に上回るその力。
間違いなく、今の俺はこの世界最強だ。最悪、黒の賢者に全てを任せるという選択もある。そして喜んで、彼女は力を貸してくれると言ってくれた。
なお、田中を相手にするときは、絶対に手を貸してくれない模様である。
「……その前に、俺たちにも準決勝が残っていたな」
そこで思い出した。残っていたお楽しみを。
「もしかしてまだやるの? 私、しりとりするのも飽きたんだけど」
「なら山手線ゲームでもやっていろ」
不満そうな鈴木を切り捨てて、極上のディナーへこの顔を向けた。
「決勝では貴様の相手をしている暇などないからな。これが最後のお楽しみだ」
生前は決して目覚めなかったはずのその性癖。
それを芽生えさせ、今日までそれを存分に満たしてくれた友。
今日もその腹に、神剣を突き刺す作業へと戻ろうか。
「さあ、田中。貴様の苦悶に歪んだその表情、今日も楽しませてもらうぞ」




