48 原作を凌ぐ最強の力
「魔法を使うとか容赦ないわね」
「所詮は仮の肉体だ。容赦をしてやるつもりはない。――さて、下がっていろ鈴木。客が来たようだ」
うわっと顔をしかめる鈴木を横目に、岩場の上に目を向ける。
そこに人影はない。ただしその向こうからやってくるのはわかっている。
黒き黎明に魔力の制限などない。索敵範囲は佐藤と同じかそれ以上。
スタートした時点から、俺たちはここにいるぞとばかりに、こちらは常に探知魔法を放ち続けていた。向こうもそれに気づき、こちらの居場所はすぐにわかったはずだ。
外面上、俺たちは台覧戦最強チームである。小細工など既に諦めていたのか、いっそ清々しいほどに、正面からやってきた。
田中の髪を掴み上げ、膝立ちにさせたところへその腹部を蹴り上げた。
それが現れたのはほぼ同時だった。
田中をぶつけ吹き飛ばそうとしたが、難なく受け止められた。
仮にも幼い頃から戦う術を学んできた魔導師。このくらいの攻撃は簡単に防がれるか。
だが思いもよらぬ先制攻撃に動揺しているようだ。
「お、おまえたち……仲間じゃなかったのか?」
「そのカスは端から仲間ではない、ただの数合わせだ。そいつには腹をいたぶる以外、使い道などない」
向こうの問答がおかしくて、つい鼻で笑ってしまった。
彼らは仲間同士で顔を見合わせる。
敵なのだからそのまま殺せばいいものを、丁寧に田中を横たわせる。
一戦目の相手チーム三人。蒼グリの登場人物は、立ち絵もない端役まで網羅しているが、彼らの名に覚えはなかった。
学園生ABCの名もなきモブといったところか。
「カノン・リーゼンフェルト。俺たちは――」
改めて佇まいを直す彼らは、なにかを宣誓しようと口を開いた。それに待ったをかけるように手のひらを見せ静止した。
「前口上も自己紹介も結構だ。これから行われるのは争いでも、戦いでも、試合でもない。争いの中で振るわれる黒き黎明の、初となる試験運転にすぎん。俺はここから一切動かん。好きにかかってくるといい」
プライドを傷つけてしまったのか、三人一様顔が真っ赤だ。
モブたちは目を剥いた次の瞬間、互いの顔を見合わせすぐに散った。
いくら俺がこの世界を愛しているとはいえ、足元に這っている蟻にまで注意は払えない。つまりそのくらい、彼らはどうでもいいモブだということだ。
それでもあのモブたちこそが、俺が初めて魔法でこの手を下す実験台。名くらいは後で見直し、覚えてみるのも悪くない。
事実、彼らからもたらされる光景は、とても素晴らしいものだった。
この身を取り囲むよう激しく燃え上がる炎柱。
散弾のように襲ってくる鋭き氷柱。
雲なき晴天から降り注ぐ雷撃。
矢継早に次々と打ち出されるそれらは、まるでイルミネーションのように彩色を放つ。さながらクリスマスツリーにでもなったかのようだ。
そういうわけだから、全てそれらはこの身に届いていない。
黒き黎明によって得られる、暴力的なまでの魔力量。それを雑に障壁へと変換するだけで、全てが全て打ち消している。
仮にも相手は台覧戦に臨んだ、シエルの中でも優秀な学園生。仮の肉体とはいえ、そんな彼らが本気で自分の命を狙ってきている。
命のやり取りなどとは無縁な、ちょっと前までただの一般人だった。そんな俺が、初めて驚異に身を投げ出しているというのに、恐れも慄きも憂いもない。
「なるほど……これが俺TUEEEE系というものか。実にいい気分だ」
胸の内を支配するのは万能感だ。
痛みや苦しみへの不安などない。
このような力をポンと与えられ、思うがままに我を通し続ければ、イキってると嘲笑われるのにも納得がいく。例えそれを意識せずとも、それほどまでに力の格差というものは我欲を増長させるのだ。
新しい玩具を手に入れた子供みたいに、この死闘で色々と試してみたい。そう驕り高ぶっていた。
今の俺に与えられているのは、カノンという最高の魔導師としての器だけではない。黒の賢者が師であり味方であり、そして保護者としてついている。
ソフィアルートでは黒の賢者はカノンを見放し、試験体であったソフィアへとその身を移す。そしてその身体を扱い、勇者としての力を振るうラスボスへと至るのだ。
ただし、どれだけソフィアが優秀であっても、魔導師としての素質はカノンには遠く及ばない。
もし黒の賢者がカノンの身体を手にしていたら、どれほどの力を発揮したのかと、散々考察されてきた。
カノンは我と意思が強い。
黒の賢者に心を育てられながらも、全てを彼女に差し出すような真似はしない。一時的とはいえ身体を渡すような真似は、それこそしない。二度と帰ってこないかもしれないという、恐れと疑いを抱いたからだ。
だが、俺にそんな畏怖も疑念もまるでない。
俺たちの間には、固く結ばれた信頼関係があるのだ。
彼女を信じている。なにかあればすぐにでもこの身体を明け渡し、助けを乞うのを厭わない。
こうしている今でも二割ほど支配権を明け渡し、フォローしてもらっている。それこそ俺の身を守るためなら、瞬時に全ての支配権を奪い対処できるように。
今の俺は、原作のカノンすら凌ぐ力を手にしていた。痛みへの恐怖と覚悟と忍耐こそ足りないが、もしそれを克服されれば、名実共に蒼グリ最強キャラとなるわけだ。
そういう意味ではこの第一戦目。
モブたちが繰り出してくる魔法は、祝福の花火のようにも見えてきた。
水煙が上がる。
砂煙が上がる。
黒煙が上がる。
煙に乗じてなにかしようとあがいているようだが、全てが無駄だ。黒の賢者に任せている高度な探知魔法が、その姿を立体的に捉えている。
一分ほど、そんな彼らに好きなようにやらせてみたが、いつまでも立っているだけではつまらない。
そろそろこちらから仕掛けてみるかと、散々驕り高ぶりながら、指を鳴らそうとしたそのときだった。
「な……ッ!?」
一瞬の内に、懐に踏み込んでくるその影に慄いた。
直感があった。
交差するように振り下ろされるその二対の刃が、この身を切り裂かんとする未来を。あれほど魔法を防いできた障壁ごと、この生命を断ち切るだろうと。
結局のところ俺は戦いの素人であり、戦いの中に身を置いたことなど一つもない。カノンの経験を引き出せようと、その精神性までは引き出せない。
いざ窮地に陥れば、身体を硬直させされるがまま。
だからこうしてこの身が無事なのは、過保護なまでの黒の賢者のおかげであった。
空手であったはずの手に握られる黒剣。
かつて魔神を討ち取った、神剣シュバルツズィークが、その二対の刃をすんでのところで止めていた。
この場を一切動かないと誓ったはずが、気づけば大きく後退しいてた。
踏みとどまろうと力を入れたこの足が、一メートルほどの轍を作っているようだ。
煙が晴れる。
眼前にいるのは、先程まで苦悶の表情を浮かべていたはずの顔。殴りやすい腹部をしたそれと今、二対の刃を持って対峙していた。
「どういうつもりだ、田中?」




