23 ファンクラブとか親衛隊系のあれ
五月の大型連休を目前に控えた週の初め。
王立学園でありながら、休日は日本のカレンダー基準である。その辺りの設定を突こうものなら、渡辺が荒ぶるので気に留めないことをおすすめする。
ともあれ長い休みというのは、世界を超え次元を超えた先でも、そのありがたみは変わらない。校内ではあちらこちらから連休の予定が飛び交っており、皆が浮かれているのが見て取れた。
俺たちもまた、連休が待ち遠しとばかりに心を踊らせていた。
月白邸のリビングでは、旅行パンフレットが散らばっている。今度の連休はどこへ行こうかと、ああでもないこうでもないと言いながら、計画を練っているのだ。
リリエンタールから始まる名家たちから、旅の予算をいくらでも引き出せる。限られた予算ではないからこそ、選択肢が無限に広がり、着地地点が中々決まらないのである。
素晴らしい家で、将来になんの憂いもなく、酒盛りしながら日夜ああでもないこうでもないと言い合う日常は正直楽しい。ヒロイン攻略さえ絡まなければ、カス共はそのカスっぷりの鳴りを潜めている。
煌宮蒼一はただの庶民だが、金の心配はしなくてもいい。こういうときは皆で楽しもうという、悪友からかつての良識ある友人の姿へ戻るのだ。
それはそれとして、ヒロインのフラグを折った恨みは忘れない。この恨みは違う形で晴らさせてもらう。
そんな機会に早速恵まれたのが、三時間目の休み時間。移動教室の途中にそれは降って湧いてきた。
恋人のような距離感で寄り添いながら、ソフィアと小気味のいい会話をしていたときだ。
「貴様が煌宮蒼一だな」
謎の男が集団を引き連れ、俺のたちの前に立ちはだかった。
その集団は中高を分ける制服の色や、学年を示すネクタイの色が入り乱れている。全てが皆男であるという以外、その統一性は見受けられない。
「俺たちはは貴様を認めない」
クリスの登場台詞っぽい流れで、現れた謎の集団。
一体誰だこいつらと思っていたら、その答えは後ろからもたらされた。
「聖クリスティアーネ教会か」
メガネをクイッとしている、渡辺がいつの間にかそこにいたのだ。
「聖クリスティアーネ教会……?」
「クリスはその美貌、家柄、その才能から、虜になる男が後を絶たない。いっそ手が届かないのなら、信仰対象として祭り崇め、その動向を見守るのが当然の帰結。それが一つの集団となったのが、奴ら聖クリスティアーネ教会だ」
「つまり、ファンクラブとか親衛隊系のあれか。アニメであんなのいたか?」
「ファンディスクで追加された、非公認組織だ。クリスと親しくなった蒼一に憤り、その仲を引き裂こうとするのが奴らの生態だ」
「つまり集団ストーカーというわけか」
ソフィアへ顔を向ける。
「ソフィアもこんなに可愛いんだ。このくらいの男共を虜にしてもおかしくはないが……こんなのに付け回されたら、ソフィアならどう思う?」
「……嫌っ、怖い」
「だよな。普通の女の子は、まず泣いて警察に駆け込む案件だもんな」
リアルに想像してしまったのか、俺の袖を掴むソフィアの頭を撫でる。
「でも大丈夫だ、ソフィア。もしこんな気持ち悪い奴らに付きまとわれても、俺が必ず守るよ」
「ソーイチ……!」
感極まったのが、この片腕にソフィアはその身を絡めると、濡れた目頭を押し付ける。
そんなソフィアの頭を撫で続けながら、ドヤ顔をストーカー集団に向けた。
皆一様に顔が真っ赤で、肩を震わせている。実力行使に出てこないのは、カノンが蒼一の味方だと思っているからだろう。
「貴様らに言っておく。俺は別に、この男の味方というわけではない。どちらにも肩入れするつもりはないから、俺のことはいないものだと思え」
第四の嫁とイチャイチャしているのが気に入らないのか、渡辺が言った。
「ふっ、見捨てられたな煌宮蒼一!」
途端、勢いづいたストーカー集団。
「クリスティアーネ様と、一つ屋根の下だと……? 俺たちはそんな貴様を認めない!」
「それで成敗しに来たというわけか。いいだろう、相手をしてやるストーカー共。――下がっていてくれ、ソフィア」
ソフィアを後ろに下げようとすると、不安そうにこの袖を離さない。優しくその手に重ねながら、その手を離すよう促した。
観念したように離すが、ソフィアはすぐにその頭を渡辺へ振った。
「カノン様……!」
「大丈夫だ。あの程度の手合いがどうこうできるほど、あいつは甘くない」
信頼にも似た口ぶりで、渡辺はソフィアを宥める。
リーダー格らしきストーカーの前に一歩踏み出す。青いネクタイの色から察するに高等部三年生。一応、年齢的には二つは上。けれど生前の俺は大学生で成人済みだ。年齢差による恐れなどまるでない。
恋はすれど、所詮はその先に進もうとしてこなかったガキ共だ。カス共のせいで実らずとも、恋の先である、性交渉を経験せんと身を費やしてきた俺と比べれば小僧にすぎん。
「おまえが代表だろ? 名ぐらいは名乗ったらどうだ」
「ふん、貴様ごときに名乗る名などない」
「そうだな。クリスを付け回す変態集団、その代表だ。やっていることを考えると、恥ずかしくて名乗れる名なんてないだろうな」
「くっ……!」
それだけで屈辱に塗れたように、喉を唸らせ歯噛みした。
「俺はマントイフェル家の正統なる後継者、アヒム・マントイフェルだ!」
安い挑発にまんまと乗り、アヒムというその名は告げられた。
「アヒム……マントイフェルだと……?」
目を剥きながら、驚嘆の音を喉で鳴らした。
「ふっ……落ちこぼれであった貴様でも、俺の名を――」
「おまえがあの、クリスが恋バナでちらりと零していたアヒム・マントイフェルか」
「……なに?」
思わぬ返しに、アヒムは憤りを忘れた声を漏らした。
後ろからは噴き出す音と共に、
「カノン様!?」
とソフィアが驚嘆している。
渡辺はこれから俺がやらんとしていることに、目星がついたようだ。
「クリスティアーネ様が……恋バナで、俺の名を……?」
「なんでもない忘れてくれ。それより俺を成敗したいとの――」
「そんなことはどうでもいい! その話について、是非詳しく話を聞かせてくれ、煌宮蒼一。いや、蒼一くん」
まるで俺たちは昔からこんな仲だっただろ、と言わんばかりにアヒムはこの両肩に手を置いた。
「いや……でも、乙女の秘密を勝手にどうこうするわけには……」
「頼む……教えてくれ! クリスティアーネ様は、俺のことをなんて……!?」
降って湧いた思わぬ恋の芽に、アヒムは必死に迫る。後ろにいるストーカー仲間に冷たい目線を向けられていることに、まるで気づいていない。
「そうだな……流石に俺も、乙女の秘密を口にするのは憚る。だが――」
アヒムの右肩を掴むと、壁際に軽く押した。
呆気に取られたアヒムに迫るように踏み込む。彼はこちらの剣幕、その勢いに圧倒されるかのごとく、壁際に後ろすがる。
ドン、とこの手はアヒムの側頭部を横切って、壁を叩いた。そのまま空いた手でアヒムの顎を掴むと、クイっと上げた。
「『俺のものになれ』。好きな男には、こうやって唇を奪われたいってクリスは言っていた」
「こ、こんな強引に、クリスティアーネ様が? いくらなんでも、男にこんな風に迫られたら、怖がらせるだけでは……」
「信じられないか? なら、他の女の子の意見も聞いてみよう」
そしてソフィアを横目で見る。
「どうだ。ソフィア、愛する男にこんな風に迫られたら、怖いか?」
「……素敵。わたしもソーイチに……そんな風に迫られたい」
ソフィアは両手を口元に当てながら、その頬を蒸気させた。疑似体験を自らの中で再現しているのか、恋する乙女の顔でつい本音をポロっと漏らしてしまった。
一方、その場で四つん這いになり、渡辺は苦しそうに口を手で抑えている。傍から見たら具合悪そうに見えるだろうが、あれは必死に笑いを堪えているのだ。
本音を漏らしてしまうほどの乙女の姿に、アヒムは愚直なまでに真面目な面持ちを向けた。手を差し出してきたので、握手を持ってそれに応える。
「なるべく大勢の前でやるといい。今日からクリスは俺の女だ、くらいのアピールをしろ。そうやって男らしさを見せればイチコロだ。命短し恋せよ乙女、なんて格言がこの国にはある。クリスのためにも、早速昼辺りに決めてくれ。健闘を祈る、マントイフェル先輩」
「アヒムと呼んでくれ蒼一くん。そしてこの先、なにかあったら迷わず俺を頼ってほしい。必ず君の助けになる」
固く握手を交わすと、そのままアヒムは立ちはだかった方角、その反対へと去っていく。
残されたストーカーたちは、俺と去っていく背中を交互に見比べた末、裏切り者を追っていった。
「流石佐藤……ぷっ、ぐふふ……見事な手腕だった」
今にも死にそうなほど苦しい声で、渡辺から称賛を送られた。
悪は去ったとばかりに余裕の笑みを浮かべていると、ぼーっとしているソフィアに気づく。未だ妄想の疑似体験の中にいるのか、顔の前で手を振っても反応はない。
試しに顎に手を添え、クイっとするとその身体はぴくりと震えた。
「……うん。ソーイチのものにして」
妄想が現実に地続きしたせいか、そのままソフィアの瞳は閉じた。完全にキス待ち顔である。
今にも女の唇を奪わんとしている煌宮蒼一と、その横で四つん這いになって苦しそうにしているカノン。廊下でそんなことをやっていれば、当然目を引いていた。
けれど度重なる鈴木たちの拉致のせいで、俺たちの奇行は珍しいものではなくなった。またこいつらは騒がしいことをやっている、くらいの気持ちで横目で通り過ぎるだけだ。
「貴様が煌宮蒼一だな」
そうしていると謎の男が集団を引き連れ、俺のたちの前に立ちはだかった。
その集団は中高を分ける制服の色や、学年を示すネクタイの色が入り乱れている。全てが皆男であるという以外、その統一性は見受けられない。
「俺たちは貴様を認めない」
クリスの登場台詞っぽい流れで、またも現れた謎の集団。
一体誰だこいつらと思っていたら、その答えは下からもたらされた。
「サクラを愛でる会だ」
メガネをクイッとしながら、四つん這い姿で渡辺はなおも解説役に徹した。
「さっきの奴らのサクラ版だな」
「ご明察だ」
「なら、やることは同じだな。――俺を成敗に来たか。いいだろう、相手をしてやる。それで、代表は誰だ」
サクラを愛でる会のストーカー代表は、一歩、前に踏み出してきた。
「俺がそうだ煌宮蒼一。俺こそがサクラを愛でる会会長、エトムント・バッケスホーフだ」
再び目を剥きながら、驚嘆の音を喉で鳴らした。
「エトムント……バッケスホーフだと……?」




