3.左遷オッサン in スロウランド
スロウランドはアース星系から離れている遠方ということで心配していたが、流石に中心部に入るとビル群が立ち並んでいる。
スロウランドには都市がこの一つしかないが、それなりに発展しているようで安心した。
オフィス街の中心に、ひときわ立派な建物がある。
広い敷地と、2階建ての横に長い建物で、あちらこちらには、彫刻が施されている。クラシックなデザインであり、費用が掛かっているのが、一目で分かる。
ここが行政局庁舎だろう。
私の脳裏に、これまでの窓際生活の苦労が映画のように流れてくる。
だが、苦労した甲斐はあったのだ。
小規模の星系とはいえ、行政局長官に就任。
そして、こんな立派な建物で執務を取れるのだ。
私は、感慨深い思いで車から降りる。トランクから、旅行カバンを取り出すと、庁舎へ向けて歩き出す。
「長官、そっちは駐留軍の本部です。アタシたちは、あの建物です」
車のウインドを開けて、半身を乗り出して声をかけてきたキャステ君は、私の進路方向とは反対の方向を指差している。
通りを挟んで、一軒の古いコンクリート造りの建物がある。2階建てで、古めかしいつくりだ。
おもむきがあると言うふうな古さではなく、ただ汚らしい。黒ずんだ打ちっ放しのコンクリートの表面には、遠くから見ても分かるほどに大きな亀裂が走り、鉄筋は赤茶けて錆びてしまっている。
まるで幽霊屋敷ではないか。
私は、振り返って、今の一瞬まで私の住処となると思っていた立派な駐留軍本部の建物と、幽霊屋敷を比較する。比較なんて言葉すらおこがましいかもしれない。
どおりで私なんかが、長官に任命されるわけだ。と一人合点する。
幽霊屋敷の主には、幽霊を任命するしかないわけだ。この世で生きている、まだ活動している連中は、到底務めることはできないだろう。
資料編纂室に閉じ込められ、生ける幽霊と化していた自分には、なんと似合いの栄転先だろう!なんという道化だ!
「それじゃ長官、アタシは車を停めて来ます。先に事務所へ行っておいてください」
キャステ君の乗るスポーツカーは、エンジンを甲高く鳴らし、急加速して私の視界から消えた。
ぽつんと立ち尽くす私を、太陽が私を刺すよう照らす。ほおに汗が伝わり、シャツが汗で滲んでいくのがわかる。
急に、旅行カバンを持つ手が重くなる。足取りも重くなる。
とぼとぼと事務所へ向かうガケフチの元から小さな背中は、いっそう小さくなってしまったようだった。