書籍化発表記念番外編.お散歩
錬金スローライフの発売記念SSです。
本編、この仔犬たちとはもっと遊びたかったのですが、どうにも蛇足になってしまって諦めていたんです。
が。
書籍化を機に、これ幸いとSSにしてみました。
カルタの村で細々と生延びていた犬や猫たち。
レンが食料援助と引き換えに各地に慰問に出るようにしてもらった結果、幾つかの街でも飼育が始まっていた。
その端緒ともいうべき、つい最近街になったばかりのオラクルの街にて。
「ヴィオラー、アストラー、散歩行くぞー」
暁商会が販売を始めたリードを片手に、レンがそう声を掛けると、ヴィオラとアストラは転がるような勢い――というか実際にコロコロ転がりながら――レンの足元に集まってきて、早くリードを付けろと興奮してその場でグルグル走り回る。
やや大きくなったとは言え、まだ、全身が和毛に覆われた二匹は、興奮しすぎて、レンの手に軽く噛みついてはレンに怒られつつも、すぐにレンに捕まえられてリードを付けられてゆく。
「お前ら、散歩大好きだよなぁ」
お尻ごと尻尾を振って全身で楽しいと伝えてくる二匹の背中を撫でたレンは、水とおやつを持って研究所の玄関に向う。
オラクルの村がオラクルの街になった後、レンは仮の拠点として街の一角に家を建てていた。
小さな家だったが、すぐにアイテムボックスを並べた倉庫を増築し、大きな作業部屋も追加した。
居住部面積を1とするなら、作業部屋は3、倉庫は10ほどである。
そのためオラクルの街では、この建物は『レンの研究所』とか『オラクル研究所』などと呼ばれていた。
敷地内の建物の中でも、冷却魔道具で冷やされ続ける居住部は、クロエとマリーに大人気で、かなりの頻度で入り浸られている。
彼女たちは神殿で猫を飼い始める計画を立てており、どんな猫が良いか、何を準備すべきかと事細かにレンに聞きに来たりもする。
というわけで、
「じゃ、留守番頼むな。レイラが来たら、報告書を受けとっておいてくれると助かる」
とレンが声を掛けると、クロエが頷き、マリーが眉をひそめたりする。
「分かりましたけど……宜しいんですの? レイラさんは、あなたに会いに来てると思うんですけど?」
「まあ、俺の様子を見ろってライカに言われてるみたいだしな」
ライカは現在王都にいる。
あのライカがレンから離れてまでやっているのは、黒蝶対策だ。
今年は大発生の予兆があったとのことで、ライカがラピス氏族を代表して、対策会議に参加している。
その会議にはレンも呼ばれていたが、レンがライカに丸投げした結果、そのような運びとなったのだ。
(折角レン様に会えるとやってくるレイラさんも不憫ですわ)
そう思うマリーだったが、クロエが何も言わないのを見てそっと溜息をついた。
◆◇◆◇◆
「おー、ヴィオラー! アストラー! 今日も可愛いねぇ!」
学園そばで、年若い学生達に撫でられてご満悦な二匹。
いつも撫でてくれる生徒を見付けるなりリードを引くレンを引っ張って駆け寄って、初手からごろんと転がって腹を見せ、前足をちょいちょいして「撫でて」とねだる。
胸から腹にかけてを優しく撫でられると、ついつい後ろ足も連動して動いてしまうヴィオラ。
アストラは全身をくねらせ、撫でにくいと押さえられて、少しだけ牙を剥いて見せるが、すぐに蕩けたような表情に変わって抵抗しなくなる。
「レン先生は、もう授業しないんですか?」
アストラを撫でていた生徒に尋ねられ、レンは先日、一回だけ錬金術の授業を受け持ったことを思い出し、もうしないと苦笑を返す。
「あれは、錬金術の先生が急病で代理しただけだからね。もうしないよ」
「そっかー。あの後、みんな大変だったんですよ? 数日前に卒業した先輩とか、英雄の授業が受けれらるなら、もう少し残っていたのにとか言っちゃって」
「錬金術師をやってれば、どっかで会う機会もあるって伝えておいて」
そう言いながらレンは、二匹のおやつを出して、生徒達に一欠片ずつ渡す。
おやつの匂いに興奮した二匹は、よだれをこぼしつつもその場でお座りをして、キラキラした目で身体を左右に揺らしながら生徒達の顔を見上げる。
その揺れが収まったところでレンが頷くと、生徒達は二匹におやつを一欠片ずつ与えていく。
「いーこちゃんですねー、今日もかわいいですねー」
などと幼児語になりつつも、おやつを食べさせていく生徒達。
そうやって、人間はみんな怖くない、むしろ優しい、人間の手に触れると良い事があると学ぶことでとても人懐こい犬に育つ。
加えて、きちんと躾がされた犬に触れた生徒達は、犬は賢くて可愛いと学んで、いずれ故郷の村や街へと帰っていく。
時間はかかるだろうが、人間と犬の両思いの関係を広めることができれば、犬が人間の友の立ち位置を取り戻す日も遠くない。
たくさん遊んで貰って満足げな二匹に持って来た器で水を飲ませたレンは、遠い目をして、たくさんの犬や猫がいる未来を夢見、夢じゃなくあたしを見て、と言わんばかりのヴィオラに袖を引かれ、二匹の頭を撫でるのだった。




