210.名前
「……ところでレン殿が作る拠点はどのような物になるのかね?」
「砦かな?」
そう答えたレンに、ルシウスは、ああまたか、と溜息をついた。
ルシウスが知る限り、オラクルの村も湖畔の村も妖精の村も、レンが手がけた村は、すべてが城壁に似た壁を有し、見張り台などもあったりする。
なるほど、やはり砦だったか、と納得するルシウスと、確かにオラクルの村などはそう見えるが、それで良いのか、と首を傾げるラウロであった。
「しかし、なぜ砦なのかね?」
「元々は安全に魔物を狩る場所として作ってた砦を元にしてるんです。昔から作り慣れてるんですよ」
ゲームの中では魔物と獣の群れが迫り来る中で結界棒を設置して、墨俣一夜城もかくやという勢いで空堀を掘りつつ掘った土で壁を生み出し、狭い安全地帯を確保した後、その安全地帯を広げて砦を構築したりもしたレンである。
その経験から、森の中に安全地帯を作ると、どうしてもついつい砦風になってしまう傾向があった。
ルシウス達は見ていないが、エルフの待避場所として作ったのも大きな砦――むしろ城だった。
「結界で魔物を防ぎ、壁で獣を防ぐにしても、高い壁は必要ないのではないかね?」
「高い所から安全に攻撃できるように考えるとどうしても城壁っぽくなるんですよね」
「だが、獣程度なら、レン殿の敵ではないのでは?」
「人間なんてどんなに鍛えても、首の血管を切られれば終わりですよね?」
職業の恩恵で動きが良くなっても、別に体が頑丈になるわけではない。
職業の技能に習熟すれば、攻撃を察知し、それを上手に躱せるようになるが、言ってしまえばそれだけなのだ。
地球の武道の達人などと同じく、その体にはナイフは刺さるし、包丁で怪我もする。
滅多なことでは当らないが、当れば包丁ですら必殺の一撃にもなり得るのだ。
「それはそうだが、そもそもレン殿に傷を負わせることなど出来ぬだろ?」
「油断しなければ、そうそう怪我はしないでしょう……と答えれば、それこそが油断というものですが?」
なるほど、とラウロは苦笑いをする。
「だからといって、身を守るために砦を作る……となるのはおかしいようにも思うのだが」
「……まあ一般的じゃないのは認めますけど、村サイズの土地なら他の人が住むかも知れませんから、安全で妥協はしたくないです」
頷いたラウロは、そう言えば、と続ける。
「この村――オラクルの村周辺の土地についてはどう扱うのだ? それこそ王都を超える街になりそうだが」
結界杭は最寄りの2本との間に結界を張る物なので、本数を増やして広い範囲をカバーすることなら可能である。
そうするのかと尋ねるラウロに
「いえ、周囲の土地は基本的には今と近い状態を維持します。結界杭で囲んだりはしませんよ?」
とレンは答えた。
「学園の生徒の訓練の為かね?」
「それが一番の理由です。オラクルの村周辺の森は、育成のための環境でもありますから、開発されないように保護しておくんです」
コンラードやその孫あたりまでなら、学園維持のために森が必要だと言っておけば問題はおきないだろうが、土地が貴重になったときにサンテール家が森を開拓する可能性はある。それを考えれば、このタイミングで褒賞として貰っておくのは良い方法かもしれない、と、元々そこまで考えてなかったレンだが、貰えるなら有効活用出来るようにと色々な状況を想定しながらそう答えた。
「それで、レン殿は砦風にすると言っていたが、どのようなものにするのかね?」
そう尋ねるルシウスに、レンは腕組みをしつつ首を捻った。
「明確な設計があるわけじゃないんですが、高い壁に監視用の塔。それなりに頑丈な門。結界杭や下水は保守性を重視。塀の内側は、塀を壁とする建造物と畑。そんな感じですかね。材料はちょっと迷ってます。理想はストーンブロックですが、保守できる人が限られます。まあストーンブロックなら滅多なことでは壊れませんけど」
「魔物の攻撃は結界にはじかれるのだから、ほどほどでも良かろう?」
「そうなんですけど、魔物と獣に襲われながら作った経験があれば、みんなこうなると思いますよ?」
そう言って笑うレンに、ふたりは、そんな経験するヤツなんていないだろ、と思いつつ溜息をつくのだった。
◆◇◆◇◆
小動物は可愛い。
が、それは小動物が自分よりも小さいから言える事だ。
ヒトから見れば小さくとも、妖精からすれば仔犬であろうとも大型肉食獣と変わらない。
つまり、
「なんじゃ! 妾を食うつもりかえ?」
学生達と共にオラクルの村を訪問したアイリーンは、学園に入るなり、大型肉食獣に襲われた。
「ヴィオラ! 止めなさい」
と静止するライカだったが、どうやら相手は小さいものの人間だと理解していたようで、ヴィオラは牙を立てていないし、アイリーンの悲鳴にも余裕がある。
ペロペロと舐められたアイリーンは、閉口しつつ弱い風魔法でヴィオラの鼻先に刺激を与える。
驚いたヴィオラは、アイリーンから離れて鼻先をペロリと舐める。
その隙に、仔犬が登れない高さの窓枠に避難したアイリーンは、
「そう言えば、村で犬猫は見んかったが、おったんじゃな」
とそばにいたライカに尋ねる。
「ある村で細々と保護されていたのでレン様が食糧支援をして、今は頭数が増えている所ですわ」
「ふむ……村か……こやつをヴィオラと呼んだな。もしかしてヴィオラの村か?」
「いえ、この犬の名前の由来は花の方ですわ」
「ああ、スミレか。あの村も花畑が有名じゃったから、大本は同じなのじゃろうが」
窓枠の下でぴょんぴょん跳ねたり、高く上げたお尻を振って遊ぼうと誘うヴィオラを見たアイリーンは
「妖精の村には連れてこぬようにな? 昔は、たまに犬猫に襲われて怪我をする者もおったのじゃ……どれ、捕まえておいてくれぬか?」
とライカに頼む。
「ヴィオラ、大人しくしなさい」
とライカはヴィオラを背中から抱き上げ、抱っこされたヴィオラは遊ぶ?
とライカの顔を振り仰いで舐めようとする。
「どれ」
ふわり、と浮かんだアイリーンは、ヴィオラの頭の上におり、その耳を掴む。
首を振り、短い前足でアイリーンを排除しようとするヴィオラだったが、ライカに前足を押さえられて憮然としたようにも見える顔で甘えるような鳴き声をあげる。
「ふむ……仔犬の毛は柔らかいのう」
大人になっても犬の耳の毛は柔らかいが、仔犬の頃は格別の手触りである。
だが、耳や足先、尻尾の先など、体の先端はとても敏感なので、ヴィオラは刺激を嫌って何とかアイリーンを振り落とそうと首を振る。
「おとなしくせんか……まったく、お前はさっき妾を舐めまくったのじゃから、これくらいは我慢せい。のう、犬猫はこやつのみか?」
「ヴィオラは雌ですけど、雄のアストラもいますわよ?」
「ふむ、ヴィオラと対なら、さしずめアストラはレンゲの略称といったところかの?」
「ええ、アストラガロは神託の巫女が名付けましたが、そのように聞いていますわ……ところでアイリーン様? 訪問の予定は聞いておりませんでしたが」
ライカにそう言われ、アイリーンは肩をすくめた。
「レンに相談に来たのじゃ。この前来た連中が、村を街に昇格すると言っておったのじゃが、受けてしまっても良いものかのう? あと名前を決めよとも言っておったな」
「街への昇格はオラクルの村にも話が来ていますわ。嫌なら、妖精の村もオラクルの村も、ヒトの管理外だからと断ることもできますわよ?」
「それは聞いておる。単に分りにくいからとか言っておったわ」
ライカは知る由もないが、村と街の名前を分けるのはゲーム内の仕様だ。
村と街では様々な施設の規模が異なるのが普通で、名前を聞いただけでそれが分るように分けられている。
ちなみに明文化された法の範囲ではそこに行政上の区分はない。
ただし、普通の宿場街と周辺の村の管理は子爵位以下、大きな街で伯爵、地方全体を管理するのが侯爵という慣例や不文律は存在する。
よって、通常なら街への昇格は、子爵に伯爵の位を与えるということを意味する。
レンもアイリーンも貴族ではないためその恩恵はない。だが、街の管理者となれば、外部からは伯爵相当の扱いを受けられる。
もちろん相応の作法を覚えたりと面倒もあるが、収支を言えばプラスとなる。
「オラクルの村にも同じ話があったのか。それで? オラクルの村はどうするんじゃ?」
「受けますわ。普通の村には神殿や宿はありませんが、この村にはどちらもありますので、名前からそれが分るようにした方が、混乱は少なくなりますし、対外的にも立場が強化されますし」
現在のオラクルの村には行商人が来ることが増えたため、宿もあれば雑貨屋もある。
定住している住民は多くないが、施設面では下手な街よりも街らしい。
そして、それを言うなら妖精の村も同じである。
「つまり、今後はオラクルの街となるのかや?」
「ですわね。公布はまだ先になりますが……ちなみに最近のレン様はなぜか学園研究都市って呼んでますわ」
「研究? はて? あやつには、まだ研究すべきことがあるのかえ?」
職業育成に限って言えば、レンが持つ知識はおそらくこの世界で最上位である。
今更何を研究するのかといぶかしむアイリーンにライカは
「英雄の世界独自の錬金術についてまとめたいらしいですわ。色々な物の性質を明らかにするとの事ですわ」
「ふむ。何の役に立つのかは分らぬが、また妙なことを始めるのかな……そうじゃ、このオラクルの村の名前は、どうやって決まったのじゃろうか?」
「名前ですか?」
「うむ。妖精の郷につながる村の名前は、大抵は「何とか村そばの妖精の村」じゃったから、名前を付けろと言われて困っておったのじゃよ」
確かに昔はそんな物でしたわね、と納得したライカは
「ヒトの街や村の場合、一般的には管理する者の家名ですわ。オラクルの場合は名前を決めろと言われたレン様が、色々考えてそう名付けましたが、結果、レン様はヒトの社会ではレン オラクルと記載されるようになりましたの」
「なるほど、家名か」
「エルフや妖精なら、氏族名になりますわね」
「ならばフレーアの村になるのう。これで面倒な仕事が片付いたわい」
とアイリーンはライカに礼を言う。
そして、辺りを見まわして、ライカとヴィオラ以外に誰もないことを確認しながらも声を落す。
「のう、海まで行ったのなら、魚や貝は持ち帰っておらぬか?」
「食材として、であれば、レン様が色々と。何かお探しですか?」
「迷宮では花の蜜の他に魚や貝も食っておったんじゃが、そういうものがあれば、と思ってな? 最近、皆が懐かしがっておるのを耳にしたんじゃよ」
アイリーン達がいたのは海の階層の下だったと聞いていたライカは、ああ、と頷いた。
「でしたら、料理の方が良いでしょうか?」
「うむ。あるならその方が助かるな」
「塩で焼いた魚、甘辛く煮た魚、塩と海藻で味付けをしたエビ、カニ、貝、野菜の煮物。醤油で焼いた貝、魚の干物などが私の手持ちにありますが?」
「レンが作った物かえ? お主が管理しておるのか?」
「誰かに何かをお願いする際に用いる心付けとしてレン様に作って頂きましたの。ハチミツをご用意頂けるなら、一皿、もしくは生のままの魚や貝をお譲りしますわ」
ライカがそう告げると、アイリーンは
「ならば頼む」
と即答するのだった。
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