202.海への道のり――偵察とその他の人々
定期的に黒蝶の偵察を行なっていたライカが、
「風は弱く、群れは進路やや西寄りで進んでますわ」
と偵察結果を報告する。
「近隣の街や村には影響はないね?」
「はい。街道まであと僅かですので、突然の嵐でもなければ今から大きく進路を変えることはないかと」
「で、現在位置は計画地点まで半日の距離か……天気も落ち着いてるし、点火予定地点に薪を配置して貰おう。近隣住民への説明は?」
レンの説明に、ライカはよどみなく答える。
「エルフが森を焼いて、蝶を駆除しようとしているという情報は商業ギルド、冒険者ギルドにも回っています。現在の蝶の位置も通達済ですわ。蝶が通過した直後に街道を通れば死にますので、いずれにせよ今日、明日の街道には人通りはないかと」
「よし。で、エルフ達の準備は万全、と」
「ええ。責任者と作戦参加者以外は、レン様が東に作られた避難所に待避していますわ」
村の東の川縁に、レンが街道避難所用の結界杭で安全地帯を作り、その内側一杯に塀と一体になった中規模の砦を作り、村人はそちらに避難していた。
避難期間は計画通りなら前後含めて5日。
森の獣がある程度落ち着いてから村に戻る予定なので、少々長引く可能性もある。
避難所には万が一に備えて様々な品を入れたアイテムボックスも設置され、結界内に畑を作る余裕こそないが、生きるだけなら数年は生活できるように作られている。
便利で快適なのは、避難所のストレス回避のためだったが、アウローラが
「あれほどしっかりとした物を作って貰っては、あちらに住み続けたいというエルフも出てきそうですわね」
と嘆息するほどに諸々が安全で便利にできていた。
「でもあの砦、屋上に出れば別ですけど、屋内だと風が通らないから、長く生活するならそこに文句が出るんじゃないかと」
エルフが家屋に求めるものは、ヒトとは異なる。
エルフは風通しがよい建物を好むと知るレンは、しかし、安全面を重視して建物に大きな窓は設けていない。
レンのその懸念に対し、アウローラはそれは問題にならないと答える。
「換気はしっかり出来ていましたし、息苦しさはありませんでした。圧迫感を感じる者がいるかも、という程度ですねぇ……それを差し引いても色々便利ですし、村の方にも……」
「大叔母様。欲しい物があれば黄昏商会にどうぞ。あまりレン様にご迷惑をお掛けしないでください」
「対価はハチミツでいいのかしら?」
「見積もりを出しますので、後でほしい物の一覧をくださいまし……それにまだ報告の途中ですわ」
「あらごめんなさいね。続けて頂戴」
そう言ってころころと笑うとアウローラは、ライカから貰ったメモ用紙にほしいものリストを書き出すのだった。
「それで、続きの報告ってのは?」
「はい。ダルアの街の冒険者ギルドから、作戦参加の打診がありました」
「参加? 目的は?」
参加すると言われても、やって貰える事はそう多くない。
もちろん、伝令その他やることは幾らでもある。人手があるのはありがたいが、それはエルフ並に森に慣れた者に限られる。
出した伝令が森の中で迷子になれば、指示は届かず、捜索・救助のための人手も必要になる。
レンの言葉からその意図を読み取り、ライカは苦笑いを浮かべた。
「一番大きいのは箔付けですわ。黒蝶を大きく減らすなど、過去、誰も為したことのない偉業ですもの。関わっておきたいとのことです」
「成功すれば、だろ? 失敗すれば不名誉となるのになんでまた?」
「ギルドに話を聞きに行った際、その場に学園の生徒……いえ、卒業生がいましたの。そこから、学園関係者が今回の作戦に関係していると広まったのかも知れませんわ」
「なるほど。なら、前線に立つなら森の中の9つの地点を、複数のルートで迷わず巡回できる程度の技能は必要だと伝えて欲しい。そうした技能がない場合、村に獣が入り込まないように警備任務かな。で? 一番大きいのって言ったけど、他には?」
レンがそう尋ねると、ライカは、
「対策の方法を学ぶため、でしょうか」
と答える。が、それを聞いたレンは複雑そうな表情をする、
「方法を学ぶって言ってもなぁ……今回のやり方だとエルフ以外じゃ無理なんだけど、それは伝えた?」
「それはもちろんです。精霊魔法の先にある精霊闘術を使えないと無理で、生まれ持った属性に左右されるため、エルフであっても全員が自在に全てを使えるわけではないと」
「まあ別に隠すことはないし、見たいなら見て貰うのは構わない。何なら、俺とライカで魔術師達の前で火災旋風を2,3回作って見学して貰っても良いか。あっちに場を用意して貰って、そこで実験でも良いかな」
エルフが用意した場では、薪に細工が、周囲に誰かが潜んで手を出している、等の疑いが残る。
ギルド側で試験環境を用意すれば、環境の再現も容易になるし、小細工がないことも明白となる。
更に、3回見せるなら、それぞれで少しずつ条件を変えたりすれば色々調べることも出来るだろう、とレンが言うと、ライカは
「別の日に見学だけでは箔がつきませんから、それはそれ、作戦参加は作戦参加で、ということになりそうですわね……今からちょっと行ってきますわ」
と溜息をつくのだった。
◆◇◆◇◆
その頃王都では、
「黒蝶対策について、具体的な内容が届きました」
と、イレーネから王宮に続報が届いていた。
報告を受けたルシウスは、ダヴィード王太子の元に先触れを出し、イレーネを伴って執務室の前に移動する。
「先の連絡と異なる点は?」
「大きな火魔法を作る具体的な方法が伝えられました。また、黒蝶の現在位置が分ったことで、どの辺りで会敵するのかもほぼ確定となりました」
「ほぼ? この期に及んでまだ誤差があるのか?」
「相手は生き物ですから、思った通りに動くとは限りません。特に、アレは、嵐に遭えば流されたりもします」
執務室の前でそのような話をしていると、すぐにドアが開いて中に招き入れられる。
「なるほど……ああ、まずは座れ。で、詳報部分は?」
「こちらをどうぞ」
ルシウスは、ルシウスに勧められたソファに腰を下ろし、テーブルの上にイレーネが持ってきた報告書を置く。
「作戦の詳細についてです」
先入観を与えないため、ルシウスはそれだけを伝える。
報告書を精読したダヴィードは、数回読み直し、目頭を揉んで天井を見上げた。
「これは……エルフ以外ではこの方法は使えぬか……」
「精霊闘術を使わない方法がないか、レン殿に確認してみるべきでしょう。レン殿達は他に手がなくて精霊闘術を使っているのか、単にエルフだから慣れた魔法を使っているのか。それも確認は出来ておりません」
黒蝶は天災にも等しい。
いつどこで発生するのか予想も出来ないし、万が一遭遇した場合は逃げる以外に生延びる方法はない。
そして常に全員が逃げられるとも限らない。
だからこそ、ダヴィード達は対策があるのならば、と強い興味を抱いていた。
「……ところで国として幾つか決めねばならぬ事がある」
「褒賞と対価ですな?」
「ああ。今回の件はエルフの民の問題で王国の外のこととなるが、それでも黒蝶は人類全体の脅威だ。もし本当にそれを排することが出来たなら、それに褒賞を与えねばならぬ。そして、先の件の教えを得られるのであれば、そちらにも十分な対価を積まねばならん」
とはいえ。とダヴィードは苦笑する。
「彼が受け取るかどうかも分らぬ訳だが」
「サンテール家も、彼がなかなか謝礼を受け取らなくて苦慮したそうです」
「だろうな。ヒトでないから爵位に興味は持たないし、情報はライカ殿とレイラがいれば十分に手に入る。その上各種財産も十分にある……こちらとしては金や土地で済ませるのが一番簡単なのだが……で、サンテール家ではどのように?」
「最終的に色々な素材や珍しい食べ物をアレッタ嬢に持たせたら喜ばれたと聞きます。後は免税関連を考えていたそうですが……」
「そちらは学園のために国から、か」
ダヴィードがルシウスの言葉の続きを口にするとルシウスは首肯した。
「以前、レイラにもレン殿の人となりを聞いてもみましたが、レイラにしても我々に同道したあの時が初対面。知っている事は我々とは大差ありません。レン殿は、オラクルの村、廃鉱の村、妖精の村を好きにする許可を貰ったこと、各種免税措置が褒美だと考えていると分った程度です」
「いっそ、像でも建てるか?」
「嫌がらせですか?」
「嫌がりそうだよなぁ」
ふたりは楽しげに笑い声をあげる。
「……ああ、でもそれは良い手かも知れませんね」
「嫌がらせがか?」
「打診として「この功績に報いるために石像の建立の話がある。今までの功績についても誰もが十分だと認める対価や褒賞を受け取るなら別だが、そうでないなら」と」
「脅迫じゃないか」
と言いつつもダヴィードはここしばらくなかったほどに笑い、使用人達を驚かせる。
「そんな人聞きの悪い……単にそういう話があったと事実を述べるだけです。それで良いとなれば、そのまま像を造って公園に石碑と共に飾りましょう……神殿が飾りたがるかもしれませんので、場所は要調整としますが」
「つまり、下手をするとオラクルの村の神殿にも石像が、か」
「いえ、そんなまさか。酷いことをお考えになりますね」
真顔でそういうルシウスに、ダヴィードはニヤニヤ笑いながら
「お前が言うか……しかし……うむ。褒賞については、銅像かそれ以外で、それ以外については金銭として金額、または爵位、土地を提示し、選ばせることにするか」
そう言って、憂いが晴れたとばかりに呵々大笑する。
「そう言えば、レン殿関連でもう二点ありましたな……廃鉱の村、妖精の村の命名がまだですし、オラクルの村と妖精の村は街にすべきとの声も出ています」
「前者はなんだ、アイリーン殿だったか? あの妖精に問い合せれば良かろう。廃鉱の方はサンテール伯爵とレン殿に任せれば良い。街と村は、別に何が変わるわけでもない。同じく問い合せた上で好きにせよ」
日本であれば「町」と村には明確な行政上の区分がある。
が、この世界の「街」は、単に村よりも多くヒトが滞在する場所という程度の意味しかない。
それに加え、その区分は神殿の有無で決められることが多いが、そういう意味で言えば、オラクルの村にも妖精の村にもかなり立派な神殿がある。
「承知しました。決まるのはレン殿が戻ってからになるでしょうけれど、サンテール伯爵宛に名前関連、街への昇格についてのとりまとめをするよう使者を出しておきましょう」
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