第八十話
「どうしてルルド様の悪い所を知りたいのですか?」
そう尋ねると、男性は小さく息を吐いてから言った。
「キミはジャスミン姫を知っているか?」
「えーっと、はい。お客様としてお迎えしていると聞き及んでいます。」
「では、ジャスミン姫がルルド殿と最近親密だという噂は?」
その言葉に、アマリーは少し胸が痛くなりながらも頷いた。
「小耳にははさんでいます。」
「そのジャスミン姫は、私の婚約者なんだ。」
「え?」
思わず驚きの声を上げると、男性は苦笑を浮かべて言った。
「はは。突然通りすがりで悪かったな。改めてだが、私の名はラハール。キミは?」
「えっと、私はアリーと申します。アメリア様付の執事をしております。」
「あぁ。王妃になられる方の執事だったのか。だからその身のこなしか。納得だ。」
「私は変な動きでもしましたか?」
「あぁ。私も武を学ぶ身だが、キミの動きには隙がなくて驚いた。武術もするのだろう?」
「そうですね。たしなむ程度には。」
「謙遜か?たしなむ程度ではないだろう?はぁ、、、、もし時間があるならば、少し手合わせをしないか?こう、室内ばかりにこもっていると、運動が足りない。」
その言葉にアマリーは時計に視線を移した。
まだ時間はあるが、準備などは大丈夫なのだろうかとラハールの方が心配になる。
ラハールは肩をすくめると言った。
「そんなに準備はないさ。いいだろう?」
「えーっと、そうですね。少しならばかまいません。」
「そうこなきゃな。まぁちょっとしたお遊びだ。その辺の枝でいいだろう。」
ラハールは近くに落ちていた枝を拾うと、一本をアマリーに投げてよこした。
それを空中でアマリーは受け取ると、ラハールと向き合う。
「じゃあ、行くぞ?」
「ええ。どこからでもどうぞ。」
枝はあまり強度のあるものではないので、二人ともある程度力加減をしながら打ち合って行った。
アマリーは、剣の筋を見ながら、ラハールの素早い動きと身のこなしに驚いていた。
明らかに素人の動きではない。
ラハールは楽しそうに笑い声を上げながら言った。
「アリー!お前すごいな!」
「いえ、めっそうもありません。ラハール様の身のこなしはどこで身に着けたのです?」
「あぁ。うちの国は小さな島々がくっついて出来ている国だからな。よく小競り合いが起こるんだ。だから戦い慣れをしている所はあると思う。」
「あぁ。だからですね。体の使い方が、戦い慣れていらっしゃる。」
「お前もな。なぁ、お前よかったらうちの国に来ないか?お前ほどの腕ならば歓迎するが。」
その言葉にアマリーは小さく笑みを漏らした。
「そう言っていただけで嬉しいのですが、この国を愛しておりますので。」
「そうか。もったいないなぁ。」
その時であった。
女性の甲高い笑い声が聞こえ、アマリーとラハールは枝を捨てると木の陰に隠れた。
こんな場所でしかも汗をかいている状況で他の国の貴族になど会えるわけがない。
だが、そこに現れたのは思っても見ない人物であった。
「ジャスミン姫。」
黒い髪を美しく結いあげ、金の刺繍の入った国の民族衣装に身を包んだジャスミン姫が、ルルドの腕にしなだれかかりながら庭を歩いていた。
ラハールの瞳には嫉妬が浮かび、ルルドを睨みつけていた。




