第82話
戦闘訓練が開始されてから、一月程がたったある日の夜。
毎食のお決まりとなっている、訓練兵達の争奪戦を横目に、夕食分として仕込んでおいた分を全て出し、ここ最近の通りに「食いたければ自分で確保しろ!」の丸投げ方式で、無理矢理に体と時間を確保して、メフィスト(俺と同じく料理担当)と共に、他の教官達が待っている部屋へと足を急がせる。
行き先は、食堂に併設された訓練兵達の寮(もちろん男女別)の一角に作っておいた、俺達教官役が生活する為のスペースである。普段は誰かしらが待機しており、寮内でのトラブル等に対処する事になっている。もちろん、当番制だ。
そして、何故か一部の訓練兵達の間では、鬼教官や本物の悪魔が出入りする魔境であり、常人が一度足を踏み入れれば、二度とこちらには戻ってこられない『魔界』である、との噂話が流れている……らしい。
……その割りには、女性の訓練兵とかがちょくちょく出入りしているのを見掛けるのだけど、それは気のせいだったのかね?
そんなスペースへと足を踏み入れ、奥の方に設置しておいた会議室へと足を向ける。
入り口に在る、両開きの扉を押し開けて中に入ると、既に俺とメフィストを除いた他のメンバーは、全員揃っていた。
「悪い、飯炊きが長引いてな。俺とメフィストで最後だろう?」
「お疲れ様であります!確かに、主殿達で最後でありますが、皆が集合してからそんなには経っていないので、大丈夫であります!」
「毎回~、お疲れ様です~。皆さん沢山召し上がりますから~、毎度毎度大変そうですよね~」
「……まぁ、私達は料理出来ないから、手伝う事すら出来ないんだけどね……」
「私も、『妻として』お手伝い出来れば良かったのですが、私は私で少々作業等が有って、中々手が空かなくて……申し訳有りません、旦那様……」
「確かに、食堂の方の厨房は、食事時になると文字通りの戦場になりますからね……。以前、何度か手空きになった時にお手伝いさせていただけた事があったのですが、私程度の腕前では、手伝いとしてサポートに入ることが精一杯な程でした……。アレを毎日毎回こなしているお二人には、逆立ちしても敵いそうに無いです。申し訳有りません……」
と女性陣が、ガルム・ウカさん・シルフィ・ウシュムさん・レオーネの順番に発言し、出迎えてくれる。
それに加えて、ガルムは座っていた席から立ち上がり、俺へと向かってスタタタッ!と駆け寄って来る。
……うん。やっぱりコイツは、『狼』って感じじゃあなくて、なんとなく『犬』って感じだな。
ある程度近付いた所で、軽くジャンプして飛び付いて来たので、そのまま彼女を空中で捕獲し、久し振りにその耳を一切の遠慮と良心の呵責を排除してモフり倒しながら、他の女性陣へと返事をして行く。
「まぁ、二人は根本的に料理が出来ないんだから仕方がないし、ウシュムさんに関しても、割りと俺がお願いした事柄で手が空かなかったりするのだから、あまり気にしないで良いですよ?それとレオーネも、あまり気にしないで良いと思うよ?自分で言うのもアレだけど、あの状況をどうにか出来てしまっている俺とメフィストこそが異常なんであって、普通は多分無理だからね?」
訓練兵達は朝食から大量にかっ食らうので、毎回毎回調理が大変なのだ。
10に満たない人数で、500人分を用意するだけでもかなりの労力が必要なのに、奴等は「そんなこと知ったことか!」と言わんばかりの勢いで、普通に二人前・三人前は食うからなぁ……。
疲労も空腹もあまり関係が無い俺とメフィストのコンビがメインになって、半ば無理矢理にこなしているけど、ぶっちゃけた話、かなりキッツい。
特に最近は、戦闘訓練が佳境に入りつつある事も関係しているのか、全体的に食う量が多くなってきており、人手が足らずに、俺が鍋を振るいながら闇魔法剣で食材を刻んだり、メフィストが時空間魔法を使用して、複数の料理を同時に完成させたりする必要に駆られたりする位なのだ。
……まぁ、娯楽がコレ位しか無いって事も有るのだろうから、あまり文句も言えんかなぁ……。
ただ、たっぷりと食べてしっかりと運動して、を繰り返している成果なのか、男の訓練兵達は逆三角形のガチムチのゴリマッチョか、極限まで絞り込まれたガチガチの細マッチョへと変貌を遂げた。それと同時に、女性の訓練兵達のプロポーションも劇的に変化を遂げ、出るところは平均以上に出て、引っ込むべき所はしっかりと引っ込み、もうモノ凄い事になっている。
実際の所、何人もの女性兵達が、ウシュムさん等の女性の教官へと、パッと見た感じ太った訳でもないのに、訓練服がきつくなって来たからと言う理由から新しい訓練服の支給を申請して来ている位だ。
一応、二人にはそんな感じで説明したのだが、両者ともにまだ納得していない様子で、申し訳なさそうな顔をしているので、もう一押ししておくとするかね。
「そんなに申し訳なさそうな顔しないで下さいな。飯時に動けない俺達の代わりに、俺達の分の食事の用意何かもしてもらっているんですから、気にしないで下さい。それに、料理の腕云々とかで思い悩んでいるのでしたら、多分検討違いかと思いますよ?
そもそも前提として、転生者も異世界の悪魔も、この世界の外側由来の知識や技術何かを駆使して調理しているんですから、差や違いが出て当然でしょうに」
俺は、何故か残っていた元の世界の料理の知識を、メフィストは、元々趣味として行っていた異界での料理の技術を用いているから、差が出るのは当然だろう。
一旦言葉を切った俺だったが、「それに」と付け加えて話を続ける。
「それに、俺は二人が作ってくれる料理は、結構俺好みの味付けですし、何だか温かくて好きですよ?」
そう言うと、途端にそれまでの曇りぎみだった表情が一気に晴れ、嬉しさを隠そうともしない様な満面の笑みへと変化する。
うん。やっぱり美人さん達は、笑顔でいてもらうのが一番良いね!
その思考を詠まれたのか、急に照れ出すウシュムさん。そして、ソレを通信されて知ったらしく、同じく照れ出すレオーネ。
そんな二人を羨ましそうに眺めるシルフィとウカさん。
……二人は後でフォローしておくとするかね。
そんな四人を眺めていたのだが、この手の事柄では必ず騒ぎ出すガルムが、意外なほどに静かな事に違和感を覚えたのだが、一連の会話が始まってからずっとモフりっぱなしであった事を思い出し、手元へと視線を下げる。
するとそこには
確実に『見せられないよ!』の絵で隠されてしまいそうな顔で、立ったまま気絶しているガルムの姿があった。
……ヤベェ、すっかり忘れてた。
意識は他のメンバー達へと向いていたが、手はそのまま至高のケモ耳をモフり続けていた様だ。
……コレが、業か……。
俺は、そっとガルムの足元に出来ていた様に見えた気がした水溜まりの様なナニかから意識をずらし、どうしようかなぁ……と現実逃避を敢行した。
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「では、全班ともに、一定のラインまでは仕上がったってことで大丈夫なんだな?」
そんな俺の問い掛けを、会議室へと集まっている教官達全員が『yes』と返事をしてくる。
もちろん、その教官の中には、復活したガルムも混ざっている。
余談だが、あんな状態に陥り、他の女性陣から介抱や後片付け(敢えて『何の』とは言わない)をされているガルムを、他のケモ耳メンバー(ウカさん・レオーネ)が羨ましそうな目線で見ていたのであった。
「では、予定通りに明日で『戦闘訓練行程』は終了だな」
「……となると、やはりアレをやるのですかな?」
そう聞いて来たのは、若干心配そうな声色をさせたメフィスト。
……まぁ、判らんでも無いよ?
ぶっちゃけた話、これまでの訓練は、死にそうな目には遇うように仕向けてきたけど、それ以上の『死ぬ事』は無いように調整して来ていたので、誰一人として脱落はしていない。
しかし、これからしようとしていることは、今までの様な『死なない』保証が何も無い事なのだ。
一月もの間、ほぼ付きっきりで面倒を見てきた連中が、死ぬかもしれない状況に陥るのは、こう見えて意外と情に厚いメフィストにとって、あまり歓迎出来る事では無いのかも知れない。
しかし、やっておくのとやらないのとでは、実際に戦場に出た際の生存率が段違いになると予想されるので、やらない訳には行かないのだ。
そんな訳で、明日付けで『戦闘訓練行程』の終了と共に、『戦闘力向上訓練』が実施させる事が決定したのであった。
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時は少し戻り、主人公がメフィストと共に食堂を出た直後。
教官がいなくなった事を確認した元第一~第五班の班長達が、一つのテーブルに集合し、会話を始めた。
「……では、皆さんの所でも、教官達から『一本』取れた人は出なかったのですね?」
そう発言したのは、『魔法使い組』の班長でもあるジョシュアさん。
彼は訓練開始時から、あまり変わっていない様にも見えるが、その実、服の下は「脱いだらスゴイのよん?」状態である。
「……俺の所も、まだ教官からは『合格』をもらえた奴は居ないな」
そう答えたのは、元第二班班長にして、現『狙撃組』の班長でもある、王族(ティタルニアの妹の息子で、シルフィの従兄弟になる)のオベロン。
おそらく、彼が一番変化が著しいと思われる。
内面からは、王族に有りがちな特別感や傲慢さが消え、回りの訓練兵達からも親しまれており、初日の大失敗も、今では只の弄られネタと化している。
そして、外見なのだが、最初の色白モヤシからは一変し、今ではうっすらと褐色に染まったガチムチで逆三角形のゴリマッチョと化しているのだ。
おそらく、訓練が明けて帰ったとしても、誰だか分からないんじゃあるまいか?とは本人からの発言。
「儂の所もダメじゃな。あのオジキから一本取れるとは、まだまだ到底思えんわい……」
そうぼやきつつ、コレが酒だったらなぁと思いながら水を煽るのは、元第三班班長にして、現『ドワーフ組』の班長も勤めるドワーフ族のギムリだ。
ドワーフ組は、よく訓練の際に、目標達成報酬として酒を引き合いに出されるのだが、いまだに樽での確保に成功した試しが無い。良くて瓶、悪ければグラス一杯なんて時もある。ちなみに、今日は確保が出来なかったので、水で我慢。
「僕の所もダメでしたね。そちらはどうでした?」
そう、隣の元第五班の班長に問い掛けているのは、元第四班の班長にして『無手組』の班長でもあり、ウカさんの兄でもある、狐耳と糸目が特徴の獣人族の青年であるクズハだ。
いつも楽しげに笑みを浮かべている口元と、開いているのか閉じているのかはっきりしない糸目から、なんとなく胡散臭い印象を受けるが、本人は真面目な性格であり、そう見えることを地味に気にしている。
「……私の所も全滅だ。全くもって、一本取れる気がしないよ……」
そうクズハからの問い掛けに答えるのは、元第五班班長であり、現『近距離組』の班長でもある、元特殊部隊(笑)出身のレゴラスだ。
彼もオベロンと並んで、訓練が始まってから人格が矯正された人物であり、現在では班の垣根を越えて頼りにされている一人でもある。
(尚、『長物組』はレゴラスが、『超重量武器組』はクズハがそれぞれまとめ役の様な事をしている。理由は、それぞれの元班員が多いからだそうな)
そんな彼らが一所に頭を付き合わせて、各自の報告で落胆している理由なのだが、それは一言で片がついてしまう。
『教官に全く追い付ける様子が無い』
自ら心酔した者、身内を救われた者、自身を救ってもらった者と言った具合に、理由や動機はバラバラだが、『主人公に認めてもらいたい』と言う目標だけは、五人共に共通するモノであった。
そして、ソレを成し遂げる為には、まず『強さ』を磨きく事が重要であると結論付け、こうして日々教官達から『一本』もぎ取るべく勝負を挑んでいるのだが、結果はご察しであるか
もっとも、主人公に認められる云々を言うのであれば、既にある程度は認めているので、既に達成されているし、各人の『強さ』に関しても、比較対象がおかしいだけで、全員が一定のレベル以上に達しているのだが、彼らはまだ、ソレを知らない。




