第80話
あの基礎訓練終了&戦闘訓練開始宣言から一夜が明けた今日の午後、正確には昼過ぎ。俺は訓練場の片隅に立っていた。
「おーし、じゃあそんな訳で、これから魔法の訓練を開始するぞー」
そう声を掛け、訓練場の一角に集まった訓練兵達を見回す。
そこに居るのは、ジョシュアさんを筆頭に、数十人程度に数を落とした訓練兵達。
もっとも、別段他に居た訓練兵達が死んだり、逃げたり、イカレたりした訳ではない。
ただ単に、俺が受け持っているのが、この場に居るこいつらだけと言う話だ。
あの宣言の後に班を解体し、それぞれの得意もしくは出来そうな戦闘方法別に分類し、再編成を行ったのだ。
それで、俺が受け持つ事になったのが、この場に居る彼ら、魔法使い組である。
一応他にも、無手での戦闘を前提にした『無手組』(教官はガルム)だったり、一般的な長剣等の近距離戦闘系を纏めた『近距離組』(教官はメフィスト)だったり、槍等の中距離武器を扱う連中の為の『長物組』(教官としてジャックを召喚)だったり、弓等を使った遠距離攻撃専門の連中に対応した『狙撃組』(教官はシルフィ)等が有る。まぁ、もっとも、それら以外にも、ドワーフに対して専門的に斧や鎚での戦闘方法を伝授している『ドワーフ組』(教官はドヴェルグ)だとか、近距離組の中で両手剣よりも大きな武器を、長物組の中で槍斧よりも大きな武器を扱う事を志願した、超重量武器希望の連中を集めた、『超重量組』(教官はウシュムさん)だとか、魔法を扱える連中を集め、その中でより特化している連中を集めた『魔法使い組』(教官は俺)等も有るけどね。
まぁ、他の担当とは違って、俺の場合は『比較的』まともに教えられそうなのが、魔法しかなかったからなのだけど。(体術・我流、長物・使った事なし、遠距離攻撃・魔法オンリー、剣術・我流+手加減出来なそう、超重量武器・ウシュムさんが適任、ドワーフ組・無理)
そんな事を思い返しつつ、他の班から聞こえてくる、人の体を鈍器で叩き潰した様な音や、刃が空気を切り裂く音、断末魔の悲鳴に近い苦鳴や悲鳴、踏み込みが甘い!と言った怒号に、武器もろともに空へとかっ飛ばされる悲鳴や、遠距離の的への狙撃が当たった外れたでの一喜一憂する声等を聞き流しつつ、こちらも指導に入る事にする。
「『魔法使い組』は全員居るよな?」
「は!間違いなく、全員揃っております、教官殿!」
そう返事をしてくるジョシュアさんに対し、俺は苦笑いを浮かべる。
「コレコレ、ジョシュアさんや。もう基礎訓練は終わったんだから、もうソレはやらんで大丈夫だ、って言ったでせうに」
そう、実は午前の準備運動(荷重マラソン+各班ごとの内容)を行う前に、全訓練兵達へと『今までのアレは上下関係を強制的に構築するためのモノであり、今後は強要するつもりは無い』と通達しておいたのだ。
まぁ、そうしなければ不味かった理由に、心当たりが有りすぎる奴等が結構な数居たと思われるので(何処の班とは言わないけどね)、そこまでの騒ぎや混乱にはならなかったが、パッと見る限りはどちらかと言えば『困惑』が一番近かったかね?
まぁ、少しづつ馴らして行けば良いかね。
もちろん、中には今まで通りに接してきている奴も居るけど。
「いえ、そう言う訳にも参りません!教官殿は教官殿です故、上位者に対する礼儀とケジメは必要です!」
言動からも分かる通り、ジョシュアさんもその一人。
まぁ、もっと砕けた口調で話せ!って『命令』しちゃっても良いっちゃ良いのだけど、ソレをするのは何だか違う様な気がするので、仕方がないから今のところは放置かなぁ……。
「そんなもんかねぇ?まぁ、良いか。さて、とっとと始めるとするか!実際の戦争まで、それほど時間に余裕が有るわけでもないからな。早いとこ始めるぞ!」
そう言うと、俺の前に居た訓練兵達は、それまでとは打って変わって、表情と雰囲気を引き締める。
……若干何名かは、おそらくは俺からの無茶ぶりに怯え、そのせいで顔がひきつっている様子だが、そこまで無謀な事や無茶な事は言った覚えは無いんだが、そう思っているのは俺だけか?
まぁ、良いや。
考えても分からんもんは仕方ない。
そう気持ちを切り替えて、待機している彼らへと向き直り、俺からどんな無理難題が発せられるかと戦々恐々している彼らに対して、これからの訓練の内容を説明する。
「さて、最初にも言った通り、お前さん達には、これから魔法の訓練をしてもらう。まぁ、ジョシュア班長を筆頭として、『そんなもん習うまでも無い!』って奴もいる……と言うよりも、ほぼ全員がそうであることは重々承知しているが、今のまま戦場に出てもあまり役に立たん。ざっと見た感じ、お前さん達では、最大出力で魔法を放ったとしても、戦況をひっくり返す程のモノは放てないし、威力を犠牲にしたとしても、どんなに頑張っても十数発程度しか撃ないだろう?ぶっちゃけた話、これからやらかす戦場だと、そんな程度では全くと言っても良い程に足りないからな?」
そう言われて、訓練兵の一人が手を上げる。
「あの、教官。確かに、私達の現段階での実力は、教官の仰る通りかと思います。しかし、これから戦争になるであろう人族の軍は、精々こちら側の十倍程度だと聞きました。それであるならば、実際に切り結ぶ他の班員達はともかくとしても、自分達の様な後方からの火力担当は現状のままでも大丈夫なのではないでしょうか?」
成る程、まぁ、言いたい事は分からんでも無いよ?
でも、それは前提が間違っているからね?
「……ちなみに、まだ言っていなかったけど、俺が想定している最悪のパターンとしては、今回訓練を受けに来ている訓練兵達、つまり君達だけで、人族の軍、最低100000と戦う事になる。そう考えて、他の班も訓練させているからね」
そう言うと、訓練兵達に動揺が走る。
すかさず、班長でもあるジョシュアさんが静めて、俺に対して質問してくる。
「教官殿、そう想定されている理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「フム?分からんか?本当に?」
そう聞き返すと、皆は不思議そうに首を傾げるだけで、良くわかっていない様だ。
……まぁ、正解を聞けば、一発で理解出来るとは思うけど。
「じゃあ聞くがね?お前さん方、俺達からの訓練、それも『基礎訓練』も受けていない様な連中と、同じ様に足並み揃えて戦えるか?多分無理だと思うぞ?」
そう答えを言ってやると、ジョシュアさんを含めた全員がハッとした表情を見せる。
本人達は自覚があまり無い様だけど、たった一月半とは言え、上位魔物の肉(食材として使用)と回復薬(傷や疲労の回復だけでなく、筋肉の超回復も促進させる効果アリ)によって、半ば人体改造に近いランクでのトレーニングを行った為、本来であれば訓練程度ではそこまで伸びない程にステータスが上昇しているのだ。
そんな、既に人間辞めかけている彼らに、他の兵達が着いてこられるとは思えないし、他に合わせては彼らの強みが生かしきれない。
更に言えば、共に地獄を潜り抜けた戦友達ならばともかく、そうでもない様な連中に背中を預けたり、命令されたりなんて事は、あまりしたくは無いだろうしね。
……まぁ、ぶっちゃけた話をすれば、現段階でもちと微妙なのに、これから更に鬼強化する予定なのだから、完全に足手まといになるは確定だ。
そんな連中ならば、居ない方がまだマシだろう?
「そんな訳で、これからお前さん達の目標としては、一人に最低一発程度は、広範囲殲滅魔法を撃ち込める様になってもらうから、覚悟しておけよ?」
そう言ってやると、これから達成しなければならなくなった目標により、覚悟が決まった様な表情で雰囲気を引き締める訓練兵達。
うん、良い顔だ。
では、そんな彼らには、敵を殲滅し自らの命を守り、戦場から帰還するための術を学んでもらうとするかね。
「……覚悟は決まったみたいだな?良し!では、改めて訓練を開始するぞ!時間があまり多くは無いからな!これまでよりも、地獄より地獄らしい、殺してくれと懇願する事になりかねない様な、そんな訓練をする事になるが、きちんと着いてこいよ?でないと、最終的に『訓練で死にかける』か『戦場で実際に死ぬ』かどっちかにしかならんからな?」
そんな俺の言葉に、軽く顔をひきつらせながらも
「つまり、いつも通りって訳ですね?」
たとかの、ヤジともつかない声が上がる。
「やるしかないなら、やるだけだ!」
と誰かが声に出すと、訓練兵達全員で
「「「「「応とも!やってやるぞ!」」」」」
と気合いを入れている。
うん、大丈夫そうだね。
「良し、では今日の訓練として、全員に『魔法』で『お手玉』をしてもらう!最初だから、簡単な所からやって行くぞ。大丈夫!俺がスケルトンだった時から出来た事だから!」
そう言ってやったのだが、ジョシュアさんを含めて全員が『ポカーン』としていたから、実際に初級魔法でやってやった(最初の頃に合わせて五発で。今なら、その気になれば、一回の発動で十発はイケる)のだが、ソレを見た訓練兵達は声を揃えて
「「「「「「そんな事、出来るかぁ!!!!!」」」」」」
と叫ばれてしまった。解せぬ。




