愛なんて 恋なんて
「せーりーかーちゃん!」「姉様が恋バナをしたいと」「ちょっと?! 誤解されるようなこと言わないでよね?! 智魅だから?! 変な事言っているのは! 私はおじさんとは何も」「姉さん」「姉さま」「……あ」
ひょっとしたらこれは。恋かもしれない。
いやいや。彼女は否定する。頭から否定に入る。
気弱で引っ込み思案な性質は『昔』からだが、おかげで『社会生活可能知的生物』を名乗ることができる。
悪いと思っていたことが良いこともあるし、逆もあり得る。
人間世界は複雑怪奇なり。
「ここ、平沼内閣だったっけ」「ですよ。ナオキ君」
「ヒロキだよ。姉ちゃん」「ごめんなさい。村上君」
勤め先であった『ぽぷら』を本来の持ち主に返す形になったため、彼女は今現在求職中の身である。
『次の腕章の更新をどうしよう』
彼女が案じるいっぽう、相も変わらず鉛筆を動かす少年。
「結婚すると腕章更新しなくていいって聞いたよ?」「ヒロミ君は耳年増ですね」
「ヒロキ」「ごめんなさい。村上君」
半神の彼女は一部の人間の名前を聞き取れないときがある。
「いい加減覚えろって」「ごめんなさい」
小学生が年頃の少女に説教をするのはなかなか面白い光景である。
恋と言えば。
ふと自分の腕に施されたはずの焼印のあった場所を見やる。
ひょっとしたら癖になっているかもしれない。
あの時。思えば男の人を素敵だなって思ったのはあの時が初めてだった。
「なんか、由姉ちゃん、別ごと考えてね?」「はっ」
ぼうっとしていたのを見抜かれて戸惑う彼女とあきれる彼。
「さっきから勉強教えているの、おれじゃん」「申し訳もないです」
ぽいと捨てられるように頁を風にはためかせる『はじめてのそろばん』なる書籍は彼女の所有する数少ない財産である。
「『ぽぷら』にはタダで入れないし、案内所交番行ってもセリ姉いないとからかい甲斐が無くてイマイチだし」「その割には真由美さんのお尻がお気に入りみたいですね」
この悪ガキの悪行はことあるごとに真由美から聞いている。
『今、ちょっと嫌味だったかも』
気に病む必要はないよね。たぶん。
「あ」「どうしたの? ヒロアキくん」「惜しいッ」
戸惑う彼女と恨めし気な彼。
「ちょっと妬いてくれているのかなとか思ったぜ」「ヤク?」
確か西蔵のほうの偶蹄類だったか。
「なんか冗談言ったこっちが恥ずかしくなった」「じょうだん」
ちょっとだけ胸の奥がずきんと痛んだ。なんだろう。
こんな小さな子に。
でもあの時、両手を広げて盾になってくれたのはこの子だ。
そして人間の子供はあっさり大人になってしまう。子供のころを忘れてしまう。
そして老人になって、勝手に死んでしまう。彼女を残して。
「由姉ってモテるだろ」「荷物ならそれなりに。半神族ですから」
「ぜーったいわざとだな」「そうですか」よくわからない。
「ほら、帰るぞ。本部まで送って行ってやるよ」「ありがとうございます」
子供なのにこうやって自分を守ってくれるのは自分が頼りないからなのかな。
繋がれた掌の感触に自分の胸がときめくのは、いけないことなのかな。
こんな小さな子供に。こんな小さな子供が将来戦場に赴く。
自分はその時、おめでとうって言えるのかな。
「そうだ。ヒロキ君」「?!」
驚いて振り返る少年になんとかお姉さんの顔をして見せる。
バレバレかも。浅ましいって言うのだったっけ。人間は。
いや、今の私は人間だから良いのだ。良いのです。
頬の火照りを悟られぬように、悟られても良いかなと矛盾した考えをもって彼に告げる。
「こ、このあいだのお礼だけど、花やしきいかない? あ、そのあの。深い意味はないから。驕るからそのあの。だけど無理なら無理って言ってくれて良いしダメならそれはそれで困ることはあまりないけれど暇なのは事実でそれでその」
はぁ。ため息をつく村上少年。
「由姉ってさ。悪い男にだまされそう」「失礼ですよっ?!」
「暇しているし、良いよ」「はい!」
後に、小学校をサボったと村上少年の実家に電話が入り、誑かしたとして逮捕されかけた由とそれをかばう村上少年。呆れる夢路という珍妙な光景が展開されるのだが風船を手にはしゃぐ今の二人には関係のないことである。
「財布忘れるとか」「ごめんなさい」
『あいすくりん』を落としかける彼女に彼はつげる。
「おごってやるって! 落ち込むなよ姉ちゃん」「は、はい」
『これって恋かもしれない』
精気は吸わなくて。
吸えなくて構わない。




