ダークエルフは電光蓄音器の針を動かす
晴れた日でも心は雨空
「こんにちは」カランと喫茶店の扉が開き、戦巫女装束の上に軍用コートをまとった美しい女性が入ってきた。
由は思わず眉をしかめる。金色の髪。
「店主さんはいらっしゃいますか」「いえ。病気療養中で私たちはその間の運営を」
半神で降魔扱いを潜り抜けた自分が髪の色であれこれ言うのはおかしいと心の中で自嘲しつつ、由は水を汲む。
「ご注文は食券で」「理解しているわ」
餓鬼族の青年と犬頭鬼のコンビが演奏する中、女性は優雅に紅茶を飲んでいる。
「いたた……」「? 」「時々、胸が痛むの。傷は治っているはずなのにね」「そ、そうなのですか」
改めて女性の顔を失礼がないように見る由。
露西亜系の顔立ちに金色の髪。気さくそうな笑顔にどこか緊張感のある空気。なにより腰の細太刀。
「戦巫女の方ですか? 」「今は休業中」
餓鬼族のバイオリン演奏を眺めながら女性は犬頭族の少年にチップを弾んだ。
「前に来た時は雨でね。音楽と店主さんの暖かいお茶が良い雰囲気のお店だったわ」「有難うございます」由はぺこりと頭を下げた。
犬頭族の少年がトランペットを取り出し、一曲を奏でている間、餓鬼族の青年が爪の垢から取り出した伝統的な腐茶を楽しんでいる。あまり香りがよくないが、こういった香りを遮断する魔道具も存在する。
「おじさんは元気? 」首肯する餓鬼族の青年に微笑む女性。知り合いらしい。
腐敗臭を放つ鱗と毛をもつ犬頭鬼の少年がトランペットを片手に深々と一礼して、尻尾をぱたつかせて女性の元に。
女性は少年の腐敗臭に怯むことなく頭を撫でている。
「夢路様のお知り合いですか? 」この二人の知り合いならば可能性は高いが。
女性から「わたしには資格がない」と突っぱねられた。餓鬼族と犬頭族の二人も口が堅くそれ以上は語らない。
由は大盤のレコードを取り出し、電光式蓄音器にかける。
レーザー光線がレコードの微妙な凹凸を感知して遥か昔の音楽を再現していく。
「店主は魔族と聞いたのだけど」「いえ、代行です」女性は寂しさとなつかしさの入り混じる笑顔を浮かべた。
「短い間だし、そんなに時間が経っていないのに」もう会えないわねと彼女はつぶやく。
「あの」躊躇いがちに由は女性に声をかける。
「店主代行は仕入れに向かっておりますので、よろしければ」会ってあげてください。
由の真剣な瞳を見て女性は苦笑い。「私よりあなたたちのほうが長生きするのよね。羨ましいわ」
そうつぶやいて彼女は立ち去ろうとする。
「これはチップ」砂金を包んだ紙には何か書いてある。
「時間よりッ 『今』ッ 今ッ 会ってあげて下さいッ!!!! 由香さんっ!!!! 」
心の中に秘めていた疑いを吐き出す由に彼女。由香こと山田花子は振り返らずに手を振り、古びた原動機付二輪車に跨って去って行った。
「ただいま。お留守番頼んで申し訳ありません。由さん」
由は涙をとっさに拭いて平静を装ってみせた。
『私が来たことはせりかちゃんには言わないで』と書かれたメモを隠す。
セリカ(芹香)は意味ありげに由に微笑む。
つかつかとセリカ(芹香)は歩を進め、大盤のレコードを取り出す。
こぽこぽと珈琲を淹れる香りが由の鼻腔に流れる中、
セリカ(芹香)は先ほどまで由香が座っていた席を愛おしそうに撫でて懐かしい音楽に耳を傾けていた。




