第二十七話。唯一(ヒトリ)
「『芹香』は一人でいい」黒い肌の少女が微笑む。
「最強は一つでいい」桔梗は微笑む。人外同士の戦いが始まった。
「『御友達』になら、なってあげて宜しくてよ」
『芹香』は暗闇の中になお輝く美しい笑みを浮かべて魅せる。
それは黒い河の流れ。銀河のような美しさ。
「ふざけた子」
桔梗は肩をすくめてみせた。セリカ(芹香)の表情。変わらない。かわっていない。
されど先ほどの穏やかで儚い様子はまるで無く、圧倒的な殺意と眼力で『吸血鬼』を見据える。
「何者? 」「『本当の』"私"。 芹香 九頭竜」
セリカ(芹香)のはかない微笑みは今、残虐な笑みにかわり、
春の輝きを思わせる口元の緩みは嘲笑となって吸血鬼の少女を嘲る。
「吸血鬼如きに純魔族が斃せるかしら」「その言葉、そっくりお返しするわ」
『最強の闇の種族は。ひとつで構わない』
桔梗が軽く脚をふる。向日葵が土くれと共に吹き飛ぶ。
同時に土に潜んでいた蟲ども、菌などに桔梗の再生能力が与えられた。
『それら』は粘液と触手と岩と土、昆虫の身体を持つ花の異形の魔物達となってセリカ(芹香)を襲う。
微笑むセリカ(芹香)。
その笑みは我々が知っている冷たい美貌をいい意味でぶち壊す明るい笑みではなく、
本来の彼女の冷たい美貌を引き立てる、残忍な笑み。
「 『影龍』 」
セリカ(芹香)を取り巻く魔物達があっという間に砕け、あるいは吹き飛び、黒く視認できない炎に囚われて消えていく。
もし、遠くから視認することができるものがいるならば、
セリカ(芹香)から伸びた龍の姿をした黒い影が、異形の小さな影どもを喰らっては焼いていく姿が見えたかも知れない。
「『影龍』持ちですって? 」「くす。愚かな吸血鬼」
『我ラに仇成ス愚カ者メ。滅ビヨ』影の『世界』から『影龍』の声が響いた。
その声は発振現象音をもって、世界を砕いていく。
「ふう」
桔梗は呆れたかのように。実際呆れたのだろう。肩をすくめてみせた。
砕けていく世界のなか、桔梗の周囲だけが円形の空間となって彼女の存在を守る。
足元が泥より砂より細かく砕けていく中、由香は『闇』に抱かれて夜風の中にいた。
それはこの世であってこの世でない、セリカ(芹香)が生み出した影の中の世界。
「由香。そこにいなさい。"私"の可愛い玩具」
セリカ(芹香)は由香に冷たい笑みをみせ、周囲の闇を刃と換えて吸血鬼に向かわせた。
しかし、『闇』の刃は桔梗に触れることなく、何処かに散っていく。
「空間を操る能力があるのかしら」「ご明察」
微笑む桔梗の背後からセリカ(芹香)が現れ、白木の杭を背中に打ち込まんとする。
白木の杭を握ったセリカ(芹香)の掌がブスブスと焼けながら空を切る。
「『影渡り』程度の能力で吸血鬼を斃せると思うの? 」「小手調べ」
白木の杭は純魔族にも効果がある。
いつセリカ(芹香)が自らの影の中に持ち込んだのかはわからない。
また、聖なる武器を如何にして自分の影の中に取り込んだかもわからない。
わかるのは666本の白木の杭が周囲の影全てより放たれ、
月光に白く照らされながら桔梗に向かって飛ぶ事実のみ。
「厄介な力」「気に入ってもらえて嬉しいわ」二人の闇は微笑み合う。
「『一時的な甦生』『植物操作』」次々と向日葵の茎が伸び、『太陽の光』を持った鋭い『釘』となって桔梗の『空間』を破っていく。桔梗も負けず、空間を震わせて『釘』を砕く。
「あの間抜けなセリカ(芹香)ちゃんは何処に行ったのかしら。なかなかねぇ」
「アレは、忌まわしき楼蘭人の奴が精神操作で作った仮想人格に過ぎん」
善心とやらを寄せ集めてな。と続ける。
「セリカ(芹香)は"私"だけ」
濡れた唇に指を当ててセリカ(芹香)が微笑む。「オヤスミナサイ。吸血鬼さん」
「『巻き戻る瞬間』」向日葵から百八の太陽光線が放たれて、吸血鬼に襲い掛かる。
太陽光線の直撃を受けて焼かれる桔梗に嘲笑を浮かべるセリカ(芹香)だったが。
「……? 」
「残念ね。貴女は闘いの経験値が足りないのよ」桔梗は楽しそうに微笑む。
「ギリシア神話の神の王、ゼウスは妻を男から守るため、雲から娘を産みだしたそうよ」
その後、試し腹をして生まれた子供がいたみたいだけどねと続ける。
「それは、ただの土くれに"私"の血を分けてあげただけの存在」
今度は桔梗が嘲りの笑みを浮かべる。
「貴女と同じよ。偽者のダークエルフさん」
空間を越えて現れた白木の杭がセリカ(芹香)の手足を『空』に縫い付ける。
「『人間が作ったダークエルフ』が本物の闇の王に勝てるわけないじゃない」
桔梗は笑った。「ほら、『チカラ』をもっと使って御覧なさい。その程度では滅ばないでしょ? 」
『影龍』の顎が桔梗の身体を砕く。
「またまた♪ 残念♪ 」嘲りの声が夜の闇に響く。
「誰が。偽者だッ。我は純血種だ」
星の輝きが闇に喰われていく。その闇全てが空間を越え、桔梗の隠れた『世界』全てに襲い掛かる。
しかし、『全ての世界』の桔梗。
あるものは食事中の箸で受け流し、あるものは恋人と語らいながら街の広場に駆けて行く。
セリカ(芹香)の産みだした影の刃をことごとく弾いた『桔梗たち』は艶やかな笑みと瞳をセリカ(芹香)に向けた。
『逆よ。おばかさん』
「『逆』。だと」「そう。貴女こそが、『作られた心』だもの」
「え? 」
動揺の表情が浮かんだセリカ(芹香)に、
空間と時間を遅延させられた白木の杭が襲い掛かった。
「やっぱり、役に立てないのね。お姉さんになれなくてごめんね」
セリカ(芹香)の『影の守り』を自らの強固な意思で打ち砕いて飛び出した女性。由香。
セリカ(芹香)の身を貫く白い杭。それを抜こうとする。由香。
護ることも出来ず。愛する事もできず。愛される資格もなかった。
「ゆか……さん」「ダメよね。私って。醜くて。ダメな『人間』だった」
「違う。セリカ(芹香)が愛している存在は。"私"も……」
その言葉はいえない。自らを否定する言葉だ。
彼女は愛を知らない。知ってはいけない。
彼女は希望を知らない。死と陵辱の世界だけが彼女の喜びだから。
『セリカ(芹香)。君にプレゼントだ』楼蘭人の声。
「君が傷つかないように、君を護る素敵な友達を用意した。
もっとも、君が『彼女』に気付くことは一生ないだろうがな」
今しかいえないことを。言ってナニが悪い? これが最後だから。
「セリカ(芹香)が愛する存在は、"私"も『愛している』」
由香。貴女は。皆は。『醜い人間』でいてほしい。
私が滅べば。貴女は、もう『眷属』ではない。
その言葉を最後まで言い切れず。セリカ(芹香)の背を再び現れた白木の杭が貫いた。
「自分の能力で自滅。なんておばかな仮想人格さん」
桔梗の嘲笑を受けながら、『本当のセリカ(芹香)』を名乗っていた『心』は砕けていく。
「死ぬ間際に、貴女の御友達になってあげてもよろしくてよ? 」けたけたと桔梗は嬉しそうに笑う。
「由香さん。穢れた血が抜けて。本当に美味しそう。永遠を私と生きましょうね」
「セリちゃんッ! セリちゃんッ!!! 」叫ぶ由香に手を差し伸べ、『芹香』に微笑む桔梗。
「セリカ(芹香)ちゃん。本当にいい御友達になれると思っていたけど。……ホント残念! 無念!! 」
桔梗の嘲笑を受けながら、『芹香』は白木の杭を抱いて崩れ落ちた。
次で第二部最終話。エピローグに続きます。
江藤:「セリカ(芹香)さんに、今度御弁当の作り方を教えてもらうの」
大田:「江藤は料理が得意じゃないのか? 」
江藤:「適恵に教えてもらうのはどうかなと」
大田:「? 適恵さんなら、江藤を許してくれているんじゃないか? 」
江藤:「莫迦」




