第二十八話。共に消えましょう
己の過去を語る桔梗。「私たちは結局バケモノでしかない」と。
だから、トモダチは永遠にありえない。一緒に生きてくれる人はいないと。
「誰も共に生きられないのなら」桔梗はその言葉を聴いてかすかに微笑んだ。
「本当っ! 残念ッ! 無念ッ! 芹香ちゃん哀れッ! 」
ケタケタと狂気を孕んだ笑みを浮かべて笑う。桔梗。
「セリカ(芹香)ちゃん! セリカ(芹香)ちゃん! 」由香の涙が芹香の血にまみれた唇をぬらす。
セリカ(芹香)の腹を貫いた白木の杭。この場に『言霊』を具現化する寺嶋や傷を消す夢路がいれば。
由香の回復術は彼らの力ほど万能ではなく、また、多くの穢れを受けながら禊ぎを行っていない状態では使えるか怪しい。
芹香の細く長い指が、つややかな黒い髪が、ゆっくりと端から灰になっていく。
「いやっぁぁああああああああっっ! せりちゃん! 」
「哀れねぇ! 魔の癖に人間に味方して消えていく気持ちはどう? 」
「違います」
腹を杭で貫かれ、大量の血を吐きつつもセリカ(芹香)は微笑んで見せた。
「私は、あくまで醜くて穢れた私の味方のようです。おかげでお友達の気持ちもわかりませんでした」
闇の化身のごとく細く黒猫のようにしなやか。闇夜のせせらぎのように輝く美貌を持つ少女は自らを『醜い』と評した。
「ふん。嫌味なコ」
桔梗はセリカ(芹香)を冷たく見下ろし、夜風に長い髪を任せる。
「精気を吸い、血を喰らい、永遠の忠誠を。それ以上でもそれ以下でもない」
桔梗はそういうとニコリと笑う。
「こう見えても私も昔は理想的な臣民だったのよ。
血以外の食べ物が食べられるようになるのに百年ほどかかったかな。
ご飯とお味噌汁と漬物だけで三日はがんばれちゃうかな」
「血、差し上げましょうか? 」
由香は微笑む。「精気は差し上げませんので、『眷属』にはなってあげる事はできませんが」
「そうね。パックの血は最近質が上がってきたけど、やっぱり直接が最高よね」桔梗は笑う。
「でもね」
疲れちゃった。桔梗はつぶやいた。
「みんな怖がるし。みんな血の詰まった袋に見えるの。
スキだった人がいてね。でも、あの人は私を好きになってくれなかった」
くすりと桔梗は笑う。
「あの人の血、美味しかった。あふれるように精気が。あの人の絶望と恐怖が歯から伝わってきてね」
あの人は私を愛してくれるようになったの。でも。
「なんか。違うよね」桔梗はニコニコと笑う。
「由香さん。聖騎士と願武装僧と、セリちゃんの眷属たちが来るのを待っているの? 」
時間稼ぎを指摘された由香は苦笑いをした。
由香の回復術はセリカ(芹香)をも癒せるが今の禊ぎを済ませていない由香ではたいした効果が無い。
「やっぱり、コレですよね」由香は黒く輝く自らの愛刀を抜いた。
「無駄な努力よ」「無駄かどうか、やってみないとわからないわ」
それに。由香は微笑む。「償えば、元の臣民に戻れるわよ? 」「戦巫女らしからぬことを言うわね」
桔梗の知っている戦巫女や聖騎士は彼女を見ればまず滅ぼそうとしてきた。弁解の余地もなかった。
「たかが、懲役百年やそこらでしょう? 」「精気や人間の絶望を吸えないのは、一寸嫌かな? 」
月が二人を照らす。夜目の利かない由香は生き残るならばこの一瞬しかない。
「残念ね」「戦巫女なら、刀で私を倒してみたら? 」苦笑いする桔梗に甘い笑みを見せる由香。
由香は刀を正眼に構える。『気』を丹田にため、息吹と共に切りかかった。
「改造を受けていない貴女が、吸血鬼の速さに勝てると思って?! 」
次元振動を持って迎え撃つ桔梗。空が裂け、地が揺れ、触れえぬ振動が一斉に由香に殺到する。「どうでしょう? 」由香は微笑むと刀で易々と凌ぎ、鋭い跳躍で桔梗に踏み込む。まず喉を凪ぐ。返す刀で右腕を凪ぐ。胴を斜めに斬り下げ、桔梗の『攻撃』を跳ね上げる。一瞬で突撃と共に『五方星』を描き、防御と突進。そして柄の一撃を桔梗の鳩尾に。入れる。
「『星』という剣ですが、お気に召しましたか? 」
「うん。最後が柄なのが舐めた技だけどね」軽くケホケホと咳き込んで見せる桔梗。
「ただの刀で私に傷をつけるなんて」「『気』と相性が良いと遥のおじさまから指導してもらいました」
夢路の訓練は最終的にはセリカ(芹香)や大田のほか、聖騎士達三名と江藤、
遥三姉妹を加えたにぎやかなものになっていた。
「俺? 聖人君子だけど。俺らしいい名前だろ」
訓練を終え、『森田さんって森田ジャスティンってお名前ですか』『違います』という会話の流れで出てきた衝撃発言に夢路たちは爆笑した。俗物の常勝には似合わなさ過ぎる。
その中で、「素敵だと思います」と言った黒い肌の少女。
皆さんの笑みが好きだとセリカ(芹香)は言った。
「だから、森田君や聖人君が来るまでがんばってみます」
由香は刀を納める。「でも、貴女が人の世界に戻るというなら、考えてあげてもいいですよ? 」
「戦巫女が司法取引? 」「私は『汚い』人間なのです」
そんな自分を好きと言ってくれるヒトたちがいる。友人といってくれるヒトがいる。
「桔梗さんも、戻ってきませんか? 」
軽く逆手。それも左手を刀に添えた。居合いにしても異質な構えだ。
咲き誇る魔花。向日葵の香りを楽しみながら桔梗はつぶやく。
「無理ね。私のお友達は、私と共に消えるだけ」最初から無理だったのだ。光を求めるなど。
「私と来なさい。由香さん。永遠の闇と呪いに抱かれて優しく眠りましょう」
手を広げる桔梗。由香がどんな剣を放とうと耐えられる自信。
「そうですね」
さらさらと砂の崩れるような音と、声が聞こえる。背後から衝撃が桔梗の胸を貫いた。
胴から鋭い杭をはやした黒い肌の娘。
その両腕は灰となりながらも桔梗を優しく抱く。
セリカ(芹香)の胴から生えた白木の杭は桔梗の心臓を貫いていた。
「でも。由香さんはそういうの、似合いません。
私たちだけの世界に連れて行きたくないです」
だから。二人の闇の種族は微笑みあった。
「やっぱり」「いいお友達になれたわね」
芹香の腕が、桔梗の身体が灰となって崩れていく。
やがて暗闇を太陽の光が切り裂き、向日葵を優しく揺らす暖かな輝きとなって由香の頬をなでた。
「「共に。消えましょう」」
次で第二部エンディング。第三部はまた折をみて。




