第二十六話。向日葵
この世界の向日葵は年中咲き誇り、放射能を喰う魔花として知られている。
月の生み出す虹の元、二人の魔が対峙した。
『危険。即死の可能性あり。放射線汚染区域』
その表示を見て『女性』は逡巡した様子を見せたが、壊れた柵を抜けて目的地に走った。
望まずして遠く離れていても何処にいるのかわかる。そして想いは通じている。望まないのに。
汚染区域に植えられる『向日葵』。我々の世界では放射能除染に使えるとの迷信が在る植物。
大輪の黄色く、力強い花を『一年中』咲かせることで知られている。
それは観賞用ではなく、人が生み出した見えない魔物。『放射能汚染』を取り除くためだけに生まれた命。
だが、『向日葵』はそのようなことは気にしない。彼らは今日も太陽をまっすぐ向き、穢された大地に根を降ろし。ただ生きる。ただ生きる。
「セリカ(芹香)……さん」「由香さん」
天を仰ぎ、星を見ている娘。黒い肌の娘。
ともすれば闇の中に消え去りそうなほどに儚い。
躊躇いがちに声をかける若い娘に少女は振り返り、微笑んだ。
「綺麗なお花と、星ですよね」
由香は声をかけようと思った。謝ろうと思っていた。
何を? 化け物にされたのに。
綺麗な花? 放射能を吸い、食いつくす魔生物に等しい花なのに。
美しい星? 夜は今の世界の人々にとって死を意味する時間だ。
そのような危険極まりない花畑で、放射能を食い尽くす魔花を美しいと言い放ち、
魔物の跳梁跋扈する夜を美しいと言う少女。魔族。ダークエルフ。
そして、自分は。『眷属』。
千切れた筈の腕は白い輝きを放ち、しなやかな長い脚が伸びる。
喪ったはずの下半身は裸。白く滑らかな肌。
以前も『美女』と呼ばれてはいた。露西亜系の血を引く彼女は金髪碧眼で元々少し目立つ。
背丈は露西亜系の女性にしては低めだが、それでも一般女性よりは若干高め。
その元々の容姿を差し置いても今の自分は恐らく信じられないほど『美しく』なっているのだろう。
多くの上位『眷属』は肉体の最盛期にまで若返ると共に美しくなる。『主人』を満足させるためにだ。
「そうですね」
言葉が口から勝手に漏れる。『眷属』は『主人』に逆らうことはない。
「あげません」「なにを? 」
答えはわかっている。「おともだちを? 」
黒い肌の少女はそういって微笑んだ。
「私は、お友達では。ない」
なかった。無い。これからも無い。
「セリカ(芹香)ちゃん。私はお姉さんぶって、料理を貴女に教えたり、世話を焼いてみたり。
『馴れ合うつもりはない』と言っているのに買い物に付き合って……いえ、連れ出したり」本音が漏れる。
「でも、私は、『お友達』にはなれないみたい。『お姉さん』にも『眷属』にも」
いつも二番目。一番にはなれない。黒い肌の少女は彼女の独白を微笑みながら聞いている。
その瞳は憂いを秘めて揺れている。夏の風が少女の瞳から落ちた水滴を空に散らした。
「真由美さんには。私は勝てない。……智魅さんにだって。いえ。誰にも私は」
由香は自らを必要な人間と思わない。思えない。『人間』ではなくなっても、必要な存在では。無い。
夜の闇と夏の蟲の声。こんな危険地帯でも虫は生き、命の歌を歌う。
「なら。私が貰っていい? 」「ダメです」
月が出る。
ひときわ輝く月は、天を照らし、雲を照らし、月虹を彼女たちの元に魅せる。
「綺麗な月が出たわね」「そうですね」
「本当に、綺麗な子」
いつの間にか夏の夜風と共に月光の中に現れた少女が由香を艶かしい瞳で憎憎しげに睨む。
その『瞳』は今の由香にはなんの効果ももたらさない。
露西亜系の血を引き、『眷属』と成った由香から見ても嫌味なほどその少女は美しく見えた。
年齢にして十歳から十四歳程。子供の愛らしさとともに整いすぎる妖艶な容姿。老婆のような雰囲気を持つ。
「セリカ(芹香)さん。由香さんは貴女の『血』さえなければ、最高に美味しそうなのにね」
そういって嘆息する少女。息を呑む由香。
「『人間』に例えるなら、あなたはなんでもマヨネーズをかける子? 」「私も卵油酢は苦手です」
セリカ(芹香)は背後から声をかけた少女。桔梗に微笑みかける。
「激しく同意するわ。お友達になれそうね」「ええ」
余談だがマヨネーズは人体が必要とする蛋白質、油、塩(酢)を同時に摂取することで『美味しい』と言う味を脳内に作る。味覚原理的にはチャーハンと同じだ。
「貴女の血、"私"から見ると激しく不味いの。臭いからしてダメ。『穢れ』の臭いがプンプンするわ」
「由香さんにも先日御指摘されました」もうしわけありません。とセリカ(芹香)は頭を下げる。
由香はそれだけで心が砕けそうになったが、二人の人外は微笑を交し合う。
「そのくせ、極上の処女なのね。貴女」
桔梗はそういって苦笑いする。『血』は穢れの極みなのに。不思議な子ねと続ける。
「『由香』ちゃんを貰っていいかな? 」「ダメです」
「『躯』、死んじゃった」「……」
桔梗は悲しそうに告げる。
「友達だったの。今まで吸った子の身体や心の全ての美しいモノを繋ぎ合わせた子」「ご愁傷様」
「出来損ないの『眷属』二名と聖騎士と願武装僧如きに斃されるなんて」「友人です」
「腹が立つよねぇ。出来損ないに最高の友達を殺されたのよ? 」桔梗はセリカ(芹香)を睨みつける。
「最高の食事に卵油酢を混ぜるような子に」
「誤解です。輸血なしでは由香さんは死んでいたでしょうから」
「私の『肉』に埋もれて生きていられた」「それは『人間』と言えますか? 」
私は、『人間』の由香さんが好きです。セリカ(芹香)は微笑んだ。
「だから、今の状況は意に添いません。由香さんにも嫌われてしまいました。当然ですよね」
それは。由香はその続きがいえなかった。
「バラバラにして醜い蟲にくっつけてあげる」
「お断りします。『お友達』になら、なってあげても宜しいですけど」
セリカ(芹香)は月明かりの中、穏やかに桔梗に微笑んでみせた。




