第二十五話。眷属たち
「私は醜い」「醜いからこそ。誰かを護ろうと思う気持ちが強い」
『護るべきもの』を得た娘は。大切な人のもとに走った。
(以下、本編と関係のない大田少年の言)
「江藤。『本能』を否定するほど僕は狭量でも理不尽でもない」
「修羅場。みたいね」
扉が開き、真由美が由香を。ジャスティンを。常勝を見た。
「見れば判るだろう」ジャスティンは由香を抑えようとしたが、
腕のないはずの由香に吹き飛ばされた挙句、壁に鎧ごと埋まってうめいている。
「いやぁ。ちょっと抱こうと思ったら抵抗されてしまったぜ。失恋失恋♪ 」
常勝はこの状況でも冗談を言う。しかし真面目な真由美は常勝の普段の言動からその通りの意味に解釈した。
「婦女子の敵。言い残すことはある? 」常勝の頭に長い脚を高々と上げる真由美。
真由美のヒールは鉄筋コンクリートを砕き、先ほどまで常勝の頭のあった場所に穴を開けた。
「おいおい。マジかよ」青い顔の常勝に艶やかに微笑む真由美。
その手には『風月堂のかすていら』と書かれた布。
この世界は常に戦時中なので包装紙より買い物袋や風呂敷が主流だ。多くは後で返却すると特典がある。
そういえば真由美は以前常勝を蹴りの一撃で壁に埋め込んで倒している。
普段の優しい言動や行動ですっかりその事を忘れているが、彼女は一般人の筈なのに鍛え抜かれた聖騎士や戦巫女や願武装僧より強い。
「真由美。落ち着け。常勝の冗談だ」「私はいつも冷静よ。くだらない冗談が嫌いなだけ」
「鉄筋コンクリート壁に穴を開けて言うなよ」常勝は戦慄しつつも表情に出さずにおどけてみせた。
「由香さん。これ、風月堂のかすていらだけど」
先ほど舌を自ら噛み切った由香には意味のないものだが、真由美は由香の舌を何事もなかったかのように拾い、暴れる由香に差し出す。
口から血を噴出していた娘の口元に舌だった肉片は吸い込まれ、
逆回りにした映写機の映像のように由香の舌の傷を塞ぐ。
「殺してぇ! 殺してっ! 真由美さんっ! 」「なぜ私達が由香さんを殺さないといけないのよ」
「殺せと! 犯せと! 血が騒ぐんですっ! 」「……」
一応、言っておくけど。真由美はため息をついた。
「私も。『眷属』なんだけど」
「……? 」「!! 」「なっ?! 」
そういえば、身バレしてなかった。迂闊だったなと真由美はため息をついた。
本来の『親』である芹香の実母が滅んで尚、『眷属』としての存在意義である『乳姉妹を守る』ための力を保持している。セリカ(芹香)の母が死んでいる今は『眷属』とはどうみても判らないし、腹立たしいがそのように『出来ている』だけだ。
「バカなっ? 君は『邪悪』では」「森田さん。……私はセリカ(芹香)ちゃんの乳姉妹になっちゃっているの」
恐ろしい事を告げる真由美に三人の思考は凍った。
『邪悪』も『穢れ』も真由美からは感じることは出来なかった。
そんな事例は報告されたことがない。
「森田さん。由香さんと会話できているよね? 『昼』も『夜』も」「あ、ああ」
戸惑うジャスティンを真由美は意に介さず、軽く質問するとほほえんだ。
「そこの名前を呼ばれない男」「俺かよっ?! 」
常勝。君は簡素ウラン、もとい感想欄でもセクハラ発言が酷すぎて読者さんに名前を呼んでもらえないので自重したほうが良い。
「由香さんの『能力』が判る? 」「おそらく『不死』『理性』だな」
「『昼のみの理性』ではないでしょ? 」「ああ」
真由美は短めに切った髪をつまみ、何処からか取り出した包丁で『風月堂のかすていら』を切り分けだした。
本来の『眷属』はあまり沢山の『チカラ』を持つことはない。
多くの眷属は『理性』を持たない。『理性』を与えるくらいならもっと『役に立つ』チカラをあたえるからだ。
持っていたとしてもダークエルフの残虐性の発露としての『昼のみの理性』に留まる。
彼ら『眷属』は昼間は正気を保つが、夜は魔族の性癖に奉仕する。
「普通の眷属って、『昼のみの理性』だけで許容量を超えるのよね」
「つまり」真由美は寂しそうに笑う。「気をしっかり持ちなさい。由香さん」
ほら、かすていらを食べなさいと真由美は微笑んだ。
三人は否応なくかすていらを口に運ぶ。「美味しい」「旨いな」「……」
「由香さん。食べて」「はい」
おとなしくかすていらを口に運ばれるままに咀嚼する由香に真由美は微笑む。
「『乳』を飲んだだけの私より、『血』の半分をそそがれた貴女のほうが強力な『チカラ』を持っていいはずでしょ? 」
確かにそうだと常勝は思う。『乳』を呑んだなど恐ろしくて想像もつかないが、
非常事態だったとは言え洗浄輸血を受けた由香はそれ以上の『眷属』に化けていてもおかしくはない。
ダークエルフの血の一滴を一千倍に薄めて作られた緊急用の蘇生剤。
それですら眷属化の危険があって使われることはないのに。
「『理性』を与えるならば、『昼のみの理性』だけにして、もっと強い『チカラ』を与えるはずよね」「普通は。そうですね」
真由美の質問に忌々しそうにジャスティンは答えた。仲間達の末路だ。
もっとも、それほど有能でなかった仲間は『昼のみの理性』すらない魔物となったが。
「つまり」
真由美は微笑んだ。
「由香さんの心。セリカ(芹香)ちゃんはそのままであって欲しいと願っていたのでしょうね」
加えて『死んで欲しくない』想いが由香にほぼ不死身の身体を与えたのだろうと真由美は推測を述べる。
「だから」
血の衝動なんかに負けないで。真由美は微笑んだ。
「無理……です」「貴女なら出来るわ。由香さん」
かつて通った道だから、真由美は自信を持って言える。
「真由美さん」
由香は悲しそうに告げた。
「セリちゃんに『穢れた血を入れた』って。私は言ってしまいました」
ぽつぽつと由香は話し出す。
「馴れ合うつもりがない。そういつも言いながら私が一番弱かったんです。
私、『眷属』になった肉親や友人、仲間を自ら討ちました」「そう」
真由美は凍結容器を取り出し、それに珈琲を淹れていく。
熱い珈琲の蒸気は冷気を持った容器に触れ、即座に冷たい液体にかわっていく。
「私も、『本物』を一人倒したけど」
一度眷属化した彼女を放置するほど闇の一族は甘くない。
「! 」「??! 」「??! 」「ああ。ほとんどだまし討ちだから」
真由美はそういって苦笑いする。凍結容器は珈琲のえぐ味を抑えて香りと甘みのみを残す。
ちなみに、我々が入れるときは半分を氷に、残り半分を濃い目にドリップした珈琲で淹れると出来る。
冷たい珈琲を一口、真由美は口に含んだ。
「智魅の淹れる冷珈琲ほどじゃないけど、美味しく入ったと思うわ」
「美味しい」「美味い」「お前、嫁の貰い手ないなら貰ってやるぜ」「結構です」
真由美は常勝の冗談に眉をひそめた。
「……『本物』を倒しただけでも、あまりいい気分はしなかったわね」
人の形をもち、時としてその美貌をもって命乞いする事すら躊躇わない。まさに悪魔だ。
身を護るためにそれを討ったが、それですら『命を奪った』意識を持ってしまう。
「同情するようなことはしないけど」
この世界は人として生きるだけで手を血で染めていかなければならない。
「結局、何のために戦っていたの? 由香さん? 」
復讐心は何処かに消え去っていた。恐怖はあったが闘志もあった。罪の意識? 少し違う。
「……」
「由香さん」真由美は微笑む。
「私、貴女は優しい人だと思うの」「違います」
「貴女の料理、美味しいじゃない」「関係ありません」「私、料理苦手なのよね。嫌になっちゃう」
香ばしい匂いが先ほどまでの破壊の痕の残る病室を満たす。
「優しい人ほど、護りたい人のために差別的で。敵性用語だけどレイシストだわ。
情熱的な人ほど残虐に振舞うかも知れないけど」
悪いことかしら? 真由美は微笑んだ。
「私もセリカ(芹香)ちゃんに触れられただけで『恐怖』を感じることがあるわ」
誰も知らない事実だが、遺伝子を弄っていない人間は魔族をあまり怖れない。
遺伝子からつくられた真由美にとって、セリカ(芹香)は如何ほどの存在か。想像するに余りある。
優しい笑みを真由美は崩さない。
「もう一杯、いるかしら」「頂きます」
「美味しいです」「紅茶は苦手だけど、これだけは智魅に仕込まれたの」
「どうしてですか? 」「適恵に不味いって面と向かって言われたから? 」
唇にひとさし指をあてておどける真由美。あの気弱な娘が姉に面と向かって言う以上、本当に不味かったのだろう。
思わずほほ笑んでしまう由香にふくれて見せる。真由美。
「だから。仲直りできるわよ」「……」
「親友と言えるほどの友情より、差別心やレイシズムは強いけど、それはその人が優しいから」
大切なものを護りたい気持ちは、友情に勝るから。奇麗事より、目を向けるべきこと。
「だから、奇麗事じゃなくて。どう思う? 」「私には。難しいと思います」
姉のようについて回るセリカ(芹香)を疎んじる振りをして自らが甘えていた。
友人といってじゃれつくセリカ(芹香)を振り払ったことも一度や二度ではない。
「私、友人としても年上のお姉さんとしても、監視役としても。真由美さん。貴女に敵わないとおもいます」
『眷属』としても、戦う気はない。
「敵うかどうかより」
真由美は微笑んだ。
「セリちゃんが愛する人は、私も愛しているわ」
そういって、微笑む。「珈琲をどうぞ」
「ありがとう」『その娘』は珈琲を受け取り微笑む。
「鋭いのね。聖騎士達ですら気づかなかったのに」
「名前。私が名乗る? 貴女から? 」「躯」
「真由美よ。宜しく」
……。
……。
「なあ。真由美」「? 」
「ありがとう」「どういたしまして」躯を倒した真由美たちは病室を後にした。
請求書は夢路の元に送った。要するに踏み倒しである。
「由香さんは」「行った」「真由美さんのおかげです」
『不死』を得た眷属にとって、あの程度は傷とはいえない。
あと。常勝は微笑む。
「薄い青だったな。もう少し大きいのを穿いたほうがいいと思うぜ」
真由美は黙って常勝を五階の窓から放り投げた。




