第十話。拉致。再び
お父様。お母様。申し訳ありません。
セリカ(芹香)は隙をつくってしまいました。
私と智魅さんは拉致されてしまいました。
「ふごごごごっ?!!!!!! 」「ふふふ。かーわいい♪ 」パタパタと暴れる大田少年。
彼の首には正面から智魅の黒い袴にまもられた長い脚が巻きついている。
必死でブリッジをして引き剥がそうとするが、大田少年の真上に完全に覆いかぶさった智魅はガッチリ彼の両の太ももの根元に腕を絡ませ、股間を掴みあげて脱出を許さない。
「あら。歳のわりに意外と立派」「むぐううううううううっ??! 」
その一言を聞いて、適恵は顔中を真っ赤にしたが、
セリカ(芹香)は意味が解らず首をかしげていた。
三度、遥家の道場。
夢路に娘三人を任せて任地に赴いているこの家の主人は軍人なので、道場と射撃場が家の中にある。
「あ~。胸がでちゃった~? 」
大田少年は智魅を投げようとするたびに智魅の余計な一言で腕が止まる。
勿論、見えないように絶妙な位置を取る智魅。抜け目なしだ。
腕が止まった大田少年を軽く転ばせた智魅。そして。冒頭に戻る。
夢路が注意しているにも関わらず、
智魅は相変わらず下着もインナーシャツも着ていない。
袴の下も着ていない。足袋だけだ。
智魅の良い匂いを楽しむ間もなく大田少年は再び気絶した。
「ふ。一週間では筋力はついてもこの手の技は無理ね」
そういって妖艶な笑みを浮かべ、大田少年の顔に乗ったまま布手袋に包まれた指先を舐める智魅。
気絶した大田少年の涎で股間が濡れるのも意に介さない。
「次、セリカ(芹香)ちゃんどう? 」「絶対嫌です」
セリカ(芹香)は珍しく真剣に嫌がっている。いや、むしろ泣いて怖がっている。
この一週間。
押さえ込まれて頬にキスされたり。
うなじを嘗め回されながら首を絞め落とされたり。
大田少年のように上下逆に組み付かれて股間の匂いを嗅がれたり。
仰向けにされて両脚を脚で極められて下から首と片手を絞められつつ胸を揉まれたり。
セリカ(芹香)はたった1週間ですっかり智魅が苦手になってしまった。
真由美がいる時は智魅を殴って止めてくれるが、彼女がいないときはやりたい放題である。
「女性しか愛せない人なんですか? 智魅さんって」
温厚なセリカ(芹香)ですらそんな言葉を適恵に言ってしまうほどである。
適恵はそれを聞いて苦笑した。
「大田。あのようにダークエルフとて無敵ではない」
夢路の指導を受けて首を縦に振る大田少年。
その身体、表情とも一週間前とは比べ物にならないほど引き締まっている。
「いやあああああああああっ???! 放してっ?! 智魅さぁぁぁぁっん??! 」
大田の引き締まった表情が少し緩んだ。
「もっとも、セリカ(芹香)は特殊な境遇で自分の身体能力を制御できない。
加えて智魅は昔色々あってダークエルフの体臭を嗅いでも魅了されない体質だからああなるだけだ。
……間違っても組技は挑むなよ」
小声で『ニクノカタマリ』になるぞ。と危険性を告げる夢路。青ざめる大田。
セリカ(芹香)の体臭、汗や血や涙が身体に付着した際の危険はこの一週間で痛感している。
「すごく……甘いというか、頭が痺れるような香りがするんです」「だろ? 」
「うっかり芹香さんの汗や血を踏んだりすると」「性衝動が暴走しかねんぞ。体内に混入するともっと怖ろしいことになる」
「少尉殿でも防げませんか」「防げたら俺はアイツを引き取ってない」
核兵器でも防げる夢路の発言である。
「あと、あいつらの体液は全て、『頭がおかしくなるほど美味しく感じる』らしいから気をつけろ」
「学校で習いました。毒になる成分や麻薬成分が無いはずなのにエンドルフィンを大量に発生させる効果があると」「そうだ」
そして、二人はため息をついた。
「いやあああああああああああ!!!!! 」「ふふふ。セリカ(芹香)ちゃんの貞操もらっちゃおうかなぁ~♪ 」
二人は、二度。ため息をついた。
「……アレは特殊なんですね」苦笑いする大田。
「ああ。大田。本物……アレも『一応』本物だが、本物と闘うときは気をつけろ」
『ダークエルフって。なんですか? 』
そんなことを言うボケ娘だが、身体能力は極めて高い。高すぎて制御できないだけだ。
智魅は体力上は普通の人間だ。下手をすれば小柄で非力な適恵のほうが体力があるかもしれない。
「知能特化型って、優秀なんだなぁ」夢路が苦笑する。
「遺伝子選良人類でしたっけ。智魅さんは」
うちは貧乏ですから、まったく弄っていないんです。
そう大田が呟くと夢路は少し驚いたようだ。昨今は注射器一本で美男美女になれる。
「お前は弄らないほうが強くなれる」夢路は笑った。
「本当ですか? 」放射能耐性だけでも欲しいと思っていたので少し複雑な大田少年。
「娘と仲良くなってくれたしな」
そういう夢路に不思議そうにしている大田。夢路はそれ以上何も言わなかった。
……。
……。
「せりちゃ~ん! お願いっ?! 買い物付き合ってよ! 」「嫌です」
両手を合わせてセリカ(芹香)に頭を下げる智魅。セリカ(芹香)は彼女にしては冷たい瞳を見せた。
「同じお乳を呑んだ『姉』の言うことが聞けないのね……。お姉さん寂しいよ」
よよよと泣き崩れる智魅。一瞬、「泣かないでください」と助け起こそうとしかけたセリカ(芹香)だが、
それを実行して20回もところかまわず押し倒されたので必死で自重した。
「な、泣きまねしても無駄ですから」
動揺しているのがハッキリとわかる。セリカ(芹香)はお人よしなのだ。
「ううう。泣きまねって言われたよ……乳呑み姉妹にそんなこと言われたよ……」
智魅はそういって涙を見せる。今度は唾ではない。
「ご、ごめんなさい、智魅さん。いいすぎ……きゃあああああああああっっ??! 」
「ふはははっ?! セリカ(芹香)ちゃんのおっぱいおっきい~♪ 」
一瞬でセリカ(芹香)を地面に押し倒した智魅は再びセクハラを開始した。
学習しろ。セリカ(芹香)。
……。
……。
「と、いうわけで。着替えてね。セリカ(芹香)ちゃん♪ 」「……はい」
お気に入りの白いワンピースを汚され、涙目で頬を膨らませるセリカ(芹香)を宥めすかしながら智魅は歩く。
また夢路の分厚い陸軍コートを羽織る羽目になった。三月でまだ寒いといっても耳当ては暑い。
この一週間、御近所様に挨拶しようとしてはなんらかの形で遥三姉妹や夢路や大田少年に阻止され続け、お気に入りの服まで汚されてはセリカ(芹香)の不満が爆発しないわけが無いのだが、適恵以上にセリカ(芹香)はある意味温厚であった。
「この、変なめがねはなんですか? 」
ブツブツのついた鼻と、鼻毛までついている。
「宴会の余興用だけど? 」
こんな酷いものをつけさせられても耐える程度には。
「よし、完璧な外出衣装だね」智魅は嬉しそうに鼻を鳴らすが。
「(こんな酷い格好……泣きたいです)」
セリカ(芹香)が無用なトラブルに巻き込まれないようにするための智魅の気遣いは本人には届いていない。
それでも、智魅との買い物はセリカ(芹香)にとってはとても楽しいものだった。
戦時下なので大した品物はないが、それはそれで店主たちも工夫を凝らしている。
「『初恋の味。檸檬飴』ってなんですか? 」「たべてみる? おごるよ? 」
「すっぱい……でも甘いです」「今時豪華な味よねぇ」
酸味のある水あめを舐めながら二人は歩く。
その水あめが道路に二つ落ちた。
二人を無理やり乗せた自動車は、何処へかと彼女たちを連れ去った。