第九話。白いお握り
適恵さんのお姉さんの智魅さんは僕たちに差し入れを持ってきてくださいます。
休憩なしで訓練する僕たちにとって、智魅さんが来ることはとても楽しみです。
(大田少年の日記より)
「やっほ。みんな。元気? 」
死屍累々のセリカ(芹香)に大田少年、そして適恵の前に、
頭を男のように短く刈り上げ、前髪と後ろ髪だけ長くした長身にして痩身の美女が立つ。
適恵の下の姉、智魅である。
「智魅。邪魔をするな」
苦言を漏らす夢路に智魅はテヘッと舌を出して愛想を振りまく。
「おじさん。みんなのためにおにぎり握ったんだけど、要らない? 」
「今は修練中だ」「いらない?」「ああ」
「ぐすっ。私が心を込めて握ったお握りが要らないんだ」「……」
夢路は冷たい目を智魅に向ける。
「うえええん」泣き出す智魅に。
「ウソ泣きはやめろ」「ばれた? 」舌をだし、ニコッと笑う智魅。
「食べないなら捨てるわよ」
そういって、自分でその特大のお握りを食べる。
「前線の皇軍兵士達に悪いと思わんのか」「知らないわよ。『剣の魔王』の都合なんて」
ため息をつく夢路は刀を置いて道場の床に座り。「頂こう」
「あ。昆布茶とほうじ茶どっちがいいかしら? 」「ほうじ茶」
ニコニコ笑いながら夢路に茶を渡す智魅。外見に反して家庭的な娘だ。
「立ち上がってきた奴から食っていいぞ」
声は聴こえるが、三人は指一本動かせないほど疲弊している。
「呼吸だったっけ」「そうだ」
今日の訓練は限界まで運動させられた挙句に呼吸を無理やり整える訓練だ。
息が上がっていると行動不能になるのを防ぐという名目だが、恐ろしく辛い。
「お前ら根性が足りんぞ」
夢路は呆れているが、疲労を知らない筈のセリカ(芹香)が斃れていることからお察しである。
「『気』は魔法の類じゃねぇからな」
「うーん。私は苦手だからなぁ。そういうの。……あ。口元にご飯粒ついてる」
そういって唇で取る智魅。たっぷりと適恵に挑発的な笑みを向けて。
「……! 」
バタバタと苦しんでいる適恵。
本当は可也怒っているのだがなにぶん動けない。
「口紅がついて余計汚れたんだが」
そういって茶をすする夢路の頬を舐めて見せる。
「ほら、どうした適恵。立て。立つんだ」夢路の真似をしておどける智魅。
あんなことがあってもなんだかんだいって夢路を慕う適恵にこの仕打ち。酷い姉である。
「智魅さんは遥少尉の恋人なんですか? 」
なんとか復活し、ほうじ茶をすする大田少年は残念そうにそう呟く。
見た目と言動に反して気遣い上手の智魅。大田少年には魅力的な年上のお姉さんに見えている。
「ち、が、い、ま~す♪ 小父さんをからかうのが好きなだけ♪ 」
そういって微笑む智魅は手袋で包まれた人差し指と中指を軽く舐めると、適恵に投げキスをした。
その適恵は、セリカ(芹香)と絡まりあってぶっ倒れている。まだ動ける状態ではない。
「で。なんの用だよ」
「太ったから私も参加させてよ」
何処も太っていない。
……。
……。
ぽて。ぽん。すとん。
セリカ(芹香)も大田少年も適恵ですら智魅に触れることなくパタパタと地面に転がった。
ちなみに、痛くも痒くもない。手加減してくれているのだ。
「見事な合気術だな」
ぱちぱちと拍手する夢路に「見たものはたいてい覚えちゃうもの」とこともなげに返す智魅。
「あ~下着忘れた」そういって道着の胸元から大きくは無いが形の整った双峰をパタつかせて大田少年と夢路を挑発するのも忘れない。
夢路は慣れているのでなにも感じないが、大田少年には刺激が強すぎる。
「お姉さま」
はしたないですよと苦言する適恵にぺロッと舌をだして笑う智魅。
「大田」
夢路は恐ろしいことを告げた。
「そんなところに『気』を集中しろとは言っていない。いまだ元気なようだし、お前は居残りだ」
齢十四歳の大田には、不可抗力である。




