第八話。夢路の訓練
(智魅。大田少年を見て)この子は誰? 可愛いわねぇ。
え? 訓練するって? 見学? セリカ(芹香)ちゃん。やめておいたほうが。
そう。よく転ぶから治してくれるって? うーん。お勧めしないわよ。
「なんだそのへっぴり腰は!! それでも帝国男子かぁっ????! 」
夢路の声が耳の奥まで響くが、セリカ(芹香)は指一本動かせない。
セリカ(芹香)だけではなく、適恵も大田少年も夢路にバタバタと倒され、
セリカ(芹香)の細い身体の上に斃れ込んでいる。
「たてぇっ?!!! 大田ァッ!!!!!!!!!! 」
恐ろしい事実が判明した。
夢路が剣をかざし、夢路の視界から相手の身体を隠して元に戻すことで夢路は相手の傷を治せる。
これを筋肉断裂まで追い詰めた人間に使用すると超回復する。
超回復。
激しい運動を行うと人間の身体は疲労困憊するとともに、
筋繊維に損傷が起きる。これは一般的なトレーニングを行うことで24時間から48時間の休養を経てトレーニング前の筋肉より強い筋肉になるといわれている。
具体例を挙げる。
●超回復を使ったトレーニング例
月曜 筋力トレーニング(下半身)
火曜 筋力トレーニング(上半身)
水曜 休息(座学)
木曜 筋力トレーニング(下半身)
金曜 筋力トレーニング(上半身)
土曜 休息(座学)
日曜 筋力トレーニング(下半身)
これを夢路が行う。
股裂き。柔軟。
190度開脚可能なセリカ(芹香)と適恵は不要と判断される。
大田少年。股間をはじめとする筋肉、腱、骨が砕けるまで。1時間。
大田少年。全身の骨が砕け、筋断裂、腱切断。剣をかざして復活。
「よし、まぁ見れる程度には動けるようになったな」
この時点で太田少年は逃げ出そうとしたが、夢路に捕縛され、間接技で手足を再び砕かれる。
「そんなに走りたいのなら」
夢路はにこやかに手足の砕かれた大田少年。
逃亡を図ろうとして全身捕縛されたセリカ(芹香)にいまどき珍しい鋼鉄の甲冑を着せる。
適恵は慣れた手つきでその女性的な印象のある甲冑を自ら装備して正座して待機。
「あの。私は見学だけだと」
セリカ(芹香)は小声で抗議したが、鬼となった夢路には通じない。
「お前は歩くだけで転ぶ。身体能力が低いとお前は思っているようだがそうではない。
身体能力が高すぎて、靴が滑っているのだ。よって、的確に歩く練習を行う。
その後、走ったり踊ったりする練習が必要だ」
夢路は不思議な靴をセリカ(芹香)に渡した。
「これは異世界の球を使った遊戯に使う靴でな。
バスケットシューズ。略してバッシュというのだが、はいてみろ」
縄を解いてもらったセリカ(芹香)。
恐る恐るその靴を履き、夢路の指導通り歩いてみる。転ばない。
左右に軽く小刻みなジャンプ。転ばない。
「走って転換!! 」転びかけたが、何とかとまる。
「しばらくその靴にしろ」「はい」
夢路は嬉しそうなセリカ(芹香)を見て微笑んだ。
そういえば、セリカ(芹香)は若い男性から贈り物をされたことはない。
新品の「ばっしゅ」は白くて綺麗でピカピカしていて、
セリカ(芹香)の心を浮き立たせるには充分だった。
びたーん。
「あ」「あ」「やっぱり、油断しているとバッシュを履いていても転ぶんだな」
若い女の子は、男性から見て意味なくこけたり笑ったりすることがある。
セリカ(芹香)は脚がもつれて転んだ。長い脚も考え物だ。
……。
……。
身体の砕けた大田少年を蘇生した夢路は恐ろしいことを平然と言ってのける。
「月狂だ。異世界の戦士が使う軽くて硬い鎧で主に皮と竹をベースに作ってある。
比較的軽くて水泳も可能。着用者の苦痛を魔力に転換する能力を持つ」
この台詞を聞いた瞬間。セリカ(芹香)と大田少年の脳裏に絶望に近い感情がわいてきたが。
「じゃ、突撃銃貸すから、それ背負ってダッシュな」
夢路が剣をかざすと二人の傷と服の汚れが解除される。
ナノカーボン製の銃(零八拾九式狙撃銃など)が一般的な現代において異常に重たい鋼鉄の銃。
「それは異世界の日本の防衛部隊、『自衛隊』が使用する武器でな。64式と言う。
旧式だが7.62mm弾を使用し、ライフルの命中精度と機関銃の火力を兼ねている。良い銃だぞ」
我らの零八拾九式と違って整備が大変だがな。と補足する夢路。
ちなみに、セリカ(芹香)たちには預かり知らぬことだが夢路独自の魔改造が施されており、
本当に高火力、高精度になってはいる。
「あっちの旗を取るだけのかんたんな訓練だ」
フル装備でダッシュにしては楽だと思った三人に。
「トロトロ走ってたら斬る」
そういって刀を抜いて微笑む夢路に三人の笑みは硬直した。
セリカ(芹香)のように脚がもつれて転ぼうものなら容赦なく斬られる。
もう一度言う。斬られる。
セリカ(芹香)20秒で転んで脱落。夢路に蹴りを入れられて気絶。
大田少年5分で夢路に追いつかれて斬られて脱落。死んだはずだがなぜか復活。
適恵。20分耐えるも後ろから夢路に機関銃で撃たれて脱落。
「お前ら、もっと気合入れろぉっ~~~~~~~~~!!!!! 」
剣で追い回してたんじゃないのかっ??!
三人は傷だらけになりつつ匍匐前進をしながら銃弾の雨をかいくぐり、
遅れたものは片っ端から夢路に踏まれる地獄を3時間味わう羽目になる。
「遥教官殿~!? 」「なんだ? 」
夢路は情け容赦なく大田少年を撃った。即座に剣をかざして回復させるが。
「反撃は可能でありますか?! 」「ほう? 」大田少年の質問に夢路は愉しそうに笑う。
「可能です」適恵はそれだけつぶやくと慣れた手つきで二脚を地面につきたて、夢路に激しく撃った。
「??! 」
目を見張る二人。適恵はそういう人間ではない筈だ。
キンキン。カンカン。
「こうなりますけど」
適恵は苦笑いして、二人に肩をすくめて見せた。
全弾射出した筈の64式の猛攻を夢路はこともなげに全て切り捨てていた。
「次は座学」
例によって傷と服の汚れ、身体疲労を一瞬で無理やり癒された三人。
「座学」と聞いて安堵のあまりぐったりとして背中合わせに斃れこみかけるセリカ(芹香)と大田少年。
しかし、三人分のピカピカの机に反して。
「椅子は? 」「空気椅子だ」
空気椅子とは、椅子に座ったポーズで耐える訓練である。
適恵は眉を軽くしかめつつ、平然と授業を受けだした。
「簡単な精霊語と魔術語を教える前に、ラテン語を教えるのは基本だが。
基礎がしっかりしていない人間には何を教えても無駄だ。母語である日本語教育を行う」
普段酷い日本語を話している夢路とは思えないほど的確な指導だった。
「違う。大田。あっちとそっちの区別を人に教える場合、『距離』の概念をいれろ」
「セリカ(芹香)。人に物事を教える場合、膨大な情報を口頭で伝えても聞き流される。
なるべく、身振り手振りを入れて簡潔に説明する訓練がお前には必要だ」
日本語を知らない人間に日本語を教える講義も含まれる。
「宿題だ。全員。明日までに平家物語を全部暗記。暗唱可能にしておけ」
無理です。
三人を襲う頭痛筋肉痛は例によって夢路が剣をかざすだけで治った。
「セリカ(芹香)。お前は特別だ。竹取物語と伊勢物語、百人一首も暗記のこと」
ダークエルフにとって暗記はそれほど難しくはない。
「ヒャクニンイッシュ? 」「……」
「かるた遊びといえば判るか? 」「あ。はい! 」
夢路は呆れながらも、「じゃ、今回は特別に」と教えてくれたが。
「あの、アとかイとかがないのですが」「あるわけがない」
和歌を知らないとフルボッコにされる。
ある程度知っていた大田少年は適恵から一枚も取れない結果に終わった。
セリカ(芹香)は、後から反応して適恵から3枚取って見せたが、5枚分は激しくかるたの上で滑る結果になった。
身体能力が高すぎて制御できないのだ。
そして日が暮れる前。
「今までの鬱憤もあるだろう。三人一斉にかかって来いっ! 」
三人の64式の銃口が一斉に夢路に向いた。
小柄で非力を自覚している適恵は一瞬で伏せ、二脚を地面に突きたてて射撃したが、
銃の扱いを知らず、立射の反動でのけぞったセリカ(芹香)と大田少年は一瞬で蹴られた。
だから言ったのに(智魅)
私も子供の頃受けていたけどねぇ(真由美)




