六十ノ罪 闇の後継者④
亜久良の瞳に映るのは念願の相手であるサキエルの姿であった。
――本物か。
――それとも偽物か。
しかし、先程まで姿を現しなどしなかった存在が、同じ場所で悠々と居座っているというのは可能性として極めて低い。
だからと言って、相手はヒトの存在を遥かに超越した存在である天使――。
優れた頭脳を持つ亜久良であろうとその思考の域には収まらない訳がないことは亜久良自身、百も承知していた。
それ故にこれから起こるであろう事象を幾つもの可能性を交えて予測を立てていく。
亜久良の前頭前野には瞬時にこれまでの情報が流れ込んでは、整理され的確な戦術、対策を即座に練り始めた。
支援機であるが故に武器という武器を持たないルシイドに出来ることは限られている。
一か八か目の前の敵が本物であると想定したうえで亜久良は‘‘堕天使王ノ威厳’’を発動させた。
両翼から射出された大量の紫色の粒子は周囲に広がり、両者を包む。
本物であると仮定していたサキエルの影は、ルシイドが放ったデバフ効果のある粒子がサキエルの身体をすり抜けたことから案の定偽物であることが分かったが、肝心の実態のある本物がどこにいるのかは皆目見当がつかない。
沈黙の時間は一秒一秒を永遠の様に感じさせ、いつ敵が姿を現すのか、その恐怖に怯えと焦りが見せる亜久良であったが、瞳は力強く開かれる。
操縦桿に自然と力が入り、肺に溜め込んだ空気を一気に吐き出した。
恐怖によって流れが速くなった血流を深呼吸することによって熱を持ってしまった身体を冷やし、戦闘に集中する。
集中した亜久良の周りは無音となり、彼を包む空気は顔面の皮膚を鋭く刺す。
ひりつく空気全てが亜久良の敵となったかのように、彼にプレッシャーを感じさせた。
視界は歪み、これまでの戦いの疲れが出てしまったと感じたのか、亜久良は目を擦る。
それでも尚、視界の景色は変わることなく視界の歪みは続き、やがて暗転した。
辺り一帯真っ暗闇となり、自身の心臓の音が聴こえるほどに一切の音を感じさせない。
更には、彼の心の空間に一抹の感情が半ば強制的に目覚めさせられ、それはどこかで感じたことのある感情と酷似していることに亜久良は気づいた。
「これは……、‘‘孤独’’か?」
亜久良が生前感じたことのあるその感情はある一時の時期から自身が知らず知らずのうちに抱えていた寂しさという感情から成り立っていたもう一つの感情であった。
感情の正体を知った亜久良であったが、不思議と不安の思いは芽生えない。
寧ろ懐かしさを感じ、思わず笑みを溢してしまう。
「そうか。これが貴様のやり方か」
この懐かしき感情を芽生えさせているのがサキエルの仕業であることを見抜いた亜久良は、余裕の表情を見せ、何処かに潜んでいる天使に話しかけるように続ける。
「橋姫と夢魔と戦った時も、こんな方法で彼女達を陥れようとしたのか」
更に呆れた表情を見せる。
「こそこそしていないで姿を現したらどうだ。貴様も、私と相対したかったのだろう?」
サキエルは一向に姿を見せないどころか、一言も喋ろうともしない。
闇に包まれても尚、泰然自若な少年を謎の空間から見続け、慌てふためく様を見たいのか、はたまた何か別の目的があるのか、秀才である亜久良をもってしても生物の域を脱した存在の思考を読み取ることは不可能であった。
不気味な時間が両者の間に流れる。
辺り一面、光を通さない漆黒の靄が掛かり、亜久良の脳裏を侵食しようと妖しく揺れる。
やがて、靄から人の顔を模した不気味な表情が浮かび上がり、亜久良の心情を得抉ろうとした。
案の定、亜久良は浮かび上がった顔に心当たりがあり、戸惑いの表情を見せた。
生前このような悪魔みたいな顔つきにはなってなどいなかったが、一つ一つのパーツがその人物であることを物語っている。
千方亜久良の兄――の姿であった。
それと同時に、様々な人物たちの顔も靄の中から現れ、亜久良は彼等の顔に見覚えがあるような表情をする。
彼の目に映ったのはこれまで彼自身が下に見てきた学友に酷似した人物の顔ばかりであった。
不気味に微笑む学友の顔は次第に私怨の如き表情へと歪み、悲痛な叫びをあげる。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
「な゛ん゛だ。ぞの゛目゛は゛~~~!!!」
「お゛|れ゛ら゛の゛ごどじだに゛み゛や゛がっ゛で《俺らの事を下に見やがって》~~!!!」
「ばがに゛じや゛がっ゛で~~~!!」
これまでの亜久良《彼》に対する恨み辛みをのべつ幕なしに連ねる。
人とも呼べぬその声は、亜久良の内面を侵食しようと段々と声を荒げていく。
彼らの姿は正に怨霊と言うべき姿をしていた。
「お゛ま゛え゛ばお゛れ゛を゛どこ゛ま゛で苦゛し゛め゛れ゛ば気゛が済゛む゛ん゛だッ゛……!!」
その一人の声に、亜久良は反応を示した。
悪魔の様な声に変わりつつもその中にある人たらんその声を亜久良は聞き覚えがあった。
「貴方も《《そっち側》》に行ったのですか……」
亜久良の瞳は哀れみへと変わり、自身の声に悲しさを纏わせる。
これまでの人生で一番身近に聴いてきたその声を、亜久良は忘れる事は無かった。
忘れられるわけがなかった。
「お゛前゛は゛ま゛だ俺゛を゛苦゛し゛め゛よ゛う゛と゛す゛る゛の゛か゛!!」
「愚愚ッ巍巍ッ峨禍禍ッ懲懲ッ……!!」
「◎△$♪×¥●&%#?!◎△$♪×¥●&%#?!」
やがて、兄だったものは人ならざる者の言葉へと変わり、亜久良を激しく責め立てる。
亜久良はsin僟を動かすのを止め、兄だったものの言葉に耳を傾ける。




