14 VSトロル 前編
クリスタル犇めく洞窟。
魔力渦巻くその奥地の内。
妖しく煌めくクリスタルに囲まれて、その存在を誇示している異形の姿。
その姿は、大人二人分もの背丈を持つ巨大な人のような肉体を持っていた。
しかし本来、人であれば存在するはずの頭は無く、首元は切断後の肉芽のようなものに覆われていた。
またその体は人を二人背中合わせに張り付けたように、四本の腕と四本の脚を持っていた。
その身体は太った人間をさらに水で膨れさせたようにぶよぶよしている。
血が抜けきったような白濁した体皮は全身を覆い、それはいたるところから濁りきった水蒸気を上げていた。
前と後ろ両方にある腹が二つに割れると、そこには大きな濡れた口が舌なめずりをしていた。
それ――巨人は水を吸ってダルダルになった水死体のような白腕を、あり得ない程の速度を持ってその光景を見ていた人物、悠人へ振りかざしてきた。
悠人は反射的に横へ跳ぶ。
しかし巨人の拳は悠人の体にかすり、悠人はすさまじい衝撃をその身に受けた。
強烈に吹き飛び、遠くのクリスタルに衝突する。
「ぐほぁッ!!」
肺から空気が吐き出される。
つぶってしまった目を開くと、そこには水蒸気を振りまきながらこちらへ跳びかかってくる巨人の姿が見えた。
――<石の一撃>!
亜音速に達する石の弾丸が打ち出される。
それは、まさしく巨人の胸を撃ち抜いた。
ぽっかりと空いた肉のトンネルが、向こう側の景色を映し出す。
よしッ!
悠人は内心で喝采を上げる。
しかし、どういうことか巨人はまるで勢いを緩めずその巨大な白濁の拳を悠人へ叩きつけた。
「なんッ――じぇクゲパアァァッッ!!!?」
直撃。
肉体に荒れ狂う衝撃。
背後のクリスタルは砕け、飛び散る。
その力に悠人の体は再度投げ出され、遠くにある別のクリスタルの壁へ衝突し、今度はそれすらも砕いてクレーターを作り出しその中へ埋め込まれた。
投げ出された手足はピクリとも動かない。
粉砕されたクリスタルの欠片がパラパラとその上に降り注いだ。
巨人はそれを見つめた後、興味を失いクリスタルの食事を再開するのだった。
巨人の胸に空いた穴は周囲の肉がぐじゅりぐじゅりと蠢いて、そして傷は綺麗さっぱりと塞がっていた。
◇◇◇
悠人の意識はまだ保たれていた。
というより、困惑していた。
なぜかというと、全くと言っていいほど体にダメージが無かったのだ。
痛みもほぼ無い。
<巌の身体>は最初から念を入れて使っていたからそのおかげかもしれないが、なぜコボルトもどきの炎を浴びたときはあれほどの激痛が走ったのに、今は少し打撲した程度の痛みしかないのだろう。
しかし、今はその疑問はどうでもいい。
今重要なのは、やつの攻撃がたいして効かなかったという一点のみ。
巨人通常の生物ではありえない再生能力は驚異的だ。
まさか胸に空いた風穴が塞がるとは。
……これは長期戦になりそうだ。
悠人はクリスタルに埋もれたまま、どうにかポケットに手を突っ込み羊皮紙を取り出した。
そしてそれを巨人に使用する。
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魔力:1,988
気力:10,020
霊力:6,122
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……一万。
一万ですかぁー。
こっちの十倍以上。
悠人は試しに気視を使ってその巨人を確認する。
その瞬間。
エネルギーの嵐が吹き荒れた。
そう思える程の莫大量の気力。
余りに濃密な気力が巨人の巨体の内部に渦巻き、はち切れんばかりになっている。
その余剰は体中から霧のように吹き出し、厚手のコートを着るように体表に纏わりついていた。
――見なければよかった。
これはそう。
例えるとするならば、拳銃片手に戦車に挑もうとしている気分。
圧倒的な力の差だ。
――こいつの前では、俺はドン・キホーテにしかなれない。
巨人の攻撃がこちらにたいして効かなかったとしても、これでは絶対にジリ貧だ。
戦うわけにはいかない。
逃げるしかない。
悠人は横目で二つの出入り口を確認する。
こちらに入った時の出入り口と、魔力が流れ込んでくる出入り口。
しかし、それを確認した悠人は目を見開いた。
――どちらも塞がっている。
巨人と悠人の戦闘で崩れたのだろう。
どちらも崩壊したクリスタルがそこを塞いでおり、すぐに出られるような状況ではなかった。
悠人は奥歯を噛み締める。
戦うしかないというのか。
正面から衝突しては、絶対に勝てない。
それでもこちらには、情報体を使った多様性がある。
絶対に勝ちを拾って見せる。
まずはクリスタルに埋もれたまま攻撃を開始する。
――<石の一撃>
巨人の胸に風穴が空く。
次の瞬間、巨人は足音を響かせながら恐ろしい勢いで走り近づいてきた。
振り上げられた拳を確認して、悠人は横に跳んだ。
粉々に砕かれるクリスタルを尻目に、転がって体制を整える。
そして『燃焼Lv3』を発動。
巨人の体は勢いよく燃え上がった。
お読みくださりありがとうございます。
こいつとの戦い一話で終わる予定だったのに全然終わらない……
あと一話で終わらせられるかなぁ。