78 ウィッティ・ウェイン海 その二
やっと、書けました…………
ウィッティ・ウェイン海は以前と変わらずに美しかった。
漸く太陽が昇り始めて海の中をも照らし始めている。先が見えぬ程の闇の中、太陽の光が射したところだけ濁りなど無い青く透き通った色を魅せ、キラキラと輝いている。
なんとも幻想的な光景であった。
海に入る前にも確認したが、やはり昨日のマリアの威嚇のお陰か、港付近には魔物どころか普通の海の生物もいない。それはそれでマズいとは思うが、少し先にちらちらと気配があるので徐々に戻ってくるだろう。
マリアの話では、ダンジョンの入り口は港からそう離れていない場所に出来ているらしい。
瑠華としては都合が良いが、サランヴィーネの街の人達にとっては堪ったものではないだろう。ダンジョンが近ければ近いだけ、その影響は強くなるのだから。
これはとっととダンジョンに入って消滅させよう、と瑠華は海の底へ目を凝らす。
瑠華達三人は今マリアの風属性魔法に包まれている状態で、ついでに闇属性魔法『闇目』を使っているので海の中でも息が出来ていて視界も良好だった。
その為“ウィッティ・ウェイン海”の美しい光景に、瑠華もシンとサラも暫し見惚れていた。
だがそれも束の間、こちらへと近づいてくる気配に気づいた瑠華は、両脇に抱えていたシンとサラを抱え直しマリアが指し示した方へと泳ぎだす。
まだ太陽が昇り始めたばかりの為、海底までは光が届いていない状態だが、闇属性魔法とマリアの話とダンジョンが発する独特の気配を頼りに進んでいく。
海の底に向かって泳ぐこと暫し、遠くにうっすらと“それ”は見えてきた。瑠華としてはもう幾度と見た不可思議なモノ。
セラ曰く、“気色悪いモノ”がそこに存在していた。
目的のものが見つかりそこに行こうと泳ぎを再開した直後、瑠華は止まり遠くを見据えるように目を凝らす。
どうしたのか、と不安と疑問を含んだ目でシンとサラが見つめる中、瑠華は右手を動かしてシンの手を握り、自身の胸元へと導きシンの手ごと強く握る。
瑠華の言わんとすることを正しく理解したシンは、身体を密着させ両手で瑠華のローブをしっかりと握る。それに満足げに口角を上げた瑠華は、徐に右手を前へと突き出した。
そしてそれが合図のように、猛スピードでこちらへと近づいてくる魔物達が現れた。
先程瑠華が止まったのは、この魔物達の気配を感じたからだ。どうやら獲物の匂いを嗅ぎ付け襲いにきたようだ。瑠華が気配を捉えた時はまだ距離はかなり開いていたが、悲しきかな、ここは海の中でそしてあちらは海の魔物。速さの勝負などするのは馬鹿げている。
ダンジョンの入り口に辿り着くまでには必ず追いつかれると判断した瑠華は、迎撃を選んだ、というわけである。
その魔物の名はリトルシャーク。体長二十セル、見た目は薄い紫色で普通の魚にしか見えない。だが強靭な顎と鋭い牙を持っていて、人間の骨など容易く噛み砕く。故に魔物の種類は鮫種であり、ランクもDとなる。
名前の由来は言わずもがなだろう。
リトルシャークは群れで動く魔物で、大体数は三十から五十程。今瑠華が捉えた数も四十強であった。
前へと突き出した右手の先に海属性魔法『トルネードウェイブ』を五本作り、視界一面のリトルシャークに向かって放った。
何気に“無詠唱”は初挑戦だったが、成功してなによりだ。
“出来る!”と思ったからやったわけだが、テトが聞いたらもっふりな前足で張り倒されるので内緒である。影の中から見ているのでバレバレであったりするが。
リトルシャークは真っ直ぐに自分達に向かってきた魔法を勿論避けて瑠華達へ向かおうとしたが、『トルネードウェイブ』は意思があるように縦横無尽に動き、瞬く間にリトルシャークを全滅させてしまった。
その様子をぽかんとした顔で見ていたシンとサラを気にすることなく、一つ頷いた瑠華はダンジョンの入り口へと再び泳ぎだした。
それ以降は魔物は現れずに入り口へと辿り着き入ることが出来た。入り口から入って直ぐの場所は、小部屋のような空間の洞窟だった。
そこに足を踏み入れて近くに魔物の気配が無いのを確認して、シンとサラを離した。二人は地に座り大きく息を吐いた。それと同時にテトとリトがそれぞれの影から出てきた。
「大丈夫?二人共」
「なんとか……」
「うん、びっくりしたけど大丈夫です」
リトの問いに渇いた笑みで答えたシンは、周囲を警戒しつつなにかを考え込んでいる瑠華を見上げた。
下から見ると普段はほとんど見えない綺麗な瞳も見えるんだな、とどうでもいいことをぼんやり考えながら話しかける。
「ルカ様、さっきのはなんていう魔物ですか?」
「あれはリトルシャーク、鮫種でランクはD。ウィッティ・ウェイン海ではよく見かける魔物だよ」
「え?あれがランクDなんですか?海の魔物だからですか?」
「確かに海に限らず水の中に住む魔物は、陸に生きる魔物よりも危険度は高い。人間は水の中では極端に弱くなるし、対処法も限られてしまう。それを抜きにしても、あのリトルシャークは厄介なんだよね」
シンは分からない、という風に首を傾げた。
「リトルシャークは見た目は只のちょっと大きな魚で弱そうに見えるけれど、すばしっこいし強靭な顎と鋭い牙を持っている。不用意に近づいたら、あっという間に身体を食い尽くされてしまう」
「そうなんですか………」
「いいかい、シン。魔物を見た目で判断してはいけない。これは魔物だけのことではなく、人に対しても言えること。何事も見ただけで判断すれば、痛い目を見ることになる。人を無条件で信用しようとしてはいけない。優しく人好きのする笑顔で近づいてくる者が、全員優しい者であるとは限らない。心に黒い感情を持っていることだってある。
まぁ、これは極端な話だけれど、全てのことを初めから信じるのではなく常に疑うこと」
「…………」
瑠華の言葉を聞いて、シンは一度地面を見て、また瑠華を見上げた。サラはその横で兄を見つめていた。
「でもルカ様………」
「ん?」
「常に疑うって疲れませんか?」
その問いかけに、瑠華は思わず声に出して笑いそうになってしまった。実際には目を細めただけだが。
何故なら、同じことを勇者に言ったら、同じ問いかけが返ってきたからだ。
やはり似ている、と懐かしさが胸に過る。
「それはないね」
「そう、なんですね……」
「シン、難しく考えるな。魔物に対して注意を怠らなければそれでいい。人に対してのことは僕の考えなのだから、お前はお前の思う通りにしたらいい」
「はい………」
シンは考え込みながら返事をした。瑠華はそれに対してはなにも言わず、周囲を警戒しているテトの体を撫でながら心の中で呟く。
人を無条件で信じられるのは愚かなことだと思う反面、美徳でもあると思う。言い方を変えれば、裏切られた事がないってことだから。
別に馬鹿にしているわけではなく、純粋に羨ましいことだとは思う。そうありたい、と思うことはないけれど。
そして自分に出来ないことを出来る他人を羨むのは、酷く当たり前のことだろう。簡単に言えば嫉妬というもの。
嫉妬というのは醜いものでも悪いもの、だけではないと思う。他人に嫉妬することで、自らを鼓舞させることもあるのだから。
人を無条件で信じられることも、他人に嫉妬することも、そんな人間らしい当たり前な感情は僕にはない。
あの時、心が絶望に染まった時、そんな感情は消えてしまった。
もう一度感じたい、と思ったことは皆無だった。
読んで頂いてありがとうございました。




