77 ウィッティ・ウェイン海 その一
ウィッティ・ウェイン海。
サランヴィーネの街の眼前に広がる深い青色をした美しい海。
ヴェントゥーザの海は(当たり前だけれど)一つの海と定められており、“ウィッティ・オーシャン”と呼ばれている。
名の由来は創造神が八の柱、海と恐安を司る神シュリン・ウィッティからである。
ウィッティ・オーシャンは東西南北と中央に五つに分けられていて、ここ“地大陸”がある海は“ウィッティ・ウェイン”と呼ばれている。他の四つの海も頭に“ウィッティ”が付けられている。
そこそこどうでもいい豆知識ではあるけれど、“ウィッティ”の後ろに付いている“ウェイン”とは、この辺りの海を開拓した者の名である。他の四つの海の名も似たような由来だ。
ウィッティ・ウェイン海は比較的穏やかな海で、そこに生きる生物も多種に渡る。勿論人を襲う魔物も存在するが、強力或いは厄介な種はほぼ存在していない上に、ほとんどの魔物がきちんと処理すれば食べられるものばかりである。人が食すことの出来る魚介類も多い為、此処で採れる資源はルッシャート王国にとって大事な国の富であり、資金源である。
海が荒れることも稀である為、“海の航路としても理想的な海である”、というのは船乗り達の台詞だ。
サランヴィーネには海にも陸にも魔物が存在しているので、当然だが冒険者ギルドがあり冒険者がいる。
だが先に説明した通り、海の魔物は弱いとは言わないが強くもない。サランヴィーネの港街の周りの魔物も、比較的レベルは低い方だ。
唯一レベルが高い魔物がいるのはヴァルザ火山であるが、あそこは国と冒険者ギルドが定めたランクの者しか入れない、ということになっているし、諸々の事情で冒険者が活動しにくい場所であったりする。
故に、サランヴィーネの港街を拠点としている冒険者は、総じてレベルもランクも高くない。良くてCランクが数人いる程度であった。
Cランクになると冒険者自身としても、自らの実力に対してある程度自信がつく者達が多い為、ルッシャート王国の王都や海を渡り別大陸へと向かう選択をする者が多い。
そんな理由がある為、この街の冒険者は領主軍に比べると、若干見劣りしてしまう。
今回の異常事態にはサランヴィーネの領主、リステル・ディンダリンは頭を抱えていた。
海の魔物による被害が、徐々に、徐々に増えていた。
海の魔物に対して、対処出来ないことが増えていった。
サランヴィーネから出発する船も、サランヴィーネへと入ってくる、帰ってくる船も、無傷ではいられなくなった。
このままでは、この街は、大変なことになる。
リステル・ディンダリンはなんとかこの状況を打破しようと、冒険者ギルドと協力し合った。
けれど魔物が凶暴化している為、現存している騎士や兵士、冒険者では歯が立たない者が多かった。死傷者は増えていくばかり。
魔物は海を通る船を片っ端から襲っているので、商船が襲われ荷が駄目になることが多く取引にも支障をきたしている。
魔物はいくら屠っても、何処からともなく次々と現れる。
何故魔物が凶暴化したのか。
ある推測の元に調査させたが、決定的となる“それ”は見付けられなかった。
時間ばかりが無情にも流れていった。
そんな状況が数ヵ月続き、リステル・ディンダリンはこの状況を打破すべく、国王に救援を求める為に首都へと自ら馬を駆けた。
この時、街道に鎮座してた巨大亀はまだ現れていなかった。
というのが今のサランヴィーネの現状であったが、瑠華はそんな詳しいことなど勿論知ってはいなかった。尤も、知っていたところでなにがどうなることでもなかったりする。
街道に居座っていた巨大な亀は詫びという意味合いで討伐したし、出現したダンジョンを消滅させれば、以前のような穏やかで美しい海に時が経てば自然と戻るだろうから。
前日の街の中の人の多さに辟易した瑠華は、街の人達が動き出す前にダンジョンへ向かうことにした。まだ太陽も昇らぬ時間に起きて支度をし、宿屋を出た。
宿屋については、昨日の内に十日間の延長を頼んでおいた。どのくらいの期間ダンジョンに潜っているのか分からないのだから、一泊だけでそのまま出ても良かったのだが、ダンジョンから戻ってきた時にまた探すのは面倒だし、その時には無い可能性の方が高いだろうからこのままこの部屋を取っておいた方が確実だろう、との瑠華の判断である。
瑠華はお金は使ってなんぼだと思っている。馬鹿みたいな貴族のように湯水のように遊んで暮らしたいとか、無駄にしかならない買い物をしたりとか、そんなことは一度たりとも思ったことはないが、必要だと思ったなら惜しむことは決してない。なにせアイテムボックスには人生を2、3回は豪遊して暮らせるお金があるのだから、惜しむ方がどうかしている。
それに使った方が軽く(気分的に)なって良い。
だったら教会や孤児院に寄付でもすればいい、という声が上がるだろうが、そんな考えは瑠華の頭には浮かばない。
尤も、間接的であればそんなこともあったりするのだが。
宿屋の件についてはシンとサラは難色を示した。家が商家だったせいか、二人はこういう無駄遣い的なことはあまり許容できないらしい。自分達のお金ではないにしろ。
ただ瑠華の判断は現実を見て仕方ないと思ったようで、直接瑠華にはなにも言わなかった。小声でなにかをブツブツと呟いていたけれど。
通りに人がいなく自重しなくても良かったので、瑠華はシンとサラを両脇に抱え屋根づたいに跳んで駆けていった。
二人にとって二度目の経験だがやはり慣れることはないらしく、瑠華が駆けている間ずっときつく目を瞑り両手で顔を覆っていた。
宿屋からあっという間に(シンとサラには長かった時間)、港へと辿り着いた。瑠華は二人を静かに下ろし、海に近づく。シンとサラは下ろされた場所で座り込んで暫し精神の安定を行っていた。
三人が降り立った場所は、昨日瑠華がマリアを迎えた周りから死角になっているところ。
流石港街だけあって、朝早いにも関わらずもうそれなりの人が働いていた。その人達に見られぬようにと、ここを選んだ。
瑠華は方膝をつき、じっと見つめ海の中の気配を探る。港付近には生き物の気配は無かったが、沖の方にはマリアの情報通り、海の魔物がかなり活発に動いているようで気配は多い。逆に普通の海の生物の気配は少なかった。どうやら生存競争に負けているらしい。当然といえば当然ではあるけれど。
「ルカ様、これからどうするんですか?」
漸く落ち着いたらしいシンが瑠華に近づき問いかける。サラもその後ろに立っていた。
「………二人共泳ぎは出来る?」
瑠華が立ち上がってシンへと向き直り小首を傾げて問われた問いに、シンはきょとんとした顔で同じく首を傾げた。
「え?一応泳げますが…………え?」
「でもあまり得意では…………まさか……」
瑠華の質問の意味を理解してしまったシンとサラは、顔を引きつらせた。そんな二人をにっこり笑顔で見る瑠華を見て、回れ右をしてしまいそうになり、それをいち早く察した瑠華に首根っこを掴まれた。
「ほら、何事も経験だから」
「いや、いやいやいや、無理だと思います!」
「大丈夫だよ。骨は拾ってあげるから」
「それのどこが大丈夫なんですか⁉」
「たぶん」
「たぶんて⁉」
なんとか止めようと抗議するシンと固まったままのサラを両脇に抱えて、瑠華は海へと一歩を踏み出す。
「マリア・ツェーレ、お願いね」
「任せなさい!」
マリアの魔力に包まれるのを感じながら、瑠華達は一塊になって海に身を投じた。
読んで頂いてありがとうございました!
いつも読んで頂いている読者様、本当にありがとうございます。
申し訳ないお知らせですが、一二月から投稿が遅れることがあると思います。なるべく今まで通りにしたいと思いますが、遅れてしまうと思うので先にお知らせ致します。
これからも拙い小説ですが、よろしくお願い致します。




