75 サランヴィーネの港街 その七
「予想していたとはいえ、嫌だなぁ……」
「仕方ないではないか。そこに出来てしまったのだから」
「それはそうなんですけど~」
ため息と共にぼやかれた呟きに、テトが容赦ない現実を告げる。そしてまた一つ、瑠華はため息を吐いた。
海から帰ったマリアを迎え、いつも通りの定位置であるフードの中へと入ったのを確認して、瑠華は行きと同じように気配を消して港を後にした。
月と星の光に照らされた街を駆けながら、これからの事を考える。
と言っても、瑠華がやることはなにも変わらない。
ダンジョンを調査、消滅させること。
これは創造神セラフィミリムからの頼まれ事だから、これを違えることはない。
瑠華が考えるのはシンとサラのことだ。
海の底にダンジョンの入り口が出来ているということは、そこまで潜って行かなければならないということ。ダンジョンが出来た影響で魔物が凶暴化している海の中へ。
手間を考えると、ヴァルザ火山の時のように一度入ったら“核”がある部屋に行くまで、街に戻るつもりはない。今のこの街には、戻る意味などあるはずもない。
セラフィミリムの話では、サランヴィーネのダンジョンもSランクになっているということだったから、シンはともかくとしてサラを連れていくのは避けようと思っていた。
いくら二人にはそれぞれ守りとなる従魔を付けているとはいえ、Sランクダンジョンは少々無謀なような気がするからだ。
いや、シンについてはヴァルザ火山のことがあるし今更だろう、とは思うが、それでも出来れば連れていくのは避けたかった。
まぁ、あくまで“出来れば”だったが。
けれど、その考えはこの街の現状を見て変わった。
今のこの街に従魔付きとはいえ、サラ、或いは二人だけを残すのはもっと危険だろうと感じるからだ。どんなことになるか想像に容易い。
故に連れていくしかないわけだが、よりにもよってダンジョンの入り口が海の底にあるとか、勘弁して欲しい。
方法はある。色々とね。
はてさて、なにが一番面倒くさくないのか。
ふんむ…………。
と、ここまで考えて宿屋に着いた。シンはしっかりと言い付けを守っていたようで、窓は閉じられていてちゃんと鍵が掛かっていた。宿屋の向かいの屋根から暫し部屋を見つめていると、ムツキが小っちゃな前足で器用に鍵を開け窓を解き放った。
寝ているシンとサラを起こさぬよう、静かに窓に降り立ち窓枠にお座りしていたムツキの体を撫でてお礼をする。
「ありがとう、ただいま、ムツキ」
「きゅう」
嬉しそうに鳴きながら瑠華の肩に跳び乗ったムツキを撫でつつ、使われていないベッドで寝そべっていたテトとリトの隣のベッドに座る。
「おかえりなさい、主、マリア。どうだったの?」
「ただいま、テト、リト。嫌な推測通り、ダンジョンの入り口は海の底にあったそうだよ」
「ほう、それはまた随分珍しいところに出来たものだな」
「本当に、なんて面倒くさいとこに出現しやがったんだろうね。ここのダンジョンも消滅確定だよ」
海の中のダンジョンなど、在っても仕方ないだろう。
まぁ、最初から調査ではなく破壊目的で行くなら、気持ち的にも楽でいいのだけれど。
「素朴な疑問だけど、海の底のダンジョンって初めてなのかしら?」
リトが不思議そうに呟いた。
「どうだろう?もしかしたら初めてかもしれないね。リスニー・ラモンティックの書にも書かれていなかったと思うし」
「そうね。海の底のダンジョンなんて珍しいから、発見されていたら資料に残されているものね」
確かにね。
そうすると、世紀の大発見!とかになるのかな?
「で、主よ。シン達は連れていくのだろう?」
「そのつもりだよ。この街に置いていったら不安だからね。危険なダンジョンでも、側にいた方が安心できる」
「ま、そうだろうな」
テト達に取り敢えずの話を伝えて、瑠華は寝仕度を整えて寝ることにした。
ベッドの脇の机に眼鏡を置き、夜の祈りを捧げてから暖かい存在を抱き締めて眠りに落ちていった。
翌朝、宿屋の裏庭で習慣である鍛練を終わらせてから部屋へと戻った。裏庭では昨日と変わらない光景があった。海の方はともかく、街道の魔物は討伐したのだから街の人数も減ってもいいのになぁ、と思ったりもしたが、まだ討伐してから然程の時間が経っていなかったな、と自己解決した。
だって報告すらしてないしね。
昨日シン達が冒険者ギルドで登録した時、ついでに街道の魔物を討伐したことを報告しようと思ってはいた。
けれどあの雰囲気の中そんな話をしたら、なにを言われるか分からない。あの場にいた冒険者達に、下らない絡まれ方をされるのも目に見えていた。
故に言わなかったわけだが、報告は絶対にしなければならない、とは思っている。無用な問題が起こらぬよう、冒険者達がいない時間帯に行くしかない。
まぁ、ダンジョンを消滅させた後にだけど。
部屋に戻った瑠華は、起きていたシン達と食事を済ませ、これからの予定について話をすることにした。
「さてシン、サラ。これからの事について話をしよう」
「「はい」」
「僕の目的はサランヴィーネに出現したダンジョンを破壊すること」
「………え?」
「ヴァルザ火山の時と同じということですね?」
サラは純粋な驚愕を示し、シンはヴァルザ火山で一度経験しているので理解も早かった。
これからするべき事を心得ているようである。
「ダンジョンが何処にあるか分かるんですか?確かこの辺りにはないはずですが」
「おや、よく知っているね。シンも実際に見ているように、街には人が溢れている。それは街道の魔物のせいだけではなく、海にも問題が起こっているからだ」
「昨日見た魔物に襲われていた商船も、その影響なんですね?」
「そういうこと。海の魔物が凶暴化しているらしいんだけど、それは海の底にダンジョンが出来てしまった影響だね」
「「………え?」」
今度はシンとサラ、二人共綺麗に揃って驚愕した。
本当に双子みたいだ………。
「う、海の底のダンジョン⁉そんなことあり得るんですか⁉」
「海の底だって地面だからね。不思議ではないよ。資料で見たことも聞いたことも無いけれど、実際にあるのだから仕方ない」
「ビックリです………」
シンが本当に驚いて呟いた時、驚愕で固まっていたサラが漸く気づいたようだ。
「もう!二人だけで話をしないで、私にも分かるように説明して下さい!」
どうやら、自分だけ分からずに置いてけぼりにされたことを怒っているらしい。
「大丈夫。ちゃんとサラにも分かるように説明するから。それからお前達のことを話さなければならないからね」
シンとサラは、またしても双子のように首を傾げて、その動作をみて瑠華は面白そうに笑った。
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