64 暗躍(後始末の丸投げ)
前半は第三者視点、後半は瑠華視点です。
私はコッシュトーの街を出て、マレッティの街を目指して馬を走らせていく。私の後方には、五十余名の我が領の騎士達が続く。
これ以上あやつめの蛮行を許さぬが為に、私は行かなくてはならない。
トリロ伯爵が盗賊と通じているのではないか、という噂は以前よりあった。だが真偽の証拠は得られず、捕縛まで至らなかった。
しかし、王都で出逢ったマレッティの街から流れてきた者達の話を聞き、私は決断した。
トリロ伯爵の元に赴き、なんとしてでも証拠を見つけ、あやつを捕らえねばならぬ、と。
後数刻程でマレッティの街が見えてくるという時、突然ひゅんっと風切り音が聞こえ、私の数メル手前の地面に矢が射られた。突然のことに馬が驚いて嘶き、振り落とされそうになる。
私は声をかけて愛馬を落ち着かせてから後ろを確認すると、多少興奮する馬達はいたが騎士達は冷静に周囲を警戒していた。
私も矢が射られたと思われる左側に広がる森に視線を向ける。
それを待っていたかのように、今度は二本の矢が先程の矢と同じ場所に射られた。
私が信を置く副官が、騎士数名と共に森に入るのを見守りつつ射られた矢を見ると、一本の矢に大きな袋がくくりつけられていた。
騎士が警戒しながら袋を矢から外し中身を確認する、どうやら紙の束が入っているらしかった。紙の束を見た騎士は、危険がないと判断したようで私へ差し出した。
それを受け取って内容を見た私は驚愕した。
その紙には、トリロ伯爵が今まで行ってきた事が書かれていた。奴隷商との違法な取引と横流し、悪事を働き捕縛された部下の罪の揉み消し、盗賊との取引など、これがあれば確実にトリロ伯爵を失脚させられる証拠ばかりが書かれていた。
私は何度も見直したが、そこに書かれていることは間違いないだろう。トリロ伯爵の印が押されているのがなによりの証。
これが全て偽りかもしれない可能性は決して無いとは言いきれないが、それでもトリロ伯爵を追求するには十分だ。
紙の束を無くさぬよう懐にしまい、私は矢が放たれた森を見つめる。すると丁度森を調査しに行っていた騎士達が戻ってきた。
彼等に報告を聞くと、矢を放ったと思われる人物はいなかった。ましてや、誰かが居たという手掛かりも見つけなれなかったそうだ。
誰がこんなことをしたのか皆目見当もつかぬが、ここはその者の思惑に乗せられよう。
時間もないことだ。
当初の目的通り、先ずはトリロ伯爵を捕縛し、国王陛下の御前に跪かせる。その場で真偽の方を確かめるのだ。
一つの疑問は頭の片隅にやって、再び私は部下と共に馬を走らせた。
森の入り口付近では、数名の騎士がなにかを探すように辺りを注意深く見回していた。だがなにも見つけることは出来なかったようで、踵を返し森の外へと歩いていった。
その様子を、少し離れた大木の上から気配を消し、方膝を立てた格好で瑠華が無表情で見つめていた。
当然と言えば当然のことだが、矢を放ったのは彼である。
瑠華は騎士達の気配がマレッティの街へと遠ざかるのを確認して立ち上がり、木の枝から枝へ跳び駆け、シン達が待つ場所に向かった。
草木に身を隠すように座り込んでいるシン達の近くに、瑠華は静かに降り立ち歩み寄る。
瑠華の姿を認めたシンが、ほっとしたように息を吐いて立ち上がって出迎えた。
「おかえりなさい、ルカ様」
「うん、ただいま」
「大丈夫だったか?」
「大丈夫だよ、テト。接触したわけではないからね」
少し前、シンとサラの両親への挨拶を終えコッシュトーの街への街道に戻ると、向かう先から多数の気配を感じた。
また盗賊だと面倒だったので、再び道を逸れて森に身を隠した。そして息を潜めて見守っていると、現れたのは騎士達であった。
瑠華は騎士達の先頭を駆ける女性を見た時、良いことを思い付いた。それでシン達をその場に待たせて森を駆け、彼等の先回りをして矢を放ったのだ。彼等がこれから行うであろうことを予測し、やりやすくさせる為に。
そう、所謂丸投げである。押し付けたとも言う。
騎士達の先頭を駆けていた女性は、サランヴィーネの領主だった。
領主である彼女が、サランヴィーネを離れてこんな所を騎士を連れて走っているのは間違いなくトリロ伯爵の元へ向かう為だろう。
生真面目な性格の彼女なら、トリロ伯爵のことを見過ごせなかったのだと思うから。
これは好都合、とばかりに瑠華は彼女に押しつ………任せることにした。自分達がなにかをするより、この王国で立場ある彼女の方が問題ないだろう。
「これでトリロ伯爵のことは彼女に任せられる。シン達もこれでいいよね?」
「はい。あの人なら信頼出来るって父さんから聞いたことありますから」
シンとサラも安心したように頷いていた。
この時、瑠華の頭にはちらりと小さな疑問が過ったが、それは頭の片隅に置いておいた。
それから街道に戻り、瑠華はテトに、シンとサラはリトに跨がりコッシュトーの街へと向かった。
予想外のことがあったが、マレッティの街を早朝に出たのでコッシュトーの街には昼の鐘から少し経った頃に着くことが出来た。
ここでシンがあることに気づいた。
「ルカ様、サラなんですが………」
「ああ、そういえばサラは身分証を持っていないんだな」
「………はい」
ルッシャート王国に限らず、どの国でも奴隷には“個人”としての権利が認められていない。奴隷はあくまでも主人の“所有物”だからだ。
奴隷の価値観は国によって異なるが、その部分だけは世界共通と言ってもいいだろう。
サラはほんの昨日までトリロ伯爵の奴隷だった。所有権はトリロ伯爵にあり、サラは身分を保証できるものなど持っているわけがないのだった。
けれど街に入れないということではなく、出入りの際に通行料を支払えばいいだけだ。入る時だけではなく、出る時にも支払わなければならないのが面倒だけれど。
「まぁ、いいさ。コッシュトーの街では通行料を支払おう。身分証はサランヴィーネで作ろう」
「すみません……ありがとうございます」
門の左右に立っている兵士に瑠華とシンは身分証を、サラは瑠華が通行料の銀貨五枚を支払い、仮の身分証を貰って門を潜った。
シンとサラは挨拶をしたい人がいるというので、門の所で別れることになった。
読んで頂いてありがとうございました。




