61 仲間として
少し経ち、座っていた状態から、後ろで寝そべっているテトの体に頭を預けるように横になった瑠華は、目を閉じたまま考え事をしていた。
「………なにを考えている?」
唐突にテトが言葉を放つ。
瑠華は目を閉じたまま、微笑を浮かべる。
「いや、シンはよく見ているなって」
「ああ……だが、主も迂闊すぎると思うがな」
迂闊というか、気を抜いていたというか、知らずのうちにシンに随分と気を許していたようである。
「………似てるんだよね、シンって」
「勇者にか?」
「ふふ、やっぱりテトも思ったの?雰囲気といい、突っ込みといい、一緒にいて楽しかったよ」
「その割には興味は持たなかったのね。勇者と似ているというのに」
「………似ている“だけ”だからね。似ているだけでは駄目なんだよ」
そう、似ているだけ。
あの子ではない。
僕の“唯一無二の勇者”ではないから。
「そうか………そういえばトリロ伯爵の所で、証拠は見つかったのか?」
「詳しく目を通していないから分からないけれど、だぶんね」
言いながら瑠華は、アイテムボックスから書類の束を取り出し見調べる。トリロ伯爵の館の金庫から、失敬してきたものである。
「……う~ん……あの男、結構いろいろやってたんだなぁ……盗賊との取引状に、奴隷商への横流しと見返りの奴隷……」
「悪徳貴族というやつね。それをどうするの?」
「ルッシャート国王に届けようかなって思ってたんだけれど、サランヴィーネの領主に渡そうと思う。彼女なら直ぐに動いてくれるだろうし」
「ああ、確かに、あの女領主ならやってくれるだろう」
【カイン】の時、サランヴィーネの港街の領主とは縁があって知り合い、近くに来たら顔を見せに行くくらいには親しくしていた。
「だが、どうやって渡すのだ?」
「領主館の彼女の机に、然り気無く置いておく」
「………流石に怪しすぎでは……」
「大丈夫だよ。生真面目過ぎる彼女なら、証拠の真偽を確かめるくらいはしてくれるよ………一番懸念しているのは、国王の方かな」
今もトリロが伯爵でいることが、不思議で仕方ないからね。
「でもそれは前にも言ったけれど、僕達には口出しできることではないからね。サランヴィーネの領主に丸投げしよう」
「………もう少し言い方を考えなさい」
テトとリトが深いため息を吐いた。
瑠華は書類の束をアイテムボックスにしまって、再び目を閉じる。
「………主よ、シンとサラは、正式に仲間と見ていいんだな?」
「ああ、これからは“仲間”として一緒に旅をする……ふむ、サラにも装備をやらなければいけないかな。弓が出来るって言っていたけれど、魔法の方はどのくらいなんだろうね」
「魔力は強いと思うわね。後は守りを付けた方がいいんじゃないかしら?ダンジョンなどに連れていくなら、私だけではいざという時不安だわ」
確かにそうだ。
この世界ではなにが起こるか分からないから、用心に越したことはない。
しかも、サラは女の子だ。男とは違う危険もある。
「誰がいいかな………ネタロウくんにしようかな」
「ネタロウ、か」
「ネタロウね。いいんじゃないの?あの子は守りにはぴったりよね」
別にふざけている訳ではなく、そういう名の従魔がいる。見た目と性質を元に付けた名であるけれど、付けた時は他の従魔達からちょっと責められてしまった。
名を付けられた従魔は全く気にしていなかったので、この名で決定となった。
「装備は〔自然と共に〕〔精霊の恵み〕〔風になる〕で固めるか。弓は初めは鉄の弓でいいとして、服はサランヴィーネの港街で買おう」
流石に、女の子の服の持ち合わせはそれほどない。
全くではないところは突っ込まないでほしい。
「………過保護だ」
「………過保護ね」
「えっ、そう?」
サラに渡す装備の名を聞いたテトとリトが、呆れた声を出した。守りを重視した装備であるからだろうか。
〔自然と共に〕‥‥装備者の存在を曖昧にする。
森の精霊石、碧晶石を使って造られたフード付きのポンチョのような形をした上着。
森属性魔法『フォレストウォール』(術者の気配を消す)と同じ効果を持つマジックアイテムで、周りから認識されにくくなる。人間や普通の動物、魔物、精霊や幻獣に対して効果が及ぶ。
ただし、完全に隠れられる訳ではない。あくまで認識されにくくなるだけである。装備者が相手に認識されるような行動を取ったり、最初からそこにいると認識されていた場合は効果はない。
感知タイプの者にも、効果は薄い。
〔精霊の恵み〕‥‥魔法に補正がかかる。魔法威力向上中。
これは説明そのままの白い腕輪である。
〔風になる〕‥‥足が速くなる。
風の魔石が付いた赤色のブーツ。
説明はざっくりしているが、効果はばっちりで馬と並走できるくらいには速く走ることが出来る。
ただし慣れが必要。
これ等の装備はほぼ使ったことがないから、サラに渡しても問題ないだろう。従魔であるネタロウくんも人嫌いではないから、過剰な接触をしなければしっかり守りの役目を果たしてくれるだろう。
テトとリトの言葉通り少し過保護かもしれないが、まぁ、よしとしよう。
「……さて、そろそろ寝るよ」
「うむ、そうだな。さっさと寝ろ」
「おやすみなさい」
横になったまま、夜の祈りを捧げる。神父様に見られたら、一時間は説教をされそうな格好であるが、気にしない。
寒くないように、と自分の身体に沿うようにぴったりと寄り添うように移動したリトの体を撫でながら、瑠華は眠りへと落ちていった。
太陽が上り始める前、空がまだ薄暗い時間。
「おはようございます」
「………おはようございます」
「……ふぅ、おはよう」
狭い倉庫内で出来る訓練を瑠華がしていたら、シンとサラがマジックテントから出てきた。瑠華は訓練を切り上げ、身支度を整える。
「よく眠れた?」
「うん、大丈夫だよ。リト」
「……大丈夫、です……」
「ふふ、サラは朝が弱いのかしら」
しっかりと身支度は整っているのに、サラは寝ぼけ眼でボーとしていた。それをシンが横から支えている。
「………朝はどうにも、だめなんれふ……」
「なんというか、すみません」
「ふふふ」
シン、サラ、リトの会話を聞きつつ身支度を整えた瑠華は、大きな布を取り出して床に敷き、その上に十分な量の料理を取り出す。そうしてからマジックテントをしまって、布の上に座った。
「さて、食事を済まそう。早く街を出たいからね」
「はい、分かりました」
全員でしっかりと食事をして、後片付けをする。瑠華は昨日考えていた装備をアイテムボックスから取り出し、サラへと渡す。
「サラ、これを君に」
「えっ、これは?装備ですか?」
「そ。服はサランヴィーネで買うから、取り敢えずはそれで我慢してね」
サラは、トリロ伯爵の館でシンに渡した白いワンピースを着ていた。どうして瑠華がそんなものを持っていたのかについては、答えは簡単である。《紫紺の太陽》のメンバーの服を買って預かって、そのままになっただけである。
瑠華が差し出した装備を両手で受け取った格好のまま、サラは困った顔で立っていた。
瑠華は気にした風もなく、後ろに下ろしていたもっこりと膨らんだフードの中に手を伸ばし、中の者を摘まみ上げる。
「それと、この子を君の守りにつける」
瑠華がフードから掴んで取り出したのは、ころり丸っとした薄い桃色の兎であった。
ネタロウ=アット
ランクB フォルウサリー 女の子
薄い桃色一色の毛を持つ兎種。魔物であるが、性格は穏やかで人を襲わない。精霊が支配する深い森の奥深くに住んでいるので、あまり知られていない魔物でもある。
ほとんど動かずに同じ場所でじっとしており(ほぼ寝ているらしい)、食事は十数日に一度で、大量の植物を食べてまた眠るというのを繰り返している。
危機感知能力が非常に高く、三シメル圏内の敵の気配を常に感知しており、自らが捕食の対象にされたならば高速で逃げる俊敏性を持つ。従魔として契約した場合は、鳴いて危険を知らせてくれる。
森属性と無属性の結界を扱える。
「〔自然と共に〕のフードに入れて、絶対に離れないように」
「は、はい。分かりました」
頷いたサラが着替えるのを待つ間に、シンとこれからについて話をしておく。
「シン、ここにはいつ帰ってこれるか分からないから、ご両親に挨拶をしておいた方がいい。お墓は何処に?」
「そう、ですね。墓は街の裏にありますが、両親が死んだ場所に行きたいです。コッシュトーの街への道から少し外れますが、いいですか?」
「ああ、それは構わないよ。他にはなにかある?」
「後一つだけ、コッシュトーの街で逢いたい人がいます」
了解、と瑠華は頷く。
準備が整ったサラと横に立つシンと向かい合わせに瑠華は立ち、改めて確認をする。
「では、これから出発するわけだけれど、改めて二人に問う。本当にいいんだね?僕と一緒に旅に出て」
「はい、よろしくお願いいたします!」
「よろしくお願いします!」
「よし。今日から僕達は仲間だよ。よろしくね」
三人で頭を下げる。
「というわけだから、僕もお前達への“全て”を変えるからね」
「………全て?」
「………具体的には?」
「全部だよ。まぁ、それはおいおいに、ね」
瑠華のにっこり笑顔を見て、何故か青ざめて引きつった笑みを浮かべるシンとサラ。
「ふふふ、では出発しよう」
一人だけ楽しそうな笑い声が、狭い倉庫に響いていた。
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