60 これから
シンとサラを交互に見つめ、問いかける。
「理由を聞いても?」
「………俺達には、もう他になにもありません。“俺達”しかないんです。そしてこの街には、もう居られません」
「どうして?ここは君達が生まれ育った街だろう?」
シンの言葉の理由は想像できるし気持ちも理解できるけれど、二人の口から二人の言葉で“決意”と“覚悟”が聞きたい。
二人の心を知らなければならない。
「………トリロ伯爵に逆らった俺達には、この街に居場所はありません。それに………」
「それに?」
「………私がどうしても許せないんです。この街の人達が」
口をつぐんでしまったシンの言葉を引き継ぎ、サラが口を開く。
「……街が廃れ始めて人がどんどん出ていって、残った皆で頑張ろうって支えあってきたのに。あんな噂程度でお兄ちゃんを悪く言って、勝手に失望して………もう、あの人達と一緒にはいたくありません」
サラが深い悲しみと嫌悪で顔を歪ませ下を向く。そんなサラの頭を、シンは優しく撫でる。
「ご両親のことはいいの?」
「はい。父さんと母さんは俺達に、いつか世界を見に行けっていつも言ってました。自分の世界を拡げろって。
両親は若い頃、冒険者として世界を旅していたらしいんです。だから俺達にも、この世界を旅して見てほしかったんだと思います」
「へぇ」
「それにこんなにも迷惑かけて、お世話になったルカさんになにも恩返ししないまま別れたら、俺達が両親に叱られます」
それは別に気にしなくてもいいんだけど、と瑠華はそう思ったが、二人の想いを鑑みて口には出さなかった。
「シンは一緒に行ったから気づいていると思うけれど、僕は今とある人からとても重要で大事な頼みを受けて動いている。これから先もヴァルザ火山のような危険な場所に行くことになるから、死を感じる瞬間があるだろう。
正直、戦いに慣れていない者がいれば足手まといにしかならない場面も多いと思う。僕も従魔達も、いつも守ってあげることは出来ないだろう。
それでも、僕の旅についてくる?」
瑠華は二人の心意を謀るように、言葉を紡ぐ。
シンは瑠華の言葉に、力強く頷く。
「はい。正直に言えば怖い気持ちが強いのですが、俺は世界が見たいです。両親の願いでもありますし。戦いについては、これから修行してせめて自分とサラの身は守れるようにします」
「私もです。これでも四歳の頃から弓を嗜んでおりました。独自の訓練になりますので腕にはあまり自信がありませんが、少しなら魔法も扱えますので後方支援なら出来るかと」
おや?妹の方が兄より逞しい?
「………なんですか、その生温かい目は……」
「いや、別に?」
頑張りなさいな、お兄ちゃん。
「そうか。そこまでの覚悟があるのなら、僕には止める理由はないね。従魔達だけの旅も楽しいけれど、仲間との旅も楽しいからね」
瑠華の頭には《紫紺の太陽》のメンバーや、勇者一行の顔が浮かんでいた。彼等との旅は今も心に刻まれている。
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうございます!……………これでやっと“あの時”の恩が返せる…………」
「ん?」
シンが呟くように小さく言った言葉の意味が分からず、瑠華が小首を傾げて聞き返す。
シンは気付いて、慌てて両手を振る。
「い、いえ、なんでもありません!気にしないで下さい!それより!ルカさんに聞きたいことがあります!」
「気にするなって言われると、気になるのが人間の性なのに。仕方ないから流してやる。で、なに?」
「ルカさんってジルトニア皇国の人ですよね?もっと言うなら貴族ですよね?」
「ほう、何故そう思ったんだ?」
瑠華が答える前に、テトが首を上げてシンに尋ねる。どうやら興味を引かれたようだ。
「トリロ伯爵との会話の中で、ジルトニア皇国の皇帝を“皇帝陛下”って言ってました。そう呼ぶのは、皇国の者だけだと思いますから」
「ああ!確かに!」
今度はリトが声を上げる。
確かに他国の民は“皇帝陛下”とは呼ばず、“ジルトニアの皇帝”と呼ぶだろう。
“陛下”と敬称を付けるのは、自分が住む国を治める人物に対してのみだから。
言われてみれば成る程、と納得してしまう。
「そういえば言っていたな。主は」
「別に隠しているわけでもなし。でも貴族っていうのは?普通の平民かもよ?」
「主が“普通”だと、本当に普通の平民が可哀想だわ」
「「うんうん」」
前にもあったな、こんな会話。
「貴族だって思ったのは、ジルトニアの皇帝と親しそうな感じがしたからです。“エヴァン様”って名前で呼ぶような間柄のようなので」
「……そう呼んでいた?僕」
「はい、しっかりと」
うん、それは戴けないね?
「これからは気をつける」
「そうしてくれ」
瑠華は呆れたような咎めるような視線を向けてきた従魔達を一瞥し、神妙に告げる。言い訳などせず素直に謝った方が賢明だ、という判断をした為である。
「それにルカさんて、上品ですよね?」
「「「「上品‼⁉」」」」
「……いや、なんでルカさんまで驚くんですか?」
そりゃ驚くよ‼
「いやいや、いやいやいや、僕を基準にしないでくれよ、シン!ジルトニア皇国の貴族はもっと洗練されていて、良い意味で、貴族らしい貴族ばかりだから。
僕なんて全然だから」
「そうだぞ、シン。主は特大の化け猫を被っているから良く見えるのかもしれないが、中身はだめだめだぞ?」
「そうよ、シン。主の中身はちょっとアレなんだから、“これ”がジルトニア皇国の貴族の基本だなんて思っては駄目よ?」
………言い過ぎじゃね?それにちょっとアレってなに?
「ジルトニア皇国の貴族って、色んな意味で“美しい”って有名ですよね」
それまで黙って話を聞いていたサラが、口を挟む。シンも隣で、うんうんと頷いている。
「まぁ、それは否定しないが………」
「………分かりました。ルカさん達がそこまで言うなら」
と、シンは若干引きながら無理矢理納得した。
「………実は俺、ずっと英雄様にお逢いしたかったんです」
唐突に、シンがじっとなにかを秘めた瞳で瑠華を見つめて呟く。
この時、瑠華は理解した。
――あっ、こいつ気付いているな、と。
「英雄様……カイン様の色々な噂を聞く度に、心が踊りました。嘘みたいな話や想像も出来ないような話が多かったけれど、話を聞くのが楽しみでした。
異世界の勇者様が召喚されて、カイン様が仲間に選ばれたって聞いた時も、当然だなって思って。
お二人がルッシャート王国に来ていた時、俺は父について船で別大陸に行っていたので、お逢い出来なかった時は本気で落ち込みました。父も深酒するくらい悔しがっていましたし。
だから、カイン様が亡くなったと聞いた時は、本当に悲しかったです」
瑠華はシンの話を静かに聞いていて、他の者も口を挟まなかった。サラは不思議そうに兄を見ていた。
「もうお逢い出来ないんだって思ったら、涙が出ました。本当に悲しかったんです。
ところで知ってますか?カイン様も複数の従魔達を従えていたらしいんです。白い狼や黒いドラゴンまでいたらしいですよ」
何故か楽しそうな面白そうな笑顔で見つめるシンに、瑠華は勇者や仲間達が“うっさんくさい!”と評したにっこり笑顔で答える。
頭の中ではどうしようか、と思考を巡らしながら。
シンとサラになら言ってもいいと思うけれど、先に勇者達に話すのが筋だと思うから。ここはあれしかない………。
「…………へぇ、そうなんだ。偶然だね~」
秘技、“しらばっくれる”を発動します。
「………その上、勇者様でさえ、その域に届かない程の剣の腕を持っていたみたいなんです。ルカさんの剣も凄まじいですよね?」
「え~、そんなことないよ?僕なんてまだまだだよ」
「………」
シンがじと目で瑠華を見るが、瑠華は笑顔を崩さないまま、へらへらと笑っている。
「なにをしているんだ………」
「……ふぅ、分かりました。いつか話して頂けるまで待ちます」
「そうだね。いつか、ね」
不毛な会話は、テトの呆れた一言で終わりを迎える。
「さてと、食事も終わったし、そろそろ休もうか。明日はなるべく早くこの街を出るから」
瑠華の言葉に全員が返事をする。それを確認して、瑠華は立ち上がり奥の壁際に、アイテムボックスからマジックテントを取り出し設置する。
「わぁ、マジックテントだぁ……初めて見た」
片付けを済ませたサラが、マジックテントを見て感嘆の声を上げる。
「中のベッドは、シンとサラが使うといい」
「えっ?いいですよ。俺が床で寝ます」
「気にしなくていいよ。僕には癒しのもふもふがいるからね」
瑠華はシンとサラの背中を押してテントに押し込む。
「じゃあ、おやすみ。しっかり休むんだよ」
「「お、おやすみなさい」」
有無を言わさぬにっこり笑顔で挨拶をする瑠華に、シンとサラは戸惑いつつもテントの中に入っていった。
それを見届けて、ふぅ、と小さく息を吐き、瑠華はテントの横に座り囲むようにテトとリトが寝そべる。マリアとムツキはリトの体の上で丸くなった。
もう一度、今度は深く深呼吸をするように大きく息を吐き、瑠華は夜の祈りを捧げてから目を閉じた。
その場には静かな呼吸音だけが、響いていた。
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