57 見限られた街 その二
「………アイズコレクター?」
シンが、意味が分からない、という風に呟く。
瑠華はトリロ伯爵を嫌そうにちらりと見ながら頷いた。
「そう、アイズコレクター。その名の通り、生物の瞳を集めている悪趣味な収集家のことだよ」
「………なんの為に瞳を?」
「大抵の収集家には特別な理由なんかないと思うけれど、アイズコレクターの場合ならその“瞳の色”だろうね」
恐らく、間違いないと思う。
ルッシャート王国には変わった、悪趣味な収集家が多いことは、他の国では有名である。レアな魔物の素材、精霊石、死体、奴隷など様々な収集家が存在している。
その中に瞳収集家がいると、瑠華は聞いたことがあった。名前までは知らなかったが。
「シン、君の瞳の色はとても珍しい色をしている。妹も同じ色をしているんだろう?」
「………はい」
「だったら、妹を借金の形として奴隷にした理由も、君を殺さずに連れてこい、と言っていたのも納得できる。そして僕のこともね」
はぁ、と瑠華は心の底からのため息を吐く。
マリアが不愉快そうにバサバサと翼を広げて、納得したように瑠華の言葉に続く。
「主の瞳も美しい橙色ですものね。だから主を奴隷にと言ったのね」
「成る程な」
「主もシンも、あまり見ない色だものね」
「というのが僕達の意見だが、いかがかな?」
未だにテトが上に乗って押し付けているので、起き上がれずにいるトリロ伯爵に問いかける。
「あ、ああ、そうだ。私は昔から美しい色の瞳を見るのが好きでね。以前は顔が邪魔だったから殺して瞳だけを取り出していたが、今は感情によって瞳の色が変わることに気付いてね、殺さずに奴隷にしているんだ。
だから君達にも不自由な生活はさせない。ただ奴隷となって、私をその美しい瞳で見続けていてくれればいいんだ。悪い話ではないであろう?」
どこがだよ。そんな話を二つ返事で受け入れるような人間が居たら、逢ってみたいね。
「ここまで来たんだから、疑問は全て解決しようね。先ずは……ああ、取り敢えずシンの妹は元気で無事でいるよね?」
これを先に確認しなくてはね。
「も、勿論だ。元気にしているとも!」
トリロ伯爵の言葉を聞いて、シンが安心したように息を吐く。
「次はシンの両親のことか。盗賊に殺されたらしいけれど、お前が指示したのか?」
「………」
トリロ伯爵に向かって瑠華が質問すると、シンは少し驚いたように瑠華を見て、次いでトリロ伯爵を険しい瞳で見る。
「この男は君……じゃないか、妹の瞳が欲しかったんだろう?で、両親は盗賊に殺された。そして盗賊と伯爵は繋がっている。そこまで揃っていたら伯爵が絡んでいると考えるだろ。というか絡んでるよね?」
もう一度問いかければ、トリロ伯爵は焦ったように口を開く。
「わ、私は指示などしていない!」
「………ほぉう…………テト=クラーラ」
主の意思を明確に理解したテトが、トリロ伯爵の胸に置いている前足に力を込める。
「ぐぇぇ!ほ、本当だ!私はただあやつらの前で言っただけだ。あの娘の瞳が欲しい、と」
「では、盗賊達が勝手にやったことだと?」
「そうだ!」
「…………はぁ、リト=サージュラ」
テーブルの上に乗っていたリトを呼ぶと、彼女は心得たようにトリロ伯爵の足元に降りて前足を振り下ろす。
「それを、指示したって言うのよ!」
「ぎゃああああっ!」
足首に振り下ろされたリトの前足は、鈍い音を立てて骨を粉砕した。トリロ伯爵の悲鳴が部屋内に響き渡る。
「で、盗賊が勝手にやって?シンの妹が手に入る状況が転がっていたから動いたと。でも一つ分からないのが、なんでシンに炎晶石を持ってこいなんて言ったんだ?シンだって妹と同じ色を持っているだろう?」
「私は同じ色は持たない主義だ!」
胸を張って言うことじゃねぇな。
成り行きを見ていたシンも、あまりにもくだらない理由に、怒りと共に悲しみが溢れたような顔をしていた。
「私はそやつには興味がなかった。欲しかったのは妹の方だったからな。だから私の前から消えてもらう為に、炎晶石を持ってこいと言って遠ざけたのだ。だが、そやつが行ってしまってから思い直し後悔してな。まだ近くに居るかと思って部下達に捜させたのだ。無事で良かった………」
この男は、どこまで僕達を不快にさせれば気が済むんだ?
「では街で聞いたことだけど、シンについての噂を流したのは?」
「あれは街の連中が勝手に言い始めたことだ。私ではない」
ふーん………これは嘘は言っていないな。
「シン、他に聞きたいことはある?」
「………………あんたは一体なにをしたんだ?」
もう、トリロ伯爵に対して一応の敬意すら示すこともせずに、シンは問いかける。
当然だろう。この男のくだらない趣味のせいで、大切なものを失ったのだから。
「あんただと⁉き、貴様誰に向かって…ぐぇぇ!」
トリロ伯爵が醜く顔を歪め怒鳴ろうとしたが、テトが更に前足に力を込めて黙らせる。
シンがなにについて問いかけたのか理解し、瑠華は思わずといったように声を上げた。
「おぉ、そういえばそれもあったね!で、なにをしたの?」
ぽんっと手を叩いきながら問いかけたら、可愛い従魔さん達から冷たい視線を頂きました。
「な、なんのことだ?」
「どうしてジルトニア皇国皇帝陛下、エヴァン=ウェイン・キュリス・ディザーレウェハス様のご不興を買ったのか聞いている」
「は?い、いや……そ、それは………」
「……英雄カイン・フューナ・フィンランディ様を侮辱したって本当なのか?」
久方ぶりに聞いた以前の自分のフルネームに、背中がむず痒くなってしまった。
「ついでに獣王と魔王と精霊王達の不興もか。あと勇者」
「いや、ついでって………」
シンが思わずといったように突っ込みをした。
「シン、話の腰を折るんじゃない」
「あ、すみません」
「…………で、何故だ?」
テトが再度問いかけるが、トリロ伯爵はなにやらもごもごと言っているだけで答えようとしない。
「ふむ、次は掌でも粉砕してみるか?」
「ひぃぃ‼言う、言うから止めてくれ‼わ、私はただフィンランディ公爵に頼んだだけだ!」
「と………フィンランディ公爵様に?」
あぶねぇ‼父様って呼びそうになっちゃったよ‼
「ああ!英雄の美しい黄金の瞳をくれ、と!」
「「「「「………………」」」」」
……………この男は今、なんて言った?
「英雄は死んだんだ!どうせ土に埋めてしまうなら、私が貰っても構わないではないか‼ただ死体から抜き取るだけなのだから‼」
直後、ドンっという音が響き渡り、部屋に充満する魔力が更に濃くなって空気を凍てつかせる。
「マリア=ツェーレ!」
瑠華の強い呼び掛けに、マリアははっと気付いて慌てて魔力を抑える。
瑠華はとうとう魔力の重圧に耐えられずに呼吸困難に陥ったシンを、無属性の結界魔法で覆う。結界魔法は初めて使うが、問題なく使えた。
「すまない、シン。最初からこうすればよかったね」
「はぁ、はぁ、はぁ………い、いえ、ありがとうございます」
シンが取り敢えず落ち着いたので、しゅん、と項垂れて肩に乗っていたマリアを腕に抱き、顔の前で目を合わせる。
「マリア=ツェーレ」
「……だって………」
「大丈夫。怒っていないし止めるつもりもない。ただこの場にはシンがいるから、それだけ気をつけてあげてね?」
マリアはこくりと頷き、瑠華の腕からシンの膝に飛び移り、シンの瞳を見つめる。
「ごめんね、シン」
「ううん、大丈夫。マリアの気持ちは分かるつもりだから」
静かに笑い合うシンとマリアを見て一つ頷き、瑠華はトリロ伯爵に近付いて、頭の横に膝をつく。トリロ伯爵は、魔力の重圧で青ざめ震えていた。
「マリア=ツェーレ、テト=クラーラ、リト=サージュラ、ムツキ=ルーン、皆落ち着いてね?」
従魔達の名を一人一人呼び、冷静になるよう促す。
いや、怒ってくれるのは純粋に嬉しいんだよ?でも話は最後まで聞かないとね。
「さて、先程の口振りだと英雄が埋葬される前に言った感じに聞こえるんだが、いつ言ったこと?」
「勿論、英雄が死んでから土に埋められる前にだ。埋められてからでは遅いし、掘り起こすのが面倒なのでな」
「………具体的には?」
「葬送式の時だ」
「「「「「……………」」」」」
よりにもよって葬送式かよ⁉もうこいつ本当になんなの⁉
「………もしかしてその場にはエヴァン様を初め、ジルトニア皇家一族、フィンランディ公爵家一族、勇者一行、各国の王や各種族の王、風と雷の精霊王とか居たりした?」
「ああ、いたな」
それがどうした?って顔で見ないでくれ………。
「……信じられない……」
シンが呆然と呟いた。瑠華も、あんまりな事実にもの悲しくなってしまった。
申し訳ありません、父様、母様……。
取り敢えず、遠い地にいる両親に謝罪しておく。
「フィンランディ公爵領の墓地に現れた墓荒らしも、お前の指示か?」
背中にシンの強い視線を感じるが、敢えて気づかないふりをした。
「……………」
トリロ伯爵は黙ったまま、あらぬ方を見ていた。だが時として、沈黙は“肯定”の意味を持つ。
これが正にそれだろう。
「……そうか」
瑠華は疲れたように小さくため息を吐く。従魔達も、もう怒りを通り越して呆れてしまったのか、ゆっくりと魔力の威圧を解いていく。
シンもソファーに座ったまま、手で顔を覆っていた。
するとトリロ伯爵が突然喚き出した。
「……私はきちんと交渉したんだ!報酬も用意した。なのにフィンランディ公爵は怒り、周りも私を責めた。私はただ英雄の、あの美しい黄金の瞳が欲しいと言っただけなのに‼
なのに国王まで私を責め、私がこれまで人生をかけて集めた瞳を全て燃やした。私の目の前で‼」
トリロ伯爵は箍が外れたように、駄々っ子のように癇癪を起こした。
自分は悪くない、と。交渉に応じなかったフィンランディ公爵達が悪いのだ、と。
「お前はもう黙れ」
瑠華は言いながら立ち上がり、トリロ伯爵のこめかみを蹴る。頭を砕いてやりたかったが、意識を狩るだけで止める。
「ふぅ、まさかそんなことが起こっていたなんてね」
「………この男はどうする?」
テトが気絶したトリロ伯爵の上から退いて、瑠華に尋ねる。瑠華は暫し考えて口を開く。
「どうしてこの男がまだ伯爵の地位にいるんだろうね?普通、そんな国の面目を潰すようなことをしたら、取り潰されてもおかしくないのに」
「シンはなにか知らないの?」
「………トリロ伯爵家は結構古い名家のようですから、そのせいではないですか?」
「体面を重んじる貴族ならあり得るけど………こればかりは僕達が口を出せることではないか」
こういうのは、上の方々の仕事だからだ。
国が違えば色々と異なる。“トリロ伯爵が集めた瞳を全て燃やす”、それがこの男への罰だったのだろう。
「ふんむ、この男はここに縛って転がしておけばいいか」
「殺さないの?」
マリアがつぶらな瞳で物騒なことを瑠華に問いかける。
「これでも伯爵の地位にいるから、殺したらこちらが罪に問われる。だから盗賊と通じていた証拠を、サランヴィーネの騎士団にでも渡せば捕まえて、法の裁きを与えてくれるだろう…………恐らく。かなり不安だが。シンはどうしたい?」
「………俺は妹が無事ならそれでいいです。とても悔しいですが………国王様のご判断に従います」
「………そうか」
瑠華はシンの頭を一撫でして、アイテムボックスからロープを出して、適当な柱にトリロ伯爵を縛り付けておく。尤も、直ぐに伯爵の部下達が解放するだろうけれど。
マリアに空間魔法を解いてもらい、部屋を出ようとドアに視線を向けて止まる。シンの妹の居場所を知らないことに気付いた。
「ふむ……まぁ、気配を探ればいいか」
「なにがですか?」
「シンの妹の居場所」
「それならば直ぐに分かる。この屋敷には、シンによく似た匂いがある。恐らく、これがシンの妹だろう」
テトがそう言ったので、彼に先導を任せることにする。シンは若干顔色が悪いが、返事ははっきりしていたので大丈夫だろう。
リトはシンの影へ、マリアとムツキは瑠華のフードへと移動する。
瑠華はフードを目深に被り直して、テーブルの上に放置されていた炎晶石を布で包み、アイテムボックスにしまう。
「持っていくのか?」
「伯爵には必要ないみたいだし構わないだろ、別に」
テトを先頭に、柱に縛られたトリロ伯爵を残して部屋を後にした。
読んで頂いてありがとうございました。




