55 道中~マレッティへ~
「くくっ、来たか。ここで待っていれば、必ずまた来ると思っていたぞ。さぁ、大人しく一緒に来てもらおうか」
マレッティの街から少し離れた街道にて、只今人相の悪い、薄汚れた男達と相対しております。
コッシュトーの街を早朝に出て、瑠華はテトに、シンはリトにそれぞれ跨がり、駆け出して数時間。
以前、シンとリトが盗賊達に出会った場所に差し掛かったら、左の森から盗賊達が現れた。
一番先頭にいる男が、シンを見て気持ち悪い笑みを浮かべた。その笑みを見て、瑠華は目深に被ったフードの下で顔をしかめた。他の者も瑠華同様、嫌そうな雰囲気を醸し出している。
「あれが、シンを知っているという盗賊か」
確認するように呟きながら、瑠華はシンに顔を向け、視線を送る。その視線を受けて、シンは小さくこくりと頷く。
「なら先ずは、彼奴からだな」
テトから降りて、腰の右側に差していたミスリルの長剣を抜きながら、盗賊達に向けて一歩踏み出したが、その体勢のまま斜め後ろにいるシンに顔だけを向ける。
「シン、リトと一緒に後ろに下がっていなさい。怖かったら目を瞑っていてね?」
「………はい」
にぃ、と三日月のように口角を上げて瑠華が笑うと、シンは一瞬怯えたようにびくっと震えて慌てて頷いた。
ナニかを察したように、マリアとムツキが瑠華のフードから出てきて、テトの背中に乗った。
瑠華は首を傾げつつ、テトの頭を撫でる。
「では、行ってくる」
改めて考えて並べると疑問がありすぎたので、瑠華達は一つ一つ疑問を解決することにした。一気に全てが解決できれば簡単なのだが、そうは問屋が卸さない、気がした。
ということで先ず一つ目、トリロ伯爵は盗賊と繋がっているのか?
その二、何故盗賊がシンを知っているのか?
この疑問を解決するべく、シンを知っている盗賊だけを捕らえよう、と瑠華は盗賊達の位置を見据える。その他の有象無象は必要ないので、死んでもらおう。
盗賊などやっているのだから、自分達が殺されるのも捕らえられるのも、承知の上だろう。
盗賊等の“賊”は、生け捕りにして兵士に引き渡すと謝礼か恩賞を貰えるけれど、瑠華は大変な面倒臭がりなので、そんなことはほとんどしはしない。
「さて、敵は三十人強。生け捕りは一人だけ」
瑠華は再度、確認するように呟く。後十数メル先には、自分が話しかけたにも関わらずなんの反応も示さずに話をする様を見せつけられ、顔を赤く染め青筋を浮かべた凄い形相の男がいた。
瑠華達の、さも眼中にありません!、という態度が男をそんな顔にさせているようだ。
「てめぇ、ふざけてんのか?」
瑠華はその問いにも答えず、そして歩みも止めない。
「へぇ、俺達とやろうってか?はっ、止めときな!てめぇみてぇな優男じゃ、俺達には敵わねぇよ!力でも数でもな!」
男は下品に黄色い歯を剥き出しにして笑い、周りの盗賊達も便乗して馬鹿みたいに嗤っている。
瑠華はそれらにも一切反応せずに、残り二十歩程の所で足に“気”を巡らせると、軽く力を入れて、たった一歩で男達の眼前に迫る。
「可哀想に………“戦闘”の心得も知らないなんて、ね」
シンを知っている男の真横にいた盗賊を、ミスリルの長剣を下から振り上げ、股間から頭まで真っ二つにする。
「……………え?」
他の盗賊達は、なにが起こったのか分からずに間抜け面をさらし、シンを知っている男は起こった事象を認識し、呆然として小さな声を出した。
瑠華は目深に被ったフードの下で愉快そうに口角を釣り上げ、それでも少しの感心を込めて笑う。
「それなりに場数は踏んでいたか」
“認識”は出来たようだからね。
男の真横で、しゃがみこみながら横に一閃、剣を振るう。男の足首から下が斬り取られ、男はバランスが取れずに前に倒れる。その時になって漸く自分の身体の異変に気付き、痛みに絶叫した。
これで目的の一つは達したので、残りの邪魔な有象無象共はさっさと始末してしまおう。
瑠華がミスリルの剣を上に下に横に振る度に命を狩られ、盗賊達は数を減らしていく。
あんまりな急展開に、意識がついていかずに突っ立ったままだった盗賊達は、間抜けな顔のままその命を散らしていく。
状況判断、遅すぎじゃね?
心底呆れながら、目の前の男の胴を上下に斬り分ける。
瑠華から一番遠くに居た男達は、ここにきて漸く状況を理解したらしく、身体を反転して逃げようとしたが、そのまま血渋きを上げて前のめりに倒れ動かなくなった。
「悪いが、盗賊は一人も逃がすつもりはない」
こびりついた血を払い、剣を鞘にしまいつつ淡々とした声音で呟く。
瑠華の周りには、物言わぬ屍と真っ赤に染まった草木が広がっていた。その中に一人で立っている瑠華の姿は、えも言えぬ異様な光景だった。
「相変わらず容赦ないな」
「それはどうも」
「……………流石『血狂い』」
それは言わないで!
離れてお座りしていたテトが、近付いて寄り添いながらそんなことを言ったが、聞き流しておいた。テトの背中に乗っていたマリアとムツキが、瑠華に飛び付いてフードの中に滑り込みいつもの定位置に収まる。
シンはまだ後方に下がったまま、こちらを伺っていた。どうやらリトが留めているらしい。
瑠華はそれを確認して、少しずれた眼鏡を左手の薬指で上げつつ、足首から下を斬り取られ無様に血の海で這いずっている男に向き直る。
「さ~てと、さっさと終わらせよう」
「早く終わることを祈ろう」
男の前に回り込み、よく顔が見えるように方膝をついてしゃがみこむ。
「お前に聞きたいことがある。話せないとか知らないとかは言わないでくれ。主に僕の為に」
「主は面倒くさがり屋だからな。早く言わないと死なさせてくれと思うようなことをされるぞ?」
二メルを超える威圧感たっぷりな大きな魔物の出現と同時に、テトが言った内容にも恐怖を抱いたようで、男は怯えた目を瑠華に向けた。
「テト、余計なこと言わないでよ。怯えて口が聞けなくなったら、それこそ面倒だろう?」
「我は円滑に話を進めたいだけだ」
「テトの存在自体が“円滑”から程遠いよね」
怒ったような唸り声を響かせたテトに、楽しげに小さく笑う瑠華。
その二人を、恐怖に引きつった顔で見つめる盗賊の男。
数十人の死体が転がる血の海の中では、不釣り合いな奇妙な雰囲気だった。
瑠華は一頻り笑った後、男に意識を戻す。
「おっと、失礼。では改めて聞こう。お前達は誰かに雇われているのか?」
「………そ、それは…………」
「ああ、その反応で分かる。じゃあ次、お前達を雇っているのはマレッティの領主、トリロ伯爵?」
「……………」
「はい、分かった。じゃあ最後、お前はあの子を知っているみたいだけど、どうして?」
瑠華の質問に対して、盗賊の男は明確な答えを言っていないけれど、男の顔を見れば分かる。思わず笑ってしまいそうになる程に、この男は腹芸が出来ないらしい。
けれど最後の質問は、明確な答えを言ってもらわないといけない。予想は出来るが、本人の口からの答えが必要だった。
「……………」
「黙りは止めろよ」
口をつぐんだ男の右目に、アイテムボックスから取り出した掌サイズの小刀を突き刺す。
勿論死なないように、脳に届かないように眼球のみを、だ。
「ぎゃああああああ‼」
「煩いね。叫ぶだけならもう一つ、耳でも削ぎ落とすかな」
「ひぃぃ⁉わ、分かった!話す、話します!だからもう止めてくれ‼」
瑠華が態とゆっくり小刀を動かして耳に向ければ、盗賊の男は涙と鼻水を垂れ流しながら懇願した。
というかこんな小刀で耳が斬れるわけ……………あるか。僕だったら普通に出来ますね。はい。
「で、どこで知ったの?」
「と、トリロ伯爵が言ってたんだよ!あのシンってガキの妹だかに逢って、そいつと同じ瞳の色をした一三、四くらいのガキを見たら連れてこいって!マレッティの街に帰ってくるだろうから、もし見つけたら捕まえろって!もしかしたら貴重な炎晶石を持ってるかもしれないから、それは俺達が好きにしていいって!そいつだと分かったのは妹と顔が似てたからだよ!」
トリロ伯爵の目的は、炎晶石ではなくシン?
え?なんで?
「理由は?」
「理由は知らねぇ…………ほ、本当だよ!俺達は金さえ貰えればそれで良かったんだ!仕事の理由なんて聞いたこともねぇよ!」
典型的な力バカな盗賊だな、こいつら。
「他には…………ああ、そうだ。シンの両親が盗賊に殺されたらしいけど、お前なにか知ってる?」
「い、いや、知らねぇ……」
ああ、これは本当に知らないようだね。
「そうか、ならもういいよ」
立ち上がりながら言うと、男はあからさまにほっと息を吐いた。
他の盗賊とかでもそうだったけど、どうしてこの状況で見逃してもらえるなんて思うのだろうね?
「では、死になさい」
「え?」
男には見えない速度で抜刀し、上から首を胴から斬り離す。男の間の抜けた声とほぼ同時だろう。
「ふむ、取り敢えずの情報は得られたな」
「新たな疑問も出てきたけどね」
腕を組んで考えながらシンとリトの元に向かおうとして、テトに後ろから注意された。
「主よ、せめて後始末はするべきだろう」
「おや、失礼」
振り返り男達の死体が転がる惨状を一瞥し、アイテムボックスから小さな焔の魔石を取り出し、無造作に放り投げる。
焔の魔石が割れた場所から橙色の炎が燃え広がり、盗賊達を燃やし尽くしていく。これで血の匂いで魔物が引き寄せられることもなくなるだろう。
「まったく……森が近くにあるというのに、そんな無造作に…………」
「やだなぁ、ちゃんと考えてるよ?」
小首を傾げながら言ったら、何故かじと目で見られた。
盗賊の燃えかすが風に舞い上がる風景から、距離を取るように大回りに迂回して待っていたシン達と合流する。
「シン、大丈夫?」
「………はい、なんとか」
青ざめた顔色をしているシンに問いかける。確かに顔色は悪いが、声はしっかりしていた。
数十人が殺される場面や死体を見て、気分が悪くなったか。一般市民なら当然の反応だろう。寧ろ吐かないことに感心できる。
しかもそれを平然とやってのけた僕に対しても、態度が変わらない。瞳には、明らかな怯えが見えるのに。
変わらずに接しようとするシンの姿を見て、瑠華は目深に被ったフードの下で優しげに目を細める。
「…………シンの妹ってさ、似てるの?君に」
「え?はい。俺達は二人とも父親似なんです」
「ふ~ん、なら彼奴が言っていたのは間違いなさそうかな」
「妹がどうかしたんですか?」
瑠華は盗賊の男から聞き出したことを伝える。
「俺を連れてこいって、なんで…………」
「さあ?まぁ、マレッティの街のトリロ伯爵の所に行くのは変わらないから、その時に聞けばいい」
「そう、ですね………」
再びそれぞれテトとリトに跨がり、マレッティの街を目指して駆け出す。
マレッティの街は、もうすぐそこに見えてくる筈だ。
それから少しして、マレッティの街の門の近くまで来て、テトとリトから降りる。瑠華がお礼を込めてテトの体を一撫でして、影に入ってもらった。リトもシンの影に入る。
門には二人の兵士が居たが、他に街に入ろうとする人はいない。兵士達もやる気無さそうに突っ立っていた。
瑠華達が近付けば流石に居住まいを正すと思ったら、一瞥を寄越しただけでなにも言わなかった。
おいこら。
瑠華はちょっぴりイラっとしたが、シンは気にした風もなく兵士に近付き身分証を見せた。
瑠華も肩を竦めてシンに続き、ギルドカードを見せる。
ちなみに瑠華のフードの中にいるマリアとムツキは、顔を出さずフードの中で丸くなっていた。一応念の為に〔従魔の首飾り〕は首にかけておいたが。
本当になにも言われずに門を潜った。少し先で待っていたシンに、思わず訝しげに問いかけてしまう。
「いつもあんな感じなの?」
「…………そうです。彼奴等は兵士の格好をしていますが、実は盗賊らしいです。彼奴等に襲われた事がある人が言っていました」
「トリロ伯爵っていうのは、随分とどうしようもない奴みたいだねぇ。ちょっと逢うのが面倒くさくなったよ」
「俺も妹のことがなければ、逢いたくない人物です」
歩きながら話をしつつ、街を見回す。通りにはほとんど住民は歩いておらず、店も閉まっているところが目立つ。
道にいるのは武器を携えた者、冒険者らしき者達か兵士。
なんとも殺風景な光景だった。
廃れているっていうのは本当のようだ。
「トリロ伯爵の屋敷はどこ?」
「この道の奥です。館の前に兵士が立っているので、直ぐに分かると思います」
「了解。まだ時間には余裕がある。このまま行こう」
「はい」
はてさて、この先どうなることやら。
読んで頂いてありがとうございました。




