53 シンの事情 その二
テーブルの一点を見つめて話すシンは、怒りとも悲しみとも判断がつかない顔をしていた。余程今回の事が心に響いたのかが、よく分かる顔だった。
瑠華は左肘をテーブルにつき、拳を作って頭を乗せ、そんなシンを無表情で見ていた。
「……周りの人達が街を離れていって、街からどんどん人がいなくなって、両親は店をやっていたので大変でしたが、コッシュトーやサランヴィーネに移ったこの街の人達の伝でなんとかやってこれました。
うちは以前から、トリロ伯爵とも何度か取り引きしていたことがあったんですが、伯爵のその話を聞いてから取り引きはしていなかったんです。父さんと母さんが、英雄様を侮辱した伯爵の顔など見たくない、と」
ふむ、シンの話を聞く前から伯爵となにかあったというのは分かっていたけれど、でもその前に一つ気になることがある。
「シンのご両親は、随分英雄…………様に……」
「神聖視してる?」
こら!マリア!折角避けようとした意味合いの言葉を言うんじゃない!
身体が痒くなる!
「えぇっと、両親の話では昔、英雄様に助けて頂いたことがあるらしいんです。俺が生まれる前の話みたいですが」
「ほぉ、やるな英雄も」
「ふふふ、素敵な英雄ね」
従魔ちゃん達、不謹慎だよ?
今は真面目な話中なんだから。
なんだか先程から、“英雄”の言葉が出てくる度に、強い想いが伝わってくるような雰囲気だったんだよね。
でも、シンが生まれる前って一四年以上前ってことだよね?
僕が旅に出てるか出ていないかの微妙な時期だけれど、何処で助けたんだろう?
瑠華が記憶を探っている間にも、シンの話は続いている。瑠華は記憶の旅を一旦止め、シンに意識を集中する。
「それでですね、今から二ヶ月くらい前に、トリロ伯爵から取り引きの話がきたんです。父は初めは断りましたが、街の人達の為にって言われて断れきれなかったみたいで、父は取り引きを受けました。
取り引きの内容は、サランヴィーネの街から荷物を受け取り持ってくるというものだったので、父は母と従業員二人と一緒に出掛けていきました。
ですが、五日程してから知らせがきたんです。両親達の馬車が、サランヴィーネの港街から帰ってくる時に盗賊に襲われた、と。そして四人共死んだ、と」
「……ご両親は亡くなっていたのか」
「はい。ですが両親の死を悲しむ間もなく、知らせがきて直ぐトリロ領主が家にやって来ました。“盗賊に奪われた荷の弁償をしろ”、と」
まぁ、一度引き受けてしまったなら、弁償はしなくてはならないだろう。けれどこういった場合、全てではなくてもいい筈だが、それを踏まえての弁償が炎晶石だったのかな。
「疑問がある。どうしてご両親が盗賊に殺されたって分かったの?四人共、亡くなったんでしょ?」
「サランヴィーネの港街で旅人を馬車に乗せていたらしくて、その人が教えてくれたんです。その人も酷い怪我をしていて、辛うじて逃げてきたらしいです」
「そう。その人は今は?」
「マレッティの街の治療院に運ばれましたが、その後は知りません。それからなんですが、俺には一つ年下の妹がいるんですが、伯爵は妹を荷の弁償に差し出せと言って、妹を無理矢理奴隷にしたんです」
話が一気に急展開した感じだ。借金の形に奴隷に堕とされるのはよくある話だけれど、でも無理矢理っていうのは駄目だろう。
ここルッシャート王国には、奴隷制度が確かに存在する。様々な理由で、奴隷になるしかない者達がいるからだ。ルッシャート王国では、買い手がつくまでは領主預かりとして監視付きの労働に出されるか、国が契約した他国に行商に行く奴隷商人に渡されるのが通例だった筈。
領主だからといって、勝手にしかも無理矢理奴隷にするのは、法を犯していると思うんだが。
国民を奴隷にする場合、国に定められた手続きをしなければならないのだから。
それに、廃れ始めた街で商売が出来るくらい伝があるのなら、荷の弁償をするくらいのお金は工面できそうなのに。シンのご両親だって、その辺りのことはしっかり準備してやっているだろうから。
それともシンが子供だから、相手にされなかった?
それとも弁償が高額すぎたのか?
「弁償は出来なかったの?」
「いえ、そんな話をする暇などなく、伯爵はいきなり家に来て、一方的に告げて妹を奴隷にしたんです。俺の目の前で」
シンが悔しそうに俯き、身体を震わせる。
「両親が死んでしまって、店も取り押さえられて、もう俺には妹しかいません。トリロ伯爵に、“弁償は必ずするから”となんとか話をしたら、炎晶石を持ってきたら妹と交換してやると言われて…………」
「それで、ヴァルザ火山に炎晶石を探しに行ったのか」
成る程ね。だからシンは、あんなに必死だったのか。そりゃ、たった一人の家族の為なら、必死にもなるだろうけれどね。
無茶にも程があるって話だよ。
さてここまで聞いたが、そもそもトリロ伯爵は本当に炎晶石を欲していたのか?シンの妹と交換すると言っていたが、炎晶石は手に入らない確率の方が遥かに高い。これはどう見ても、シンを厄介払いしたかったが為の交換条件の可能性が濃厚だろう。
ヴァルザ火山は、只でさえ危険区域に指定されるような場所である。多少魔法が使えるとしても、明らかに“戦闘”のせの字も知らないような子供がヴァルザ火山に入ったら、命を落としそうなのは考えずとも想像がつくだろう。
トリロ伯爵が、初めからシンの妹を手に入れる為だけにこんな手の込んだことをしたなら、シンのご両親の“死”も話が変わってくる。
もしこの推測が真実ならば、英雄の話といい、シンの話といい、一体どんな人物なんだか。
トリロ伯爵、か。
「……実は一つ、どうしても気になることがあるんです。俺達も遭遇した盗賊ですが、伯爵に雇われてるんじゃないかって話を聞いたことがあるんです」
「それは噂で?」
「はい。街の人達が話しているのを聞きました。でもそれが本当なら、父さん達を襲って殺した盗賊も、伯爵と繋がってるかもしれないってことですよね?」
その推測も当然だろう。
「俺はそれについても、伯爵に真実を聞きたいんです。妹のことが第一なので、聞ければでいいんですけど………」
「それはそうだけどね。どうせ行くのなら、全てをはっきりさせよう。シンと君の妹がこれから生きていくのに、憂いは晴らさないといけないだろう?」
「……はい」
ふぅ……取り敢えず、シンの事情は分かった。
なにはともあれ、マレッティの街に行って直接トリロ伯爵に逢って、話をしなければいけないってことだ。単純に炎晶石を渡してシンの妹を返してもらって、はいさよならってなれば楽でいいんだけれどなぁ。
無理だろうな。もう限りなく黒いと思うからね。トリロ伯爵は。
まぁ、シン達の為に出来れば穏便にいきたいけれど、無理ならちょっとお・ハ・ナ・シ、すればいいだけだけど。
シンの妹の奴隷契約は、僕の隸属魔法で解除できるだろうから、話をつけて返してもらえれば大丈夫。
「先ずは、マレッティの街に行かないと話は始まらないね。全てはそれからだ」
「はい」
「出発は、明日の早朝にしよう。今日はしっかり休んでおくように」
瑠華の言葉にシンは真剣な顔で頷き、従魔達はそれぞれ独特の了承の返事をした。
話をしていたら結構時間が経っていたようで、窓の外は茜色に染まり始めていた。もうすぐ夕方の鐘が鳴り響くだろう。
瑠華はマレッティの街やトリロ伯爵についての情報を求めるついでに、気晴らしに街に出ることにした。シンは、今まで気を張りつめていたので疲れているらしく、宿屋で休んでいる。
例の盗賊の件があるから、シンが街を出歩くのはマズいかもしれないという一抹の不安もあったので、護衛にテトとリトを残し、瑠華はマリアとムツキのみを連れて宿屋を出た。
宿屋を出る前に、シンに渡していた〔穏やかな風〕のローブを返してもらった。〔輝ける白き光〕と〔死神の衣〕、杖と魔法袋はそのままシンに持たせておいた。これ等は瑠華には必要ない装備であるし、装備品なのだから使わないと勿体無い気がしないでもないので、このままシンにやってしまっても構わないと瑠華は思っている。シンが受け取るかどうかは別だが。
〔穏やかな風〕のローブを纏うと、当然だがやはり快適さは断然違う。これは手放せないよな、と瑠華は自分に苦笑してしまう。
食欲をそそる匂いを漂わせている料理の屋台が建ち並ぶ通りに出て、端から順番に大量に買っていく。定番の一角兎や猪種の串焼き、黒パンに肉や野菜が挟まったもの、葉に包まれた香ばしいタレがついたステーキ、様々なパンや食後の甘いものや果物など、片っ端から買っていきアイテムボックスに入れていく。人混みに紛れて然り気無く。
勿論、合間にマリアとムツキと一緒に食べていく。美味しそうな匂いに、二頭がばしばしと肩や首筋を叩くので。
お腹を満たしつつ、街を歩きながら人の話に耳を傾ける。
人は、食事をしている時は口が軽くなりがちである。楽しい話、面白い話、噂話は食事の肴になるからだ。
耳に届く話は様々だ。
今日の出来事、自分や家族、知り合いの話、ピンクい話、勇者やその仲間達の話、そしてトリロ伯爵やマレッティの街の話。
勇者達の事も気になるが、マレッティの街関係を重点的に聞いてみた。
やはり伯爵に対しては、悪口雑言ばかりだった。どうやら“英雄様”を侮辱したのは事実らしい。だが、その内容については誰も知らないようだ。
その“内容”に関しては、知っている者は皆口を閉ざすらしい。
ならどうして、人々はこんなに信じているのか?
それはルッシャート国王と国の重職に就く者、近衛騎士などが否定しなかったからだそうな。公言したわけではないみたいだが、否定しなかったら肯定したも同然だと国民は思ったんだろう。
“英雄”としては頭を抱えたくなる話だ。
更にどうしてそんな奴に、未だに伯爵の位が与えられているのか?
国王がトリロ伯爵を廃爵したならば、マレッティの街は廃れることなんてなかったかもしれないのに。
やむを得ない理由があるのかもしれないけれど、もし無いのであったらマレッティの街を愛している者達は悲しすぎるだろう。
他にもシンが言っていたように、伯爵は盗賊と手を組んでいるらしいというのもあった。
何故そんな噂が流れたのか?
最近マレッティの街周辺に盗賊が蔓延っているらしい。コッシュトーの街の冒険者や、サランヴィーネの街の領主の騎士団や冒険者達がいくら捕らえても減らないらしく、よく調べら捕まっていてもすぐに解放されるとか。
だから、伯爵が盗賊と手を組んでいる、なんて噂が広まったらしい。
そしてこれはあまり関係ないのかもしれないが、トリロ伯爵には趣味が悪い収集癖があるらしく、それに関して恐ろしい執念を見せるとか。
ただ、なにを集めているかは話にはなかった。
伯爵については、この三つがとても多かった。
どれも“伯爵は怪しいです”って言っている感じだ。これ等がどうシンの事情に絡むのか。はたまた関係などなく、とても単純なのか。
全ては伯爵に逢ってからの話になる、という結果は変わらないが。
新しい情報が得られなくなったので、宿屋に帰ることにした。更に詳しい情報を求めるなら、情報が集まりやすい酒場に行くのがいいんだろうけれど、今日は行くのは止めておこう。
酒場は僕にとって、鬼門でしかない。
宿屋に帰ると、シンがベッドに横になっていた。覗き込めば、微かに穏やかな寝息が聞こえてくる。
シンが寝ているなら、従魔達と少し話をしよう。
まだシンには話せない秘密の話を。
読んで頂いてありがとうございました。




