45 炎獄のダンジョン その九
「…………きれい………………」
後ろから、シンの小さな呟きが聞こえた。
確かに、ユニコーンの姿はとても綺麗で美しい。神々しいと言ってもいい。まるで神話に出てくる神の使徒のよう。
セラフとは熾天使という意味だから、あながち間違ってはいないのだろう。
セラフユニコーンは先ずテトを、次いで瑠華に視線を向けた。そして三対の翼を大きく広げて羽ばたかせ、十メル程浮かび滞空した。そのまま己の体の周りに、十数個の火の玉を顕現させ、瑠華に向かって放ち、自らも火の玉を追うように躍りかかる。
狙いを僕にしたか。
「流石、魔法の構築が速い。でもね…………」
十数個の火の玉が瑠華に当たる前に、横に寄り添うように立っていたテトが、氷の礫を放ち相殺させるようにぶつける。
瑠華の少し前で焔と氷の魔法がぶつかり、相反する魔力により大きな爆発を生む。
周囲に熱と冷たさが混ざった風と煙が吹き荒れ、視界が遮られる。瑠華は前方から目を逸らさず、金属バットを持つようにミスリルの剣を鞘がついたまま両手で持ち、そのまま動かずにいた。テトは数歩後方に下がり、距離を置く。
次の瞬間、風と煙を裂き、前足を振りかぶったセラフユニコーンが瑠華の目の前に現れる。
瑠華はその場でくるんっと横に一回転してセラフユニコーンの攻撃を避けつつ、遠心力を利用してミスリルの剣で敵の足を斜め上に振り払った。
セラフユニコーンは綺麗に後ろに一回転し、どっしんっ‼と重たい音を立てて仰向けに倒れた。
馬の仰向けってなんて滑稽な姿なんだろう………。
自分でやったこととはいえ、あんまりな姿に瑠華は一瞬見入ってしまった。
折角の神々しいお姿が台無しである。
だがそれも一瞬、瑠華はセラフユニコーンの真上に飛び上がり、鞘から抜いたミスリルの剣を下に垂直に構え、起き上がろうと横に倒れた敵の心臓目掛けて突き刺す。
セラフユニコーンの体は一度ビクンっと震え、もがき足掻いていたが、すぐに動かなくなった。
瑠華は一つ息を吐き、セラフユニコーンの上からひらりと降りる。そこにテト達が集まってきた。
「相変わらず容赦ないな」
「倒すべき敵に情けなんか無意味でしょ?さっきはありがとうね、テト」
援護についてのお礼を言って、テトの体をゆっくりと撫でる。〔万年雪の雫〕の効果で、テトの体はとっても冷たい。テトは気持ち良さそうに目を細めていたが、瑠華がわしゃわしゃと両手で撫でると嫌そうに離れていった。
苦笑いをして、肩に飛び移ってきたマリアとムツキを交互に撫でる瑠華を見ていたシンは、次いでセラフユニコーンの死体を見て、また瑠華に視線を戻し首を傾げた。
「ルカさんて凄く強いのは分かるんですけど、武器の使い方がおかしい気がします」
「ふふん、よく言われる」
「………何故胸を張るんだ?言った者達は、誰一人褒めてないぞ?褒めてないんだからな!」
ふふん、僕には褒め言葉さ!
「………俺、ユニコーンって初めて見ました。書物で読んだことありますけど、書いてあった通り綺麗なんですね」
シンが強引に話題を変えた。短期間でスルースキルが上達しているようだ。なによりである。
「冒険者でも見たことがある人の方が少ないと思うよ?僕はこれで三度目だけどね。でもこれ、どうしようかな?食べる?」
「えぇ⁉食べるんですか⁉」
「いや、冗談」
「…………………」
シンがじと目で見つめてきた。あはは。
「シンはユニコーンについての“あの話”を知っている?」
「…………一角獣種の肉を食べると、呪われて心が狂うって話ですか?う~ん……俺は半信半疑ですけど、態々試したくはないですね。ルカさんは信じてないんですよね?」
「ないね。だって只の迷信だからね、それ」
この世界の魔物の肉は、結構食べられないものが多い。毒を持っている、食用に適さない、普通に不味い、など理由は様々だけど。猪種など、美味しいものは美味しいけれどね。
「どうして断言できるんですか?」
「ユニコーンの肉を食べて、なんともなかった男を知っているからだよ。尤も彼奴の場合、元々がイっちゃってる奴だったから、呪われて心が狂ってても分からなかっただけかもしれないけれどね」
「………………ルカさんには、いろんなお知り合いの方がいるんですね」
なんだ、その哀れみの表情は?
「というか、その話は迷信というより流言らしいからね」
「そうなんですか?」
「ああ。今は無くなってしまったがとある宗教では、一角獣種は本気で神の使徒だと信じられ崇められていたらしいから、食べる以前に傷つけるなんて有り得なかった。その宗教が一角獣種を守る為に、“殺して肉を食べると神に呪われる”という話を信徒を使って世界に広めた。
けれど二度目の邪神が現れ、他の魔物同様に一角獣種も人や街を襲った。それを見た人達は、なにが神の使徒だ!ってなって一角獣種を魔物と認識した、と。
その後、邪神によって世界が混沌に呑まれてしまったが故に、“一角獣種を食べると呪われて心が狂う”という情報だけが後世に伝わった、というのが最も有力な説かな。“心が狂う”となったのは、変に捻曲がって伝わったせいだと思うけれど」
「へぇ、そういうことだったんですね。ルカさんて物知りなんですね」
このように、邪神の願いによって失われてしまったものは多く、そのほとんどを蘇らせることはできていない。世界が三度も混沌に呑まれてしまっているのだから、仕方ないことなのかもしれないが。
「ところで、ここってもしかしなくてもボス部屋だよね?ってことは三十階層か」
「だと思います。前にも後ろにも扉がありますから。二十七階層から随分落ちましたね」
本当に。三階層分ぶち抜いたってことだもんね。そりゃ、長く感じるか。
「主よ、今日もここで休むのか?」
瑠華とシンの話が一段落ついたのを見計らい、テトが問いかけた。
「うん、そのつもりだよ。ここが一番安全だからね」
瑠華はアイテムボックスからマジックテントを出し、出口の扉の横に準備する。今回はテントの外で、テトとリトも一緒に食事をすることになった。
三十階層のボス部屋は、他の部屋と違い少し蒸し暑いくらいで比較的過ごしやすい。食事をするくらいなら大丈夫だろう。
地面に大きな布を敷き、全員でその上に円になって座る。
アイテムボックスから料理を大量に出して並べ、挨拶をしてから食事をつまみ始めた。
「………………」
「どうしたの、主?」
料理を食べながら黙って考え事をしていたら、瑠華が胡座をかいた足の間に座っていたマリアが問いかける。
「う~ん………ここまでのボスが、弱すぎる気がするんだよね。SランクというよりA、いやBランクと言ってもいいかもしれない」
「ルカさんが強いから、そう感じるんじゃないんですか?」
「買い被りだよ、シン。それにね、ダンジョンにはそれぞれのランクに則った強さがあるから。さっきの魔物、セラフユニコーンっていう魔物だったんだけど、レベルが86だったんだよ。Sランクのダンジョンで一角獣種の最上位種なら、レベルは120以上が当然なんだよ。レベル86は低すぎる」
「………成る程」
ふむ、ここまでの炎獄のダンジョンを顧みても魔物の量と質、ダンジョン内の“魔素”の感じだとSランクで納得出来るのだけれど。ボスだけが、何故か不釣り合いだった。
「………もしかしたらダンジョンの成長に“魔素”を使いすぎて、ボスまで相応に成長できなかった、とかかな?」
「無きにしもあらず、か?」
「ダンジョンが急成長し過ぎたせいなのかしらね?」
う~ん………。
「主よ、悩んでも仕方ないだろう。先へ進むしかない」
「ま、それもそうだね」
瑠華はテトの言葉に一つ頷き、食事を再開する。
その後、この先の道になにがあるか分からない不安を抱えたまま、眠りについた。
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