37 炎獄のダンジョン その一
「あの、ルカさん、聞いていいですか?」
「ん~?」
正面から飛びかかってきたハイエナによく似た魔物を、ミスリルの長剣で下から斬り上げて真っ二つにする。
「ルカさんの探し物はダンジョンだって言ってましたが、どういうことですか?ダンジョンがここにあること知っていたみたいですけど」
「ここにダンジョンがあることは知っていたよ。どうしてなのかは秘密」
上の小さな穴から降ってきた五匹のネズミの魔物に、氷の下級魔法『アイスボール』の魔法石を投げつけて凍らせ、絶命させる。
「じゃあ、ダンジョンの“核”を破壊するって言ってましたが、それってまずくないですか?ダンジョンを勝手に壊したら極刑ですよ?」
「君が言わなきゃバレないよ。ここにダンジョンがあることを知っているのは僕達だけなんだから」
真横から疾走してきた駝鳥?のようなデカ魔物を、テトが爪と牙を使って地に沈めた。
「……………このダンジョンがSランクになってるのを知ってたのも秘密ですか?」
「秘密だね」
後ろから迫って来ていたファイアーファングを、リトが氷魔法で返り討ちにしていた。
「ルカさんって秘密が多いですね。何者なんですか?」
「知らないのか、シン?男は謎めいている方が魅力的なんだよ?」
「………………」
シンがなにかを諦めたような目で、下からぽんっと出てきた土竜の魔物を杖で殴り穴に戻した。
只今ダンジョン五階層、絶賛魔物に包囲されております。
ダンジョンに入った直後に、十頭ものファイアーファングに襲われたのを皮切りに、出るわ出るわ、次々に魔物が襲いかかってきた。
このダンジョンに足を踏み入れたのは恐らく、というか絶対に僕達が初めてだろう。以前の一人旅でも未発見のダンジョンに入ったことがあるけれど、そこもここと同じで魔物が溢れかえっていた。
どんなに気をつけても、返り血で自分の身体も武器も真っ赤に染まるほど魔物と戦った。あの時もマリア達従魔がいたにも関わらずだ。
同じ鉄を踏まぬよう気をつけるが、あの時程ではないにしろ、汚れるのは覚悟しなければならないくらい、魔物の気配が充満している。
次の階層へと下りる階段を探すのも一苦労だった。
シンと話しながらも、襲いかかってくる魔物達を倒していく。
シンは瑠華の援護をするように立ち振る舞っていたけれど、余りにも魔物の数が多いので直接戦うことになった。初めはしっかり魔物に集中してそれぞれ戦っていたが、もう数えるのも馬鹿らしくなるほどに魔物に包囲され襲われれば、慣れてくるというもの。
人はそれを、自棄になった、とも言う。
魔物と戦いながら話をするようになった。というか話していないとやっていられないのかもしれない………。
「それにしてもダンジョンって初めて入りましたが、これが普通じゃないですよね?」
「人が入らないダンジョンはこんな感じだよ。人が入って魔物を間引いていれば、一定の量の魔物しか出てこなくなるよ。“核”も成長しなくなるし」
「ルカさんはいろんなダンジョンを知ってそうですね」
「まぁ、ね」
「主よ、階段だ。呑気に話などしてないでさっさと行くぞ。シンも油断するなよ」
おっと、話をしていたら周囲の魔物がいなくなっていた。死体を回収して先を急ごう。
時折休憩を挟みつつ、結構なハイスピードで進んでいく。
「そういえば“炎獄”ってどうだろう?」
正面から駆けてきた犬の魔物を、ミスリルの長剣で頭を一突きにしてそのまま後方へと放り投げる。
「なにが、だ!」
テトが上から降ってきた芋虫を、一回転して尻尾で壁に叩きつける。
「いつまでも“このダンジョン”って言い方だと、つまらないから名前でもつけようかなって」
「激しく、どうでもいいわ!」
下の穴から這い出てきた芋虫を、リトが前足で叩き潰した。
「じゃあ、“炎獄”で決まりね」
「破壊するなら!名前なんてどうでも!いいですよね!」
真横から跳びかかってきた芋虫を、シンが杖を振り回し飛ばしていく。
「「「「ていうか芋虫がウザイ‼‼」」」」
下の階層に進むにつれ、何故か芋虫が増えていく。上から下から前後左右から、どっからでもわいてくる。
正直かなりキモくてキツい。
十階層に来て一気に増えた。
この階層のボスは芋虫かな?
「ボスがいる部屋って、一階層毎だって聞いたことあったんですけど、違ったんですね」
「いや、一階層毎のダンジョンもあるよ。“炎獄”みたいに十階層毎だと、ボスが厄介で強力になる場合がある」
芋虫を蹴散らしながら進んでいくと、やっとボスがいる部屋の扉の前に辿り着いた。直ぐには入らず、アイテムボックスから布を取り出して敷き、その上に全員で座って休憩をとる。ここまで本当に突っ走って来たからそれなりに疲れてはいた。特にシンが。
シンの為に旅用の軽食と飲み物を取り出し、体力回復薬と一緒に渡す。瑠華は水分を取り喉を潤す。
ずっとフードの中にいたマリアとムツキも、まったりしている。フードから出ると暑いので、決して出てこないが。
リトがシンに氷魔法で作った氷の塊を布で包んで渡し、身体を冷やすよう言って休ませていた。気休めでしかないが、少しは身体が落ち着くだろう。
「シン、君は存外に体力があるんだね。正直途中で音をあげるかなって思っていたからね。“身体強化”の魔法を使い慣れているのも意外だった」
瑠華は眼鏡を上げながら、感心したようにシンを見る。
「気づいてましたか。子供の頃から家の手伝いで“身体強化”の魔法は使っていたんです。だからこれだけは詠唱無しで使えます。でも流石にここまで強行軍だと疲れました」
シンの言う通り、かなりの強行軍でここまで来た。シンの様子を見つつ進んできたけれど、意外としっかりついてきていたので以前の感覚で進んできた。
恐らく、まだ村を出て一日も経っていないだろう。いや、本当に。
「シン、ダンジョンの攻略がこれが普通だと思うなよ?」
テトが瑠華の身体に寄り添うようにぺたんと体を休めながら、シンに諭すように話しかける。
「そうね、これが普通だと思われたら他の探索者が可哀想だわ。これは主限定よね」
リトがシンの横でお座りしながら、テトに同意した。
「流石にこれが普通とは思いませんよ。ルカさんだから、ですよね?」
シンの言葉に、マリアとムツキがうんうん頷いている。
瑠華はそんな会話を苦笑しつつ聞いていた。瑠華自身、自分が普通ではなく、化け物じみていることは十分自覚している。
ちなみに探索者とは、冒険者の中でもダンジョンの探索、攻略を主に行っている者達のことである。
ダンジョンにしか存在しない魔物、ダンジョンで採れる薬草などダンジョン探索だけでも十分に需要がある。
ダンジョン専用の依頼も多数あるので、冒険者としてもやっていける。
探索者がダンジョンを攻略する際、個人差があるだろうが大体一日に二、三階層ずつになる。
情報がある場合でも、なにがあるか分からない場所なら慎重に事を運ぶのは当然のこと。
情報がない場所なら、一日に一階層なんて普通である。
これが未発見の、しかもSランクダンジョンなら、慎重に慎重をきしてもいいくらいだ。
その為、瑠華達のように一日で十階層以上進むことは、異常と言われてしまうようなことだ。
頭おかしいんじゃないのか?、と言われても言い返せないだろう。
【カイン】はダンジョンに入る際、探索者のように探索や依頼遂行の為などの目的では決して入らなかった。
【カイン】にとってダンジョンとは、あくまで魔物の巣窟という認識でしかない。
ダンジョンは下に行けば行く程、魔物が強力になっていくので、強くなることを求めていた【カイン】はただ下を目指し、強い魔物を求めた。
攻略でさえ、只の副産物でしかなかった。
その認識は今も変わりはしない。
けれど今回はシンの為に、初めてとなる“探索目的”の意味を持ったダンジョン攻略であった。
そのことに、瑠華は小さく笑った。
「さて、そろそろ行こう。ボスを倒したら、ボス部屋を出ない限り安全地帯になるから、今日はそこで休息としよう。そちらの方が気が休めるだろうしね」
全員が頷いて立ち上がる。布をしまい、装備などの確認をしてから、ボスがいる部屋の扉に触れる。
「じゃあ、開けるよ~」
これからボスと戦うというのに、瑠華が全く気負いなく軽い調子で言うのを、他の者は呆れたような苦笑いを浮かべつつ気を引き締めるのであった。
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