09 無慈悲な怒り
クラスメイトが湖に沈むのを静かに見守ったまま、僅かな時間、黙祷を捧げるように目を閉じる。
目を開けて眼鏡を持ち上げながら一つ息を吐き、後ろを振り返る。
そこには痛みと恐怖で、涙と鼻水を流すぐしゃぐしゃの顔をした男達がいた。見れば股間も濡れている。
それに瑠華は不快気に顔をしかめる。
アイテムボックスからロープを取り出しながら近付く。触りたくなかったが仕方なく、二人の足を一方の端で一緒に縛る。そして一度闇の精霊王の気配がする上を見上げ、深く頭を下げる。礼を終え、ロープのもう一方の端を持ち、男達をそのまま引きずりながら来た道を引き返す。
後ろでゴツゴツなにやら音がしているが知ったことではない。死ななければそれでいい。
楽に死なせるわけがない。
二人の男を引きずりながら部屋を出ていく瑠華の姿を、天井近くに浮かびながら闇の精霊王は見つめていた。
その顔は無表情だったが、小さな驚きや細やかな喜びが滲み出ていた。
「そなただったのだな………」
小さく呟かれたその言葉は、瑠華の耳には届かなかった。
瑠華は細い道を辿り、霊山の中腹付近へと出る。
麓まで下る道を進んでいると、途中ゴブリンや芋虫と遭遇するがやはりスルーされたが、少しこちらを、正確には後ろの男達を見ていた。血の匂いはさせてないから興味本意だろうか?
魔物として既に終わっている。
オリウェンヒス霊山の神秘を垣間見て、とりとめないことを考える。こんなことでも考えていなければ、胸中で荒れ狂う怒りと殺意が漏れ出て精霊達を刺激してしまう。
これ以上、精霊達を怒らせないように態々血が出ないようにしているというのに。
後ろでゴッツンゴッツンいっているけど、血は出ていないよ?
漸く麓まで戻ってきた。
後ろを振り返り男達を見れば、目が死にかけ茫然自失している。
流石僕!手加減バッチリだね!
「さて、近くにいればいいが…………」
眼鏡を弄くりつつ、辺りを見回しながら呟く。
探すのは植物の魔物、ラフフンマンイーター。
彼方の世界にあるラフレシアによく似た赤紫色の食人植物。強さ的にはDランクで植物らしく火に弱くて、球根が弱点と分かっているのだが、普段は普通の花に擬態していて区別がつかない。獲物が近づくと本性を表す。その為ランクはCになる。
ちなみに名前に関しては、付けた者に文句を言ってほしい……。
麓に広がる森を少し高い位置から見回す。すると運良く直ぐにラフレシアの花、に擬態したラフフンマンイーターを見つける。
瑠華は【カイン】だった頃から、魔力を感じ見ることが出来た。普通の花にどんなに上手く擬態しても所詮は魔物。魔力を帯びているので、魔力を感知する能力をもっていれば擬態には騙されない。
男達を引きずったままラフフンマンイーターに近づく。あの魔物の領域は直径十メル程。その少し手前で止まって男達を振り返り、恐怖を煽るように目を細めて愉しげに嗤ってやる。
そしてロープを振り投げて魔物の目の前に落とす。するとラフレシアの花の中央が開き、巨大な口が現れる。
ラフフンマンイーターは触手を操って男達を掴み、巨大な口に運びそのまま呑み込む。
男達は助けを求めるように瑠華を見ていたが、彼は無表情に佇むだけ。
ラフフンマンイーターは冬眠する食人植物だ。
冬眠の間の栄養を確保するため、眠る前に獲物を捕まえては球根の中に溜めておく。鮮度を保つため生きたまま。
冒険者達の間では、マンイーター種に呑み込まれても直ぐに球根を切り裂き出せば、命を助けられるとして覚える知識。
けれどこの場合、その知識は真逆の意味を持つ。
直ぐに養分にされればいいが、下手をすれば一、二ヶ月はいつ食われるか分からずに恐怖を抱いたまま生きることになる。
中から魔法を放とうにも、魔法を具現化させる前に魔力を吸収されるだけだろうし。
男達が呑み込まれ、ラフフンマンイーターが普通の花に再び擬態し静かになるまで見続けながら、瑠華は一つの花と一人の女の顔を思い浮かべる。
「あぁ……貴女は本当に“アナリリスの花”そのものだなぁ」
この世界の植物はそのほとんどが薬となるものばかり。葉、花弁、茎、根、花粉や蜜、果ては毒までも調合すれば人を助ける為の薬となる。
けれど中には人に害しか与えない植物がある。その筆頭が“アナリリスの花”である。
アナリリスの花は小ぶりな花で、真ん中は薄い桃色で外側にいくにつれ赤紫に変わる見た目は可愛い、可憐と評される花だ。
しかし見た目とは反対に花から根まで猛毒を含んでいる。花弁は触っただけで皮膚が爛れ激痛が走る。もし間違って粘膜や口から含んでしまったら、体内から毒に侵されて焼け爛れ膿んで腐っていく。三日三晩のたうち回ったあげく死に至る。
残念ながらこの毒に解毒薬はない。少しでも痛みや苦しみを抑えて、安らかな死を迎えさせてあげることしかできない。
昔は暗殺に使われていたらしいが、あまりの凶悪さと生成の難しさのせいで使われなくなったと聞く。
幸いなのは、環境適応能力が低いので限られた場所にしか群生していないということ。今ではほとんど見つけることはない。
その花を【カイン】が実際に見たのは、“死の樹海”と呼ばれる人が立ち入らない密林の奥深く。
人に害しか与えない綺麗で可憐な花、アナリリス。
だから僕は“あの女”の呼び名にした。醜悪で美しい毒婦のようなあの女には相応しい名前だ。
あの女の名など呼びたくもない。
名を呼べば呪い殺せると言われれば即刻呼んでやるが、それ以外は断固として断る。
僕の感性が穢れるどころではない。
そんな女のどこに共感、あるいは惹かれたのか知らないがあの女に関わったことが運の尽き。
尤も、あの女と共にいられたのだから自分の意思で付き従った、いわば同類なのだろう。奴隷や無理やりという風には見えなかったし。
だからどうか苦しんでほしい。
生まれてきたことを後悔しながら死んでくれ。
「僕はお前達の命は背負わない」
男達を殺しても心にはなにも生まれない。“殺した”という事実があるだけだ。
今更なのだ。
既にこの魂は血にまみれているのだから。
けれど、ただ一つだけ、心に燻る思いがある。
“幼馴染み達は今の僕を見たらなにを思い、どんな顔をするか”
考えても仕方ないのかもしれない。けれどやはりそれだけは、どうしても気になってしまう。
あいつらには全てを包み隠さず話すつもりだけれど、嫌われたくはないから。
でも嘘も誤魔化しもしたくはないから。
これが僕だから。
人を殺したら当たり前に心に沸き起こる“罪悪感”もない、既に人間ではないのかもしれない僕だけど。
だけど、これが“僕”だから。
一度オリウェンヒス霊山を振り返り見つめて、その地に眠るクラスメイトを想う。
そして踵を返して歩き出した。
再びの旅へと―――
読んで頂いてありがとうございました。




