07 理不尽な現実
英雄視点です。
オリウェンヒス霊山。
この山は、世界で最も高い山である。標高は、雲に隠れて頂が見えない程高い。
カーウェン鍾乳洞と同じで、精霊が支配する領域となっている。しかも此処にいる精霊は月、闇、地のそれぞれの王。
厳密に言えば支配しているのは月と闇の精霊王で、地の王は世界を渡り巡っているので住んでいるわけではないが、大抵ここにいる。
此処は清浄な気が溢れていて、精霊達にとって居心地が良いからだ。
オリウェンヒス霊山は二つの領域に別れていて、麓から頂までを月が、地下庭園と呼ばれる地下洞窟は闇が支配している。
地下洞窟は、精霊達のように自然界に生きる者達には“地下庭園”と呼ばれ、人間等には“地下楽園”と呼ばれている。
何故、“地下楽園”などと人間は呼んでいるのかというと、自殺の名所として昔から人の間で囁かれているからだった。
霊山の地下の最奥には広い空間が広がっていて、そこは闇の精霊石、通称は黒晶石と月の精霊石、通称は星晶石が壁全体にあって、キラキラと輝き神秘的な空間になっている。
こんな場所なら現世の辛いことを忘れて死ねるかもしれないと伝わって、死を望む者が訪れるようになったとか。
そのせいで元からここに住んでいた闇の精霊達は、自分達の領域を穢す勝手な人間に愛想を尽かし、人間嫌いになってしまったらしい。
オリウェンヒス霊山はカーウェン鍾乳洞より神聖な気に満ちているが、本能すら無さそうなゴブリンと呆れるほどに何処にでもいる芋虫種がやはり存在する。
だがしかし、霊山にいるこの二種は他の地にいる魔物達とは違っている。何故なら月の特殊魔法である、精神系魔法で闘争心極限まで抑え込まれているからだ。
故に、霊山内をうろちょろしてるだけの平和な魔物達である。人間を見ても襲うことはない。流石に攻撃すれば反撃されるだろうけれど、なにもしなければ素通りできる。
………………月の精霊王様は、恐ろしいですね。
「はぁ………やはり空気が違うな。“魔素”がある分、濃い」
空気を思いっきり吸い込み、身体全体でヴェントゥーザの自然を感じる。懐かしさに、思わず嬉しくなる。
それを十分に堪能してから、閉じていた目を開き、目の前に聳え立つ山を見据える。
「おお、懐かしや、オリウェンヒス霊山……ってここ、麓じゃね?なんで…………と思ったが、闇の精霊達を刺激しない為か」
創造神セラフィミリムによって霊山の麓に送られた瑠華は、そう一人ごちてステータス、アイテムボックスの確認を後回しに霊山へと足を踏み入れた。
セラの改造宣言はとてつもなく気になるが、今はこちらの方が優先だ。
自分達をこの世界に落とした召喚魔術が行われてから、それほど時間は経っていない。まだ手掛かりが残っているかもしれない。
流石に用心深いあの女がいるとは、高望みはしないけれど。
地下庭園へ入るには、先ず霊山の中腹付近まで行かなければならない。中腹付近にある細い道、そこからでなくては人は地下庭園へは入れない。
霊山の中を足早に歩いていると、途中何度かゴブリンを見かけたが、此方が見えていないようにスルーされたのでこちらもシカトした。
ゴブリンにスルーされると、地味に傷つくんだよね…………。
霊山の中は肌寒いので、アイテムボックスから厚手の黒のローブを出して羽織り、フードを目深に被る。そういえば上着は静葉に渡したんだ、とふと思い自分の格好を見下ろすと、当然だが学校の制服のままだ。これは登山には向かない。向きようがない。
せめて着替えるべきだったか、と思いもしたが、今更なのでこのまま行こうと歩を進めた。
中腹付近まで辿り着き、人一人がやっと通れるくらいの細い道を進む。少し進んで拓けた道に出た時、違和感を感じ立ち止まる。
―――人の気配がする。
最奥まではまだ距離があるが、明らかに人の気配を感じる。
感覚が鋭くなっている、かな?以前も勇者より感覚は鋭かったけれど、ここまでだったかな…………ここまでだったよね。うん。寧ろ以前はもっと鮮明に分かる程感覚良かったよ。だからセラの改造の効果ではないよ。うん。
とても嬉しくないセラの言葉を思い出し、気分が落ち込むが、眼鏡を直しつつ、頭を振って切り替える。
人の気配はするけれど、あの女ではないだろう。あの女の気配は頭に、心に刻み込まれている。忘れたくても忘れられない気配。胸糞悪くなるが、どうしようもない。
気配を改めて探って、一つ深呼吸をする。やはり用心深いあの女がい、つまでも同じ所に留まっていることはなかったようだ。
気配は一ヶ所に留まったまま、動く様子はない。
気配を見失わないよう、足早に歩きづらい道を進んで行く。
最奥に近づくにつれ、空気中の“魔素”が濃くなっていく。この感じは、なにか大規模な魔法が使われた後に似ている。
やはり、ここで召喚の儀式が行われたに間違いなさそうだった。
最奥の入り口が見え、そのままの勢いで進む。
「な、なんだ⁉貴様は⁉」
「どうしてこんなところに人が⁉」
最奥には、二人の男が居た。二人とも三十代前半くらいで黒いローブを羽織り、身長ほどある杖を持っていた。見た目から魔法使いだろう、間違いなく。二人は人など来ないと思っていたのか、動揺と驚愕を表情に表し、狼狽していた。
けれど瑠華は、二人の男など気にもしていなかった。
「…………どうして…………」
その呟きに二人の男は、訝しげに眉を潜めて顔を見合わせ、先程と同じように問いかけるが、瑠華は視線すら動かさなかった。
瑠華の視線は、二人の男の背後に向けられている。
二人の男の背後には、大きな魔術陣が描かれていた。その中央に人のような塊が二つ転がっていた。
入り口からは遠い。
けれど分かってしまった。
火の魔法で焼かれたのか、ところどころ焼け焦げていて判別は難しい。
それでも分かってしまった。
うつ伏せだから顔は見えないが、この世界では珍しい黒い髪。自分が履いている物と同じ制服のズボン。そしてこの世界にはないデザインの厚手の上着。
その上着を知っている。ほとんど毎日学校に着てきていた、彼等のお気に入りだという上着。
「…………高橋……………中澤……………」
あの時あの教室の中に居たクラスメイトが、地に横たわっていた。
見たくなかった受け入れがたい理不尽な現実が、そこにはあった。
読んで頂いてありがとうございました。




