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紅いドラゴンは垂直に大地から上昇し、僕らが居る高度よりやや低い位置で滞空している。長い首をぐるぐるとねじって、何かを探している。その首が角の生えた頭部を支えてこちらに向けるのと、大きな翼を何度も羽ばたいて向きを変えるのとが同時だった。間違いなく、僕らを認識している。
「来やがったな」
僕は呟いて前に向き直る。城まではあと少しだ。
アイツにはどういう訳か僕らの位置が判るようだが、それは僕に対してでは無いだろう。考えられるのは僕の前に座る可愛い美夜と、背中で気絶している竜の召使いのお姉さん。コレを取り返しに来たと考えるのが、素直な考え方だろ。
問題は距離と時間と速さ。ははぁん、小学生の問題だな。目測でも余裕で1キロ以上、かなりの距離があるし、ブルースのスピードだって「ダテじゃない!」って叫んでいいくらい速いからな。
とは言えど、かなり距離を稼いだはずなのにまだ見えるあの巨体だからな。イヤになるぜ。今からアレを相手にしなきゃいけないんだよなぁ。
どこかであの水を飲まないとな。泉の妖精から貰ったこの世界で最強になれるというアイテム、小瓶に入ってはいるのだが、ただの水にしか見えないそれは、まだズボンのポケットの中にある。すぐに飲んでもいいのか、効果時間がどれくらいあるのか一切不明。貰った時に説明書とか一緒にくれたらいいのにと今更ながら思う。飲んですぐ効かないってなるのが一番怖い。すぐ効くならまだしも、効果出るのに1時間かかりますとか言わないよな。アイテムってゲームだとすぐ効くし使い捨てが定番だけど、一瓶を飲み干して一回分なのか、ニ、三回くらい使えるのかも知りたい。そんな色々な不安ですぐに飲まずに今に至る。取り敢えず、ボスを迎え撃つ為の準備時間はなるべく欲しい。
「急ごう」
僕は呟く。手綱を強く握りしめて決意を新たに前を向く。何のためにこの本の世界に来たのかを改めて思い出した。カッコよく美夜を助け、さらにカッコよくドラゴンを倒し、絵本の表紙を極めてカッコ良く訂正する為だ。
そう、元はと言えば絵本の表紙を、『パン持った騎士』なんかじゃなくて、もっとカッコいい表紙にする為だった。そして、美夜を助けたらご褒美に美夜のファーストキスを貰うのだ!!
それはもう半分くらい達成しているんじゃないだろうか!?もう助けたも同然だからな!くふぅっ
ここまで来たらサッサとお城に彼女たちを降ろして、追いかけて来るドラゴンをサクッとブシャーっとぶった斬って、ち、ちゅー……を……美夜ちゃんの唇ををを、ち、ち、ちちちゅーっと、こう肩に、もう肩にぐいっと手を回したりなんかしちゃったりしてさ!?
行くよ、美夜。……いいのかい?美夜ちゃん、いや、美夜さん!!
あはっあはははは!!
「誠くん」
はい。
「何か解んないけど、私のおしりに何か硬い物が当たってるのです」
……はい?
「誠くんが男の子だっていうのは分かってるし、そりゃあ年頃の男の子が背中に美人のお姉さんを密着させてる訳だから、何も思わないなんて無理なんだろうし……」
美夜は何故か、もじもじと赤面しながら視線を泳がせている。
「わ、私なんかよりスタイル良いし、さぞかし背中から気持ち良い感触がきて、イロイロと変なことを考えちゃうんだろうけど……」
ああ、確かに背中に居る竜の召使いのお姉さんのお胸ががっつりと当たってい…
「いやいやいや、何を言ってらっしゃるのか解らないな!」
「だ、だって!今も私のおしりにぐりぐり押し付けてるじゃないのっ!?」
「しとらん!断じてそんな事はっ!」
「ウソ!だって、す、すっごくか、かかカタくなってるもん!」
「そ、そんなバカな!?」
むしろそんな言葉を言われてしまうと今まさにイロイロと考えちゃうんだけども、別に今は発情してないし、おかしいな、何か当たってるのかしら??
あ、もしかして水瓶か。
「美夜ちゃん、ちょっとごめん」
「はぁ!?こここっこんな所でナニするつもりですかあぁっ!?」
「しないしない!何もしないから!!」
「ウソだー!襲われるー!!」
「ちょっとズボンから出すだけだよ!」
間
「きゃー!!こんなトコで出さないでーっ!もうやだばかばかばかエッチヘンターイ!!」
「ち、ちがう!いったい何を考えてんだよ!」
「わ、わたし初めてなんですけど!」
間
「はい?」
「まだお互いにキスもしてないのにいきなりこんなトコで!?わかってますか?空中ですよっ?トカゲさんの背中の上ですよ!!」
「お、おう……ドラゴンなんだけどな」
「そうです!ドラゴンさんの背中なんですよ私たちは今!!ベッドでもないし、二人きりでもないんですよ!後ろにお姉さんが見てるんですよ!!」
「……寝てるけど」
「寝てればオッケーですか!!」
「あ、いや、今のは対応間違えた」
「オッケーなんですね!びっくりです!かなりのヘンタイさんじゃないですかっ!」
「いや、違うんだ、聞いてくれ」
「私はもっとこうムードのある普通のやつが良いです!ノーマル!ノーマル希望します!!」
どーにもならんな。
もう水瓶取り出して見せた方が早いかな。
「わかった、百聞は一見にしかず、今から見せるから」
「え、ホントに?」
間
「いやちがう!!見せるなー!!ばかー!!エッチぃ!!」
「何だ今の間は!」
「私が対応間違えたし!ばかー!ヘンターイ!」
「もーいいから!だから、よく聞けよく見ろ俺のポケットに入ってるんだよ!コレがっ!!」
言いながらポケットから無理やりにグイと水瓶を掴んで取り出すと、「あっ♡」と小さな吐息と共に美夜の体が一瞬ビクッと電気が走ったように震えた。確かに今、取り出す際に美夜の下半身をグイと押したかもしれない。しかしそれはあくまでも瓶ごしだ。だから未遂だ。不可抗力だ。スゴい弾力だ。
「違う、コレを見よ」
美夜はぎゅうと瞑った目を恐る恐る開いてアイテムを見る。瓶の中には水がちゃぷちゃぷと揺れていた。
僕は安心させてやろうと、美夜の手に水瓶を渡す。
目をぱちくりさせると、さっきまでやや赤面していた顔をみるみる内に真っ赤にして、美夜はしどろもどろに水瓶を右手につまんで、左で指さして言った。
「え?コレ?コレがおしりに当たってたの?」
「その通り」
「うっそ、やだーもう!ナニコレーっっ、ただの水じゃーん!」
「そうそう、ただの水ですよ」
「何だー、もうめっちゃ焦ったのにー!私ったらもう勘違いして、信じらんなーい!」
「あはははっ、俺も気づかなかったし、ズボンのポケットのやつが当たってるなんて思いもしなかったさー」
「やだもー!恥ずかしい!」
美夜は水瓶を持ったまま僕から視線を外し、そのままクルっと前を向いてしまう。赤面している自分に気が付いて、肩を丸くしていた。
そして次の瞬間。
「あーもうビックリしたらノドかわいちゃった!」
キュポン
んぐんぐっ……ごっくん。
「ぷはーっ!」
笑顔満点で振り返るのはいつもの大好きな美夜だった。
……
……
なぜに飲む!?
「あれ?誠くんが変な顔してる」
僕はやっちまった絶望と信じられない事が起きた驚きと怒るに怒れない相手とこれからどうしよう?が入り混じった、それはそれは複雑な表情をしている。
振り向いた美夜の顔が、右手に握られたカラになった水瓶が、僕の脳を一時的に停止させている。
それでも数秒後には、フリーズした脳をなんとか再生させていた。エライぞ自分。
「え、今、飲んだ?」
取り敢えず僕は確認するのが先だったようだ。背中に焦りと冷や汗。
美夜は律儀に水瓶の蓋を元に戻している。
「うん、飲んじゃった♡」
言うとハッと何かに気付いたように眉根をちょっと寄せた。
「ダメだった?」
「あ、えーと、そのー、いやまさか、飲むとは、思わなくて」
まだ若干フリーズしてるな、僕の脳が。エラーが起きたパソコンって言うよりは、電波が届きにくい携帯型端末のようだ。
「ただの水なんでしょ?さっき言ったよね?」
あー、はい。言った。言いましたね、確か。
うわぁ、でもまさか……
「確かに言いましたね、僕が言った。はい、言いました」
もう事実を肯定しているだけの自分が情けない。
やばい、どうしよう。
一番の重要アイテムを失った。
「ただの水って言いました!!」
「うわっ、びっくりした」
絶叫とも取れる叫びが出た。美夜はそれにビクっとした。
「あ、ごめんね、勝手に飲んじゃって。誠くんも喉乾いてたでしょ?」
おお、僕を心配してくれている。
もっとして。
今かなり大変な状況になったばかりだからもっと心配して。
「めっちゃ少ないね。コレだけ?」
おお、状況にムチ打つご無体なお言葉。
栄養ドリンク並みの容量だからな。病院で出る薬か、処方箋とかともう同じだよね。うん、役割からして薬と同じようなもんだからね。ちょっと特殊能力を主人公に付与するだけ!の水ってだけ!ですものね。
ああ、どうしやう。やうやうやう。
「そうね、それだけだよね」
僕はもっとくれとさらに続けて言いたい。
「あ、やっぱりお水これしか無いんだ。ごめんなさい」
謝ってくる美夜がちょっと不安な顔をしたので、僕の脳は瞬間、回復をみせた。
僕がしっかりしなくてはならない。そうだ、美夜を守るのは自分しか居ない。
落ち込んでも仕方ない。
やってしまった事は仕方ない。
「いいよ、美夜ちゃんの方こそ大丈夫?何ともない?」
「うん、平気だよ」
思わず美夜の頭をぐりぐり撫で回したくなった。
ちくしょう。可愛いじゃねぇか。
「無しで行く」
僕は言った。
これは決意だ。
ちょっと重要アイテムが一個無くなっただけじゃないか。まだ自分にはドラゴンを斬れそうな剣が一本あるし、あとはえーっと、ダイナマイトと……騎竜のブルースが居る。
……
……
え、これだけ?
考えるな!!
大丈夫だ!
いやむしろ考えろ!!
めっちゃ考えろ!!
眼下に迫ってくるお城と、城下町に向かってブルースの翼が舞う。
後方にはヤツの姿が迫って来ていた。




