22
いやぁ、快適な旅だなぁ。
スカイブルーが広がる空の中、風を切って飛びながら僕は微笑んでいた。
はるかに見下ろす絵本の世界に、現実の世界を重ねながら、見紛うことなく広がる地上はどこまでも自然に溢れ、緑の波打つ森林が丸い大きな湖を取り囲む。背後に見えていた畔りにそびえる白いお城が小さくなるにつれて、何処となく胸に小さく湧いてくるのは淋しさなのだろうか。それとも騎竜に名前を付けて上手く騙し取っ……いやいや、快く譲ってくれたいやいやいや、貸し出してくれた騎士のオッサンに対する感謝からくる心苦しさなのかもしれない。きっとそうだろう。
お城でワッシーやセバスチャンに見送られ、騎竜に乗って飛び立った僕は、大きな湖の上流を目指していた。
眼下に広がる泉には、山から一本の川が流れ込んでいて、森の奥、険しい山に向かって伸びている。この国にはお城がひとつしかなく、さらに湖もひとつしかなく、源流になる川もひとつだ。
分かりやすい地形に疑問を抱く暇はないので、必要な情報から予測出来る最短の行動を僕は起こしたわけだ。
取り敢えず、僕が本来の物語であるはずの道筋をぶっ飛ばしてラチル将軍を吹き飛ばした事は心残りだった。ラチルに対する弁明や謝罪、同情といった感情は持ち合わせていないが、本来会うはずだった重要キャラには申し訳ないと思っている。僕がちゃんとしていれば、僕のために有利になるはずのアイテムや武器なんかをくれたはずだったのに。きっとくれたはずだったのに。おっと、二回言ってしまった。
とにかく、やり直す事も含めてそれらを回収して回ろうと思ったんだ。必要なアイテムや無視出来るアイテムを判別する事は出来ないけれど、あの大きなドラゴンを見てから勇気と素手だけで立ち向かうってのは流石に遠慮したい。何度だって言うが、使えるモノは使う。いやさ使いたいんだ。勝率を上げるために。
大きな湖からさらに川に沿って山に向かって飛ぶと、森の一部が開けて小さな泉が見えた。学校のプールが二つくらい並んだ大きさで、泉の真ん中に浮島がある。
騎竜に叫ぶ。
「ブルース!あそこに降りるぞ!」
僕の声に反応して首を下げた騎竜のブルースは、フワリと泉の手前に降下して翼を閉じる。背中から僕が下りると、従順な騎竜はおとなしく待つ姿勢を示した。
ぐるりと見渡して、敵らしき生物がいない事を確認する。泉の中央にある小島には何もないが、そこに向かって岸から小さな橋が架かっている。丁寧に木で作られた、年季の伺える小橋に臆する事なく突き進み、泉の中央へ。
中央部分の浮島はゴルフのグリーンのごとく芝生が整えられており、地面に四角い石盤が埋め込まれていた。
『泉の精霊のほこら』
彫り込まれた文字は日本語で、丁寧にそう書かれている。
ほこらじゃないと思う。
……とりあえず、呼んでみる。
「すみませーん!泉の精霊さんいますかー!?」
一階から二階に居るお母さんを呼ぶような音量で僕が叫ぶと、その場の空気が一変した。木々がざわめきを停止し、空が薄暗くなる。いや、自分の周りが空よりも明るいのか。周囲から青白い光が立ち上る。泉の水、その全てが光り輝いているのだ。
光る水面は明滅を繰り返し、一瞬ひときわ大きく光を放つと、水面の一部が盛り上がり、ぐいと伸び上がる水龍のように動き、足元にある石盤の上に向かってアーチを描いてその水柱を叩きつけた。
わずかな水しぶきを浴びて飛散する水柱を見やると、水柱の中から幼稚園児が現れた。
いや、身長が低いからそう見えるんだが、銀色の身体に長く青い髪、楕円形で丸く青い吊りあがった両目、水晶のような銀鱗を散りばめた全身は、もう、何て言うか、
……
……
……宇宙人?
グレイですやん?
これ、宇宙人ですやん?
髪の生えたグレイですやん?
泉の精霊とか言うて、もうなんだか得体の知れない宇宙人もどきが現れたわけですなぁ。
まじかー。
凄いな。精霊ってもっとこう……人型に寄せて欲しかったのはもちろんそれでいいんだが、可愛さってもんをこう……
「何か用?」
うわ、グレイがしゃべった。
ビビった。
ちょっと引いてしまっていた僕の目の前で、宇宙人もとい泉の精霊は威圧的な態度で腕組みしながらもう一度「何か用?」を繰り返した。
僕が無表情でひとつ頭をポリポリかくと、宇宙人はイラついたようにまたしゃべった。
「リアクションが薄い。この前来た兄ちゃんのが良かった」
不意打ちのダメ出しに顔が引きつる。
「えぇー、そんな事言われても……」
僕が思わず呟くとそれを拾う宇宙人。
「そんな事、じゃないのよ。こっちだって毎回毎回呼び出されてるんだからもう楽しみの一つなのよ。それなりに色々考えて登場してあげてるんだからもっとちゃんとリアクションしてくれないとこっちもヤル気出ないでしょ」
いや、そうかもしれないけどね。ていうかどうしてそんな上から目線なの?
「初めて会ったばかりで何故だかわからないんですけど、どうもご機嫌ナナメでいらっしゃいません?」
僕が尋ねると宇宙人は見上げる目線をグイグイと押し上げて僕に詰め寄る。
「この私が出てきて驚きもしなけりゃ、喜びもしない」
「いや、結構びっくりしてましたよ」
「水が光ってグワーッてなってバチーン!ってなっても平然としてたじゃない!」
「ああ、まぁそれは……」
「アンタがしたリアクションってコレよコレ!……う、水しぶきが……」
めっちゃイヤそうに顔に手をかざしている姿は先ほどの僕のマネらしい。
「もっとこう、うわーっ光ってるー!とかぎゃー水が水がー!とか、うわーっ精霊さまチョーかわいいー!!とかないわけ!?」
「え?泉の精霊さんは女の子?」
「精霊に男も女もないわよ!!当たり前でしょ!ムカツくわねー!名前は何なの!?アンタ名乗りなさい!」
「あ、マコトです」
「……」
何故か絶句する泉の精霊。
口をパクパクしながら僕をゆっくりと指差した。
「あ、あ、アンタがあのマコト!?あのクソッタレ英雄気取りの!!」
「ちょっと、それヒドクないっすか?」
「ザケンナー!!どっちが酷いんだよ!こっちは泉でずーっと待ってるんだよ!アンタがこの世界に一歩足を踏み入れてからこちとらずーっっっとアンタが来るのをスタンバイしてんだよ!!」
……うわ、めっちゃ怒られてる。
「それがドン無視してラチルだっけ?ドラゴンライダーだかサイダーだか何だか知らないけどサッサと一人で倒してハイさよーならーって、ふざけんじゃないわよ!」
「あー、まぁ、はい、すいません」
「反省してない。ぜんっぜん反省してない!アンタ帰れ。さっさと帰れ!」
「ちょ、そんなせっかく来たのに、そんなぁ……」
「せっかく来ただぁ?アンタちゃんと来てないじゃない!ドラゴン乗ってズルしまくってんじゃない!」
「いや、ズルはしてないっすよ」
「し……して、……してるじゃないの!あそこに居る青いドラゴン何なのよ!?めっちゃ見えてるし。丸見えで……ほら!アクビまでしてんじゃないの!アレは何なのさ!!」
「あれは……ブルースです」
「は?」
「仲間の、ブルースです」
「はぁ?」
「ズルじゃあない」
「は、ははは、あはははは!!面白すぎて思わず笑っちゃうわ!この後に及んで開き直りましたか!他の勇者たちはね!この森をここまではるばる歩いて来るの!頭がいい奴もたまに居るけど馬に乗るくらいのもんよ!」
「ちょ、目が全然笑ってないじゃないですか」
「それをアンタはドラゴン使ってひとっ飛びで来たあげく手土産もなしにいきなり呼び出しといてリアクションも無し」
「あー、だからすいません」
「いい、もーいい。帰って。とっとと帰って」
「ええ~、一方的じゃないっスか。こっちも言わせてもらうとですね……」
「聞かない」
「……言わせてもらうと!こうしてはるばる来たのはですね、やっぱり前回?来た時に待ちぼうけを食わせたのは悪かったなぁーって思って」
「知らない」
「せっかく僕なんかのために?そのー、必要なアイテム?アイテムか何かはわかりませんが、用意してもらってたわけじゃないスか」
「そうよ。アンタは無視したのよ。それをアンタは無視したの!」
「だからそれはすいません。すいませんって。こうして頭を下げに来たわけじゃないっスか。リアクションはね、ほら、ビックリし過ぎたというか、固まってしまう驚き方のバージョンもあるじゃないですか?」
「……」
「そう、人間ってマジでびびると何も言えねーって、固まっちゃうもんじゃないですか。いきなりほら、こんなにカワイイ精霊さんが飛び出して来たんですよ?ビックリしないわけないじゃないですか」
「……そーいう風には見えなかった」
「いや、マジで。かーなーりビビりましたって!ほらこんなに広い泉の水がビカビカー!って水がぐわーって!」
「……」
「そしたら水が!精霊さまが?ちょーカワイイっ!!カワイイっさらに、え!?ハダカなのっ!?」
「ハダカじゃないわよ!」
「ですよね!ですよねー!?精霊さんだから性別とか無いですもんね!ほら、見た目が女の子っぽいから、もう僕はてっきり全裸とカン違いしちゃって……」
「だからぁっハダカじゃないんだってば!」
「……もうビックリしすぎてどこ見ていいか分かんないし、いや見ちゃう見ちゃうって自分で顔をこう、手で隠して?」
「う、うそっ、じゃあさ、じゃあビックリした?」
「だからめっちゃビックリしましたって!」
「本当に?」
「ホントに」
「ホントにホント?」
「ホントにホント」
「……じゃあ……仕方ないか……許す」
「ありがとうございます!」
「そんなんだったら最初から言ってくれたらいいのに……」
「あ、……じゃあ僕はこれで帰ります」
「え?帰っちゃうの?」
「いや、さっき帰れって言われたし」
「それはもういいわよ。別にもう帰んなくたって……」
「いやぁ、僕も急いでるんで、謝りたかっただけだし……ドラゴンにさらわれた連れを助けに行かないとダメなんで」
「あ、ああ、じゃあちょっと待って。コレを持って行って」
言うと泉の精霊は虚空に両手をかざした。すると指先が光を放ち、青い光の中からガラスのような透明感のある一本の瓶を取り出す。小さな瓶には液体が満ちており、それを手にした精霊は僕に向かって差し出しながら言った。
「これを持って行って。本当なら泉の地下にあるダンジョンに挑戦してもらって、そこで簡単なモンスターを倒してからあげるんだけど、あなたの場合イロイロと面倒だからそれはもういいわ。あげるから飲んで」
「え、いいんですか」
「いいわ。アンタは特別。なんかもう笑っちゃうくらいスペシャルだからいい」
「これは何です?」
「アイテムの一つで【覚醒の聖水】っていうんだけど、飲むと貴方の力とスピードが上がるわ。本当ならこれを飲んでから、一つ目巨人のサイクロプスの所に行って貰うんだけど、あのデカブツを倒してもダッサイ靴と兜と盾を貰えるだけだから無視しちゃっていいわ。どうせ言葉なんて分からないし」
「防具って、魅力的なんですが……」
「ムダムダ。この聖水と山奥の鍛治屋が作る聖剣だけあればこの世界最強になるから。あとは自分で考えて上手くやれば何とかなるんだから無視しちゃっていいのよ」
「はぁ、そうなんですか。わかりました。ありがとうございます。コレいただきます」
「どうぞ。気をつけてね。何に気をつけるか分からないけど」
「でっかいドラゴン倒すんです」
「ああ、【始まりの竜】ね。懐かしい響きだわねー」
「知ってるんですか?」
「そりゃあ、始まりの竜と私……あと鍛冶屋は最初の世界の頃から居る古株だからね」
「この世界が変わる前から居るって事ですか?」
「そういう事。サイクロプスやラチルだっけ?あいつらは最近の新参者よ」
「……詳しいんですね」
「この世界の事を見渡せる者は三人って言ったら怒られるのかな?まぁいいや。私の場合、泉の水が魔法の目になって、何処に誰が居て、何が産まれたとか何でも見れるのよ。まぁ半分は暇つぶしだけどね」
「じゃあその、聖剣をくれる鍛冶屋さんは何処に住んでるんです?」
「ああ、あっちの山よ。あそこに一本だけ高い木が見えるでしょ。そこに家があるわ」
言うと泉の精霊は山の一角を指差した。ここからさほど遠くはない。高い木というのは杉の木によく似ている。森からあからさまに一本だけ突き出している。なるほど、歩いてでも行けるなぁ。親切な距離だわ。
「じゃあ行ってみます」
「うん、気をつけて。ちゃんと聖水飲みなさいね」
「はい、ありがとうございましたー」
「じゃあねー」
僕は走って泉の精霊に手を振り、騎竜の待つ岸へ急ぐ。ブルースの背中に飛び乗ると、騎竜は甲高い鳴き声を残して青い空へと羽ばたいた。
僕には、この世界が見えてきた。




