21 (改訂、追記済12月16日)
長い廻廊を走っていた。
お城の中に張り巡らされた石壁の通路は時折、大理石を混ぜ込みながら装飾とも取れる市松模様を白黒させながらぐんぐんと足下を伸びている。
その上を軽快に走る僕の足音がカツカツ響き渡りながら、置き去りにしたジャーマハルの声を廻廊に差し込む高い陽射しに紛れるように小さくする。
「コラ!年寄りに無理をさせるんじゃないよ!」
僕は振り向きながら声の主である魔術師に叫び返す。
「だったらもう無理するなって!バァさんは部屋でゆっくりしたら!?」
僕は急いでいたので構わずに尚も駆ける。すぐ後ろにはセバスチャンとワッシーが息を弾ませ、ジャーマハルは最後尾だ。今、そのバァさんの足が止まった。
「そうさせて、もらうわい」
息を切らせて呟きに似た愚痴をこぼしたようだ。
「私もそろそろ限界にございます!」
初老のセバスチャンが言って立ち止まる。ワッシーはそれを見て心配そうに足を止め、大丈夫かと肩に手を差し伸べる。
「じゃあ先に行く!あっちでいいんだよね!?」
僕の叫びにセバスチャンが応える。
「次を右に!すぐ左の青い扉です!」
僕は通路を駆け抜けて突き当たりのT字路を右に走る。
左手に見えてきた濃い青色をした頑丈そうな木の扉を見つけると急停止してドアを叩く。
ドンドンドン!
内側からの声を待たずにガバッとドアノブを引いて頑丈な高級感のある重い木の扉を開ける。
部屋の中に顔を突っ込むと、色鮮やかなグリーンの絨毯と黒い革張りのソファーが幾つか見える。風通しが良く、空気が澄んでいる。
「どちら様で?何やらお急ぎのようですが?」
左奥に並んだ本棚、その前で、中年の男が振り返る。背後に広い窓から差し込む光はお昼の高い陽射しを肩に投げかける。黒いズボンに水色のシャツ、襟首から何枚もレースみたいなびらびらした布をかけて足元まで垂らしている。
一見邪魔そうな服だが、一応それが制服なんだってさ。パリコレか学園祭のファッションショーでモデルが着そうな落ちつきのない見た目の服とは対象的に、落ちつきのある太い声と視線で僕を見る。
黒い顎髭が立派で、ギョロっとした大きな目玉が僕に向くと、僕は部屋の中に体を滑り込ませながらその男に言った。
「僕はマコト。貴方が……その、竜騎士のどっちかひとり?」
僕はしっくりこない疑問系な尋ね方になったが、この世界では名前が無いという存在の方が多い。
そういう存在が居たとしても、物語のストーリーで主人公と絡まない奴には名前が無いんだから仕方ない。
中年のおじさまは答えた。
「いかにも、私が『竜騎士の左の人』です」
……
……
……ほらみろ。
まともな名前が無いから役名や話しの役割がそのまま名前って事になってる。
いいかげんこのシステムやめてくれませんか?
もとい。
この世界には三人の竜騎士が居ると言う。その内の一人が『ラチル将軍』だ。僕が倒した悪代官。
じゃああとの二人は?というと、これは主人公とは絡まない、会うことも無いであろう存在。まあ話しの流れとして思いつく限り、そうだろうなぁって……思ったのはカンなんだけど、ジャーマハルの言う事を考えるとそのシステムから名前の無い奴には絡む必要無いって事だろ。確かお城に来た時に、ワッシーが言ってたのは竜騎士が三人居るって事。ジャーマハルに改めて聞いてみたんだけど、ラチル以外の二人には名前が無いんだよ。
竜の騎士団を取りまとめる将軍がラチルで、その副官に当たる人が二人居て、その二人がそれぞれ竜騎士の称号と、騎乗用のドラゴンを所有している。
でも名前は無いし、普段は部屋で過ごしているか、竜の世話、あとは剣の稽古らしい。戦争無い世界だからねぇ。ヒマなんだろうねぇ。一応、戦闘時に隊列を組むらしいんだが、将軍が真ん中に居るとしたら、左手側に立つのがこの中年のオッサン。だけど名前はなくて、呼び方は『竜騎士の左の人』というわけだ。
ワッシーが言っていた事を覚えていたのはちょっとした疑問があったからだ。
ラチルに追いかけられた時に、ラチルは三人居る竜騎士の一人だとワッシーは言っていた。三人も居るのかよってのはちょっと気になるツッコミたくなる情報だろ。もしもラチルから逃げられたとしても、あと二人居るんだから。だからお城に来たついでに確認しておきたかった。
敵か味方か解らないのもイヤだし、利用出来るならしたい。
セバスチャンに聞くとすぐに残りの二人について教えてくれた。その内の一人の部屋が、さっきまで居た礼拝堂の近くだったから走って来てみて今に至る。
しかしながら、随分とオッさんだ。
いや、まあ失礼だが。もっと若いのを想像してたんだよ。ラチルが若い感じだったからさ。
ラチルが将軍で親玉なんだからその部下って……オッさんなのか。そうか。大変だったんだろうな。いきなり老けたわけじゃないだろうけど。
とにかく黒ヒゲの中年を見た感じ、敵ではなさそうですね。
ラチルを倒した時にワッシーが喜んでたけど、嫌われてたらしいからな。この人だって目の上のたんこぶを取ってあげたんだから敵にはならんだろう。
僕が考えていると、竜騎士の左の人が口を開いた。
「貴方さまがあの英雄マコト様でいらっしゃいましたか。これは失礼を致しました」
言うとその場に片ひざをついて、僕に向かって頭を下げた。
僕は慌てて返す。
「いや、そんなに畏まらないで下さい。突然押しかけて、僕の方こそ失礼しました。どうか普通にして下さい。さっきみたく立ち話でかまいません」
言うと竜騎士の左の人はゆったりとした動作で立ち上がる。少しの仕草にも気品みたいなのがあって、中々の男前に見えてきた。
ちょっとした俳優さんなら良いキャストに入れたいくらいだ。何でこれがチョイ役にすらなってないんだろうか。
「それでマコト様が私に何か御用でしょうか?何かお急ぎのようでしたが?」
中年騎士の疑問に僕は答える。
実は、出来るなら頼みごとをしたかったんだよね。使えそうなら使いたいのだよ、何でも。容赦なく。
「実はですね、私は急いで美夜を……ドラゴンに連れ去られた女の子を迎えに行きたいんです」
僕が言うと竜騎士はポンと両手を鳴らした。
「ああ、噂には聞いています。何やら大きなドラゴンに恋人が連れ去られたとか?」
「いや、その、まだ恋人ってわけじゃ……ゴニョゴニョ」
照れる僕。
「は?声が聞こえ……」
「それでですね、貴方の乗ってるドラゴンを借りたいんですけど、出来ますか?」
「……はぁ?」
「チョイっとだけ、お借りしてみたいんですけど、良いですか?」
「私の騎竜を?ですか?」
「そうです」
ってゆーか、貸せ。
って言いたい。けども年上だから丁寧に頼んでみる僕は口元が笑ってない事は自覚している。
対する竜騎士のおじさんは余程びっくりしたのか、口をポカンと開けて僕を見つめていた。
☆ ☆ ☆
騎竜、それは王国内では三頭しか居ない貴重な軍事戦力。背中に騎士を乗せて戦場を切り裂く王国最強のドラゴン。広げた翼は最大で10Mに達し、鼻先から尾までは12~15Mにもなる。
ドラゴンにも幾つか特徴や種別があり、特に角が短く、翼が大きい種を飛竜=ワイバーンと呼ぶ。ドラゴン種の中で特にスピードが有り、飛ぶ事に長けている事と、乗りやすい身体のサイズから騎乗用に研究がされて来た。
竜騎士たちは、毎日の寝食から訓練、あらゆる世話をして騎竜を手懐ける。僕が訪ねた「竜騎士の左の人」もやはり長い年月をかけてドラゴンとの親睦を深め、訓練をしてやっと騎乗出来るようになったのだと言う。
そんな事はまあ想定内です。
時間をかけて説明していただいたところで現状、何か変わるわけでもないし、とりあえず騎竜を見せてもらう為に、僕と竜騎士の左の人、そしてワッシーとセバスチャンが王宮の中庭の一角に集まった。
王宮からさほど離れていない場所に、バラが咲き乱れる謎のお花畑が存在していたのは、王様の娘さんの趣味らしい。
バラ園の手入れは行き届いており、むせかえるような花の香りが素晴らしいものだったが、今の僕たちにはそれに興味なんか無いのだ。
僕たちをそこに待たせて、竜騎士の左の人は「騎竜を連れてくる」と言ってどこへやら消えていった。
ラチルも竜に乗るために王宮に入って行ったから、この奥にドラゴンが飼育?されているようだ。
赤や紫のバラ園に早急に興味が無くなり、王様の娘さんが本当に可愛いのかどうかに興味が移り始めた頃、僕とワッシー、少し離れた位置でセバスチャン、その目の前に影が舞う。
中庭から見える空に、旋回しながら降りてくるのは青いワイバーン。背中には間違いなく竜騎士の左の人が乗っている。
優雅に弧を描いて滑空する姿はなかなかにカッコいいもので、いやぁ、早く僕も乗りたいと思わされた。
僕たちが見守る中、中庭の中央に少し広いスペースに静かに着地する騎竜。その大きな翼を畳んで静かに座り、その背中から竜騎士のおっさんが降りてくる。
僕が近寄るとワッシーとセバスチャンは恐ろしい、危ない、危険だとか繰り返して柱の影に隠れてしまった。
危ないって言われてもな、コレは乗るためのモノだぜ?
「お待たせ致しました。マコト様、これが私の騎竜でございます」
左のオッサンが僕に言う。
少し心配しているような目は、僕の目と視線が交わるにつれて好機の目に変わっていくように見えた。
僕は、このドラゴンは怖くない。
ちょっと大きな馬くらいにしか思っていない。
ラチルのドラゴンは炎を吐いたし、殺すつもりで飛んで来たから、そりゃあ怖いと思ったけど。
僕が近寄ると、青い騎竜は僕に向かって頭を向け、一つ、
「グウウ」
と唸った。首の奥を鳴らせた感じで、黒い目を細めて僕を見る。
「待て、大人しくしろ、大丈夫だ」
竜騎士のおっさんがドラゴンの首を撫でて言った。なだめているという事は、このドラゴンに僕は警戒されたという事になるな。
僕は近寄る足を止め、その場で背筋を伸ばす。ただ立ち尽くすわけじゃ無い、これが僕だと見せ、オマエなんか怖く無いぞと目で訴える。
だが、その眼力が裏目に出たのか、増す増す唸りを強くするドラゴン。竜騎士のおっさんは冷や汗をかいて僕に言った。
「やはりこのような状態のままではマコト様にお貸しする事、出来かねますな。この私も三年もかけて乗れるようになりました。ですが、未だに手に余る時も御座いますから」
何だかやんわりと断られている。
「貴方に操作をしてもらって、一緒に二人乗りとか出来ません?」
「いやぁ~、それも難しいでしょうな。何より他の者が近くに寄るだけでも危険ですから、前例が無いので断言は出来ませんが……今もご覧の通り、マコト様が近くに寄るだけでこの様子ですし……」
おいおい、それはないだろう。許さんぞ。せっかくいいモノ持ってるのに使えないのかよ。
でも乗りたい。乗ってみたいんだよ、裏ワザを使おうがどんなキタナイマネをしようがな!!
そして僕の目がキラリと光る。
そう、何となく無理な気がしていたのは確かだ。しかしそれを可能性がある事象に当てはめて実験していく事も必要だ。それは可能性を広げる為に、いやさ、人間の英知のために!理論値というものは指を咥えて見ているだけでは検証出来ないのだから!!
「このドラゴンは名前付いてますか!?」
「いいえ。強いて言えば、私は『騎竜』と呼んでおります」
「なるほど。じゃあ今からこのドラゴンは『ブルース』と呼ぶ事にします!」
「は?」
「この子は今からブルースになりました!!」
「……はあ?」
「おい!ブルース!」
『グウウオォォン!』
「よろしくな!オレはマコト!!」
『オォォン!』
「気に入ったか?よーしよし、どうどうどう」
『オォォン!オォォン!』
舌の根も乾かない内にとはこの事。
長い首をもたげ、僕に向かってドラゴンの方から近寄って来るとその首をスリスリしようとしてくる。突然友好的に懐いて来たブルードラゴンのブルースは単純なのか畜生なのかは置いておいて、なかなか話しの分かる奴のようだ。僕は非常に気に入ったよ。
それよりポツンと置き去りのようになってるのは竜騎士のおっさん。また口をポカンと開けて僕とブルースを見ている。
おっさんには悪いが、可能性を考慮した上で試験的に言ってみたまでだ!
決してこうも上手くアッサリと落ちるとは思ってもみなかった!
おっさんゴメン!
ドラゴンに乗れるようになるまで何年だっけ!?
僕はどうやら1日とかからないと思われます!
このままで行くと数分後には乗れちゃってるかもしれません!
でも悪く思わないでください!
全てはこの世界のシステムのせいなのだから!!
そして、呆れるワッシーと微笑んでいるセバスチャンに見守られて、僕はブルードラゴンの背中に乗って、しばし空中散歩を楽しんだ。
もう一人の竜騎士が何だか燃え尽きたように立ち尽くしたまま動かなくなったのは、あえて触れないでそっとしておくことにした。
ジャーマハルの婆さんにバレるのは時間の問題だろうから、なるべく早く出発してしまう事にする。
そう、怒られる前に逃げるのだ。




