20
僕を捕まえたジャーマハルはピシピシと細い腕で僕の頭を小突き、孫を諭すように叱咤する。口から出てくる言葉がやたらと早口で、バカモノとマッタクモウしか聞き取れなかったが、つまりこういう事?
出会ってすぐにワッシーに名前を付けたから、ワッシーの役割が変わってしまった。
本来の馬車のおじさんの役目は、僕たち二人をお城まで乗せて行く事。
それだけで出番は終了だった。
ところが名前を付けられて、僕達にとって重要なキャラとして変化したワッシーは、僕たちに役立つような行動をするようになる。
特に思い出すのはラチルに追い掛けられた時だ。逃げるために僕と美夜を馬車に乗せてくれて、猛スピードで走ってくれた。
それは本来ならばありえない行動だったという事。
ラチルに出会った時、僕はラチルにあの剣でやられていたら美夜は奪われていただろう。合言葉という裏ワザがあったから、その場ではラチルに勝てた訳だけど、それだって本来ならありえない。
運良く勝てた後、ラチルは激怒してドラゴンに乗る。これはもしラチルが負けてもあのドラゴンライダーに成られたらこちらに勝ち目は無いよな。逃げる事も出来ないはずだ。しかし僕たちはワッシーという味方のおかげでその場から離れ、逃げる事になる。
そしてあの城壁。
城壁に登る事は僕が思い付いた事だけど、それ以前に城から逃げて城壁まで移動するにはワッシーが居ないとありえなかったのだから、これも本来なら……
まぁ、なんて言うか、色々な偶然が重なって僕は生きていたんだなぁ、うん。
まぁ、名前を付けちゃいけないなんて知らなかったし、悪気があってやった訳じゃないし。ここはまぁ、大人なんだからひとつ大目に見てもらうという事で。
「アンタ、自分の都合のいいように解釈しているんじゃなかろうね」
僕の心を読んできたジャーマハルの言葉には聞こえないフリを返してみた。
「それで、おばあさん。あのドラゴンは一体何なのですか?」
「急に真面目な顔したってダメだよ。とにかく、金輪際変な名前を勝手に付けるのはやめとくれ」
ちっ、クギ刺して来たか。抜かりないバアさんだな。
「わかったよ、もうやらないと誓う。だからドラゴン、あのデカイやつ!名前が無いんじゃなくて、みんなが忘れてるあのドラゴンなあに?」
僕がそう言うと、ジャーマハルは少し感心する。
「ほう、みんなが忘れてるドラゴンと言ったかえ。よく気付いたね」
「あんなデカイ奴を忘れてしまう事のがビックリですけどね」
「それは仕方の無い話さ。表舞台に出て来ないヤツは忘れ去られる宿命なのさ」
「て事は、つまり以前は表舞台だったんだね」
僕が言うとジャーマハルが頷く。
隣で大人しく聞いているワッシーは、セバスチャンさんから新しいお茶を貰っている。呑気なもんだ。
ジャーマハルが言う。
「以前にもこの世界には革新とも言うべき大いなる変化が起きた。一人のリアリストが迷い込んだせいだとも言われている。それは世界の変革さ。それまであった世界が大きなうねりに取り込まれて作り変えられちまった。有るべきモノは残り、またあるモノは表舞台から姿を消した。人々は存在を忘れ、自分の事すら見失う者も居た」
「ジャーマハルさんはイロイロと覚えてるみたいだけど?」
「いいや、私だって分からない事もある。忘れてしまった事はどうしようも無いからね。ただ、仕事がらお城で色々な人に会って相談事や調べものをしている内に、聞いた事がない事や、不思議な事が目や耳に入って来る。兵士や町医者にも分から無い不思議な事があれば全て私が調べる事になる。私はそれを研究して、本に書き写す。それが仕事だからね」
へぇー、魔術師って勘違いしてたけど、この世の不思議な事を研究するのが仕事なんだなぁ。
この世の謎に一番近い場所に居るから、余計に周囲からはキミ悪く思われてるんだろうな。
勝手に想像してジャーマハルに少し同情しながら話を聞く。その話はやがて核心に迫って行くようだった。
「古い書物に記されたモノを読み解くと、あのドラゴンはかつて表舞台では『始まりの竜』と呼ばれていたはずだ。そして今は名前を失い、ただの竜になっちまった。でもね、ある街の商人から聞いたんだが『セラームのドラゴン』または『セイラムのドラゴン』という名前を最近になって聞く事があった。それがどんなドラゴンの事なのかは分から無かった。その名を知っているのも街の商人で四人だけ、そして肝心のそれらしいドラゴンは全く姿を見せないからね」
「それがあのドラゴンじゃないかと?」
ワッシーの言葉にジャーマハルはただ目を閉じる。
「この世界の表舞台から姿を消したとはいえ、『始まりの竜』はどこかに居るんじゃ。それを偶然に見た者が勝手に名前を付けて『セラームのドラゴン』や『セイラムのドラゴン』、正確な発音が分からぬが、そう呼んでいるのじゃろうと、私は考えている。ただ、この世界で何かに名前を付けるなんて事を考えるのは外から来たお前さんみたいな『旅人』くらいなものさ。まぁ、これもさっきのマコトの仕業を聞いて、今やっとそう考えてみた、というのが本音さ」
うう、まだ名前の事をぐちぐちと言ってくる。これだから年寄りは。
「セイラム……セラームねぇ」
僕がつぶやくとジャーマハルは片目を開けてジロリと僕を見た。
「マコト、何か心当たりがあるのかい?」
静かにも鋭い口調だ。何か新しい情報が無いかとこのバアさんは期待しているらしい。僕が付けたわけじゃないぞ。
「僕がそれを聞いて思い付くのは、昔マンガで見たセーラー服着て闘う女の子……まぁこれは関係無いか。もうひとつ、それっぽいのが……『セラフィム』じゃないかな」
「ほぅ、セラフィムとな」
「天使の呼び名だ『セラフィム』は熾天使、全身が炎に包まれた最上位天使の事だ。『燃え盛る者』という意味もある。あのドラゴン、きっと炎吐いたりするんだろ」
僕の言葉にみんなが感心して声を上げる。
「ほう、『セラフィム』か。可能性はあるね。覚えておこうかね」
ジャーマハルはニヤリと微笑む。
「失礼ながらマコト様、ひとつ思い出した事が……」
口を開いたのはセバスチャンだった。
「何だって?お前が?」
ジャーマハルが驚いている。
「あ、はい。天使とお聞きしまして、関係が有るかどうか分かりませんが、この城に天使と名前の付くゆかりの物が保管されているのです」
僕とワッシーは素直に驚いた。
「それは面白そうですね」
「へぇー、さすがはお城だなぁ。街にずっと住んでるけど知らねぇ事ばかりだ」
ただ、ジャーマハルは僕を睨んできた。
「アンタのせいだよ」
一瞬、呟いたその意味が分からなかったが、どうやらコレが『セバスチャン命名効果』らしい。本来ならありえない、セバスチャンからの情報って事だろう。そうと分かったら……
「ソレって見れたりしますか?」
乗っかるぜ重要情報カモン。
「マコト様がお望みでしたら手配をしましょう。すぐに管理をしている教会の司祭様に許可を取れば見られるはずです」
「お願いします」
僕が促して言うと、セバスチャンは一礼して部屋を退出した。
それを見送るとジャーマハルは何か得体の知れない気配を感じさせながら、ゆっくりと歩いて部屋の本棚に手を伸ばした。小柄なお婆さんなんだけど、黙って歩くだけでも魔術師っぽいと言うか、不思議なオーラをまとっているように見えた。
「マコト、あんたがこの世界に来てから不思議な事ばかり起きている。それはきっと、この世界にまた新たな革新をもたらすのかもしれない。でもね、私はいっそ、何かが新しくなるよりも……昔に戻してくれないかと、ほんの少し、期待をしているよ」
ジャーマハルは本を開き、自分の大きな机に座る。机に置かれた羽ペンを右手で抜き取り、本に何やら記していく。
そうやって、何かあると書き留めていくのが、ジャーマハルの仕事なんだろう。僕とさっき話した内容を、早速書き留めているんだ。
「ん、まぁ、変な期待に応えられるとも思わないし……余裕がある時に、考えとく」
ジャーマハルに笑顔と軽口を返して、僕は冷めてしまったお茶を飲み干した。紅茶の香りはオレンジペコー。ミルクが欲しいよセバスチャン。
☆☆☆
五分ほど待っただろうか。
再び現れたセバスチャンに案内されて、僕とワッシー、そして何故かジャーマハルが並んで城の中を歩く。
城に保管されているという、天使に所縁のあるモノを見に行くためだ。ジャーマハルはそれを一度調査した事があるらしいんだが、その時は別におかしな事がある訳でもない、危険なモノではない、そういう結論だったようだ。
ジャーマハルはフゥとため息を吐いて言った。それは司祭に呆れてのため息なのか、歩き疲れただけなのか。
「マコト、あんたがもしもそれが何か解るんだったら、私にちゃんと解るように説明しておくれ」
僕はジャーマハルに頷くと、しばらく、デカイお城の廊下を長々と歩き、セバスチャンは一つの扉の前で足を止めた。
「こちらでございます」
セバスチャンは僕に一礼して扉を開ける。白い、大きな木の扉は豪華で分厚い。扉だけでいったい幾らするんだろう?ハウマッチ?
扉を開けてこれまた天井の高い部屋に入る。中央に向かって赤い絨毯が敷かれ、その先に祭壇のような物が。やたらと金銀ピカピカと飾り付けをされた祭壇の上に、ガラスで出来た四角いケースが置かれている。
セバスチャンを先頭に、ジャーマハルが僕の前を歩き、背後にワッシー。
セバスチャンがガラスケースの前で一礼してから鍵を取り出し、ガラスケースの錠を開ける。
セバスチャンが回りこみながらガラスケースを持ち上げ、宝箱を開けるようにパックリと口を開けた祭壇を促してくれた。
「どうぞ、マコト様」
ジャーマハルが僕の前から右にズレてくれて、僕は祀られていたそれを真近で見た。
「どうだいマコト、これが『天使の羽衣』さ」
ジャーマハルが呆れたように言った。
確かに、
「わー、凄いな、こんな服見たことねぇ」
確かに呆れてしまう。
ワッシーが興奮しているらしいが、僕の知る所によると、コレは祭壇を作ってまで保存するようなモノじゃない。
それどころか、見慣れ過ぎていてどうしたらいいのか解らない。
ジャーマハルは僕の言葉を待っているようで、ワッシーをそっちのけで黙っている。
セバスチャンも言い出した手前、何かしらのリアクションを期待していると思われる。手の指を目の前でクリクリしながら待っているんだもの。
僕はもう一歩祭壇に近付き、確認するように端から端まで眺めた。
白い綿の生地は柔らかく光沢があり、首まわりの襟首は丸みを帯びて女性らしさをアピール。縦に連なる薄く透き通るABS樹脂のボタンが乳白の列をなす。手首や胸回りにさり気なく入った銀糸の刺繍は一枚の羽根をあしらったデザインだ。
紺色の上着は襟首から腰まで緩やかにカーブを描き、翼をモチーフにした金糸のラインが曲線を鮮やかに彩る。
上着と同じ紺色のスカートには幾重にも重なっている縦おりのヒラヒラが、丈は膝下10センチを守っている所を見るとアカ抜けてない、着崩したりしていない真面目な人の印象を僕には与えてくれる。
見慣れたモノがある。
目の前に。
ウチの制服だ。
これは、
ウチの学校の、
女子の制服だ!!
「……どう、言ったらいいのか……」
僕は悩んだ。
余りにも予想外のシロモノに、しかも祀られているとか、呆れるどころか頭痛がしてくる。
確かに、確かに天使のデザインを取り入れている。それは認めよう。
てゆーか、誰のだ。
ん?
そうだ、コレは誰の制服なんだ?
美夜のじゃないよな。制服着て帰ったし、今はカラオケの最中に来たから私服だし。
見た目、綺麗に保管してあるけど、少し生地に疲れた部分がある。年季が入った感じだ。三年生の制服か?
僕と美夜の他にも誰かが本に来た。
そしてここに制服があるって事は、着替えたんだろうな。こっちの世界の服に。
僕が黙っているのがガマン出来ないのか、ジャーマハルが言った。
「どうなんだい、マコト!?」
あ、はい、えーとですね、
どうしようかな。オレがコレを持ってかえったら変態扱いされそうだよな。
ええい、今はそんな事はいいんだ。取り敢えず嘘はつかない。どうとでもなれ。
「これは僕たちの世界の服だ。間違いない。デザインに天使のイメージを使っているから、天使の羽衣ってのもあながち間違いじゃない、だけど、これはいつから保管されてるの?拝んで祀られるようなものじゃないし……」
僕がそう言うと、ジャーマハルとセバスチャンは吹き出してしまい、大きな声で笑い出した。
少し残念そうなワッシーを片隅に、ジャーマハルはさも可笑しいようで腹を抱えて笑っていた。
「なんだい、あんた達の世界の服かい!そんなモノを司祭はみんなして拝んでたって言うことかい?あー、可笑しいったら!」
「ジャーマハル様、そ、そんなに笑っては申し訳ないですよ、ププッ」
セバスチャンも笑いを抑えようとしているが、中々にストライクだったようだ。
ここに司祭が居なくて良かった。
ジャーマハルが笑いながら付け加えた。
「だって五年もの間、毎日礼拝して、聖なる儀式には丸一日これを拝んでるんだよ?悪いけど、笑っちまうよっ」
……
……
……え?五年?
五年前からあるの?この制服?
スゲェ忘れ物だな。祀られてるよ、しかも重要なシロモノに化けてるよ。
僕は少し呆れたんだが、他に何か解らないか見てみる事にした。
よく制服の内側とかに名前書いてるコとか居るだろう。そんな小さな見落としとか、何かあればと思って。
上着を手に取る。女子の制服は男子よりも丈が短く、軽くて柔らかい気がした。
細かく見てみたが、名前らしき物は見当たらない。
でも、スカートを手に取った時、僕は小さな手帳のような物を見つけた。
スカートには小さいけれどポケットが付いていて、美夜も使いにくいと苦言を漏らしていた。そこに入っていたモノは、やはり見慣れたモノで……
青いビニールのカバーが付いて、そこには小さな写真が張り付いている。名前、住所、学年、クラス……
それは生徒手帳だった。
僕は驚いて目をこすって見直した。
生徒手帳に驚いているわけじゃない。
そこに書かれた生年月日に、背中に汗が噴き出すくらい驚いたんだ。
あり得ない。
五年前なんだろう?
でも、その生年月日は、僕の生年月日よりも一年しか違わないんだ。
計算しても間違えようがない、それは一年だけ僕より早い。一年だけ年上の先輩、という事になる。僕は二年生だ。だから今は中学三年生のハズだ。
そして、氏名。一見するとよく見るキラキラネームみたいな、当て字めいた名前だけど、ふりがなもふってあるし、これも間違えようがない。
いっそ見間違いならばいい。
しかし、こう書かれている。
【 第1学年 E組 】
【氏名 : 森川 聖羅夢】
背筋が凍る。
セイラムのドラゴン。
いや、セラフィムでもセイラームでもない!!
聖羅夢のドラゴンなんだ!!
僕は次の瞬間、美夜が言っていた言葉を思い出していた。
「女の人がひとりだけ居て、パンとかリンゴとかくれたよ」
まさかこの人、まだこの世界に居るのか!?
思わず絶句してしまう僕は、五年もの歳月を、到底短いとは思えなかった。




