Act.3:一鬼夜行/初恋初夜
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たまには負けることを前提に勝負をしてみようか。
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ファミレスで会計を済まし外に出るやマサラちゃんは胸一杯に夜の外気を吸い込んだ。
「ん〜〜。スッキリしたー」
そりゃそうだろうよ。あんだけ騒げば鬱憤もクソも月まで吹き飛ぶってもんだ。
結局怒り狂ったマサラちゃんは俺が本気でダウンするまでその手を緩めてはくれなかった。しかもダウンしたらダウンしたで俺の青ざめた顔が面白かったのか腹を抱えて大爆笑してこんなことをのたまった。
『あははっ!せっちゃん顔あおーい。幽霊みたいよっ!』
もうちょいでその幽霊さんの仲間入りをするところだったのだ、笑い事じゃねえ。
ふと天を仰げば夜空に切れ込みを入れている月があった。
ああ、お月さまお願いします。どうかあの人をお仕置きしてください。別にセーラー服着た人に代行させなくてもいいからっ。
そんな俺の切な願いもお月さまは三日月に嘲笑っているように見えた。まあ、完全に被害妄想だが。
「よしっ。気分がいいからあたし歌いまーす!一番、純水真白。高橋洋子で『残酷な天使のテーゼ』。
ざ〜ん〜こ〜く〜な〜天使の───」
ヤメロ。
俺は先行しているマサラちゃんに寄り、歌を妨害した。
「ちょいタンマ。近所迷惑になるから止めようぜ」
もう八時回ってるし。それから声を微妙に低くするとかそんな細かい芸はイラナイ。
そんな世間の常識を教えた所
「えっー」なんて、あからさまに不満の声を上げた。
「せっかくノッてきたのに〜」
「だから近所迷惑。ついでに俺も迷惑」
「ぶーぶー。せっちゃんのいけずぅ。………んーでもせっちゃんに迷惑かけるのは面白いからいいけど、人様に迷惑かけちゃダメだよね」
………微妙に聞き捨てならない事を言った気がしたがわかってくれたのならそれに越したことはない。
だがそれでも歌いたいのか静かに鼻歌を奏でていた。
愉しそうに鼻歌を奏でているマサラちゃんと並んで帰路についていると思い出したかのように俺の顔を覗き込み尋ねてきた。
「ねー。今日アパートまで送って行こうか?」
「は?なんで。いつもそんなこと言わないのに」
「………せっちゃん、今日何曜日か知ってる?」
呆れたようにため息を付かれた。
そんなため息を付かれる覚えは───ああ、なるほど。
「そっか、金曜か」
つまり、殺人鬼───金曜日の悪魔が現れる呪われた日だ。
ふぅん。心配してくれてるんだ、マサラちゃん。
「平気だよ。大した距離じゃないし」
寧ろ俺が送ろうか、と言おうと思ったが逆に邪魔になると思ったので言うのは止めておいた。
「そーお?ま、せっちゃんがそう言うなら構わないけどー」
この話はそこで終わり、適当に雑談をしながら適当な場所で別れた。
俺は今、一人で歩いている。明かりは月と外灯だけの寂しいものだった。
いや、寂しく思えたのはそれだけが原因ではない。今のこの町は静か過ぎだ。
───まるで死都。
町の中にいるのに生き物の気配がしないなど異常だ。
そういえばファミレスに行くときも、そして今も誰とも人とすれ違わないのはおかしい。ファミレスの店内においてもほぼ貸し切り状態だった。
時間帯の事も考慮しても明らかに異常と言える。
殺人鬼の影響が強いということか……
こうして夜出歩いてみて体感した。殺人鬼の影が町全体に侵食しているのを。死神の足音が響き渡っているのを。町の住人たちが恐怖で震え上がっているのを。
「ま、だからと言ってどうこうどう出来る訳じゃないけどな」
益にもならないことを考えながらアパートまでの残り十五分の道のりを淡々と歩いていく。
と、その進路に人影が見えた。
ここは死都だとか、生き物の気配が云々と抜かしてた矢先に人間発見。柄にもなく格好つけたツケが回ったのか、ちょっと情けない。
このまま行くと正面衝突になりかねないので右に三歩、ちょうど人間二人分の間を開けた───ら、向こうも同じ動きをした。
このまま行くと正面衝突になりかねないので左に三歩、ちょうど人間二人分の間を開けた───ら、向こうも同じ動きをした。
このまま行くと正面衝突になりかねないので右に三歩、ちょうど人間二人分の間を開けた───ら、向こうも同じ動きをした。
「……………」
何、あの人。
気遣いは嬉しいが始めに動いたのは俺なんだからそっちが合わせるべきではないのだろうか。
立ち止まってやり過ごそうかと考えた矢先、今度は向こうが先手を打って立ち止まった。
思わず、立ち止まる必要などないのに立ち止まってしまった。
距離にして七メートル前後、歩みにして十歩未満の距離。
外灯にその影が浮かび上がる。
そこに居たのは艶のある女性だった。服装は夜の闇に浮かび上がるほど黒い着物姿───なのだが足の丈がやけに短く太股を大きく露出させていた。髪は長いのだろう、一つに纏めてポニーテールにしていて、ひょこひょこと房が揺れている。そして腰から左右二本づつ棒のようなモノが飛び出ていた。
───あれは、刀か?
そんな思考が頭を巡る中着物の女性は綺麗に整っている顔を花のような微笑みに変えて歌うように言った。
「久しぶりね、雪雫君。遠くから見てもすぐにわかったわたわ。わたし、貴方のことずっと探していたのよのよ」
「────は?」
久しぶり?探してた?一体誰を?この俺か?俺の知り合い?いや、こんな大人な女性の知り合いはいなくもないが少ない。だから忘れるはずがない。じゃあ人違い?違う。雪雫なんて名前なんて他に居るわけない。
「あれれ?忘れているのかしらしら。まあ、二ヶ月───ああ、もうじき三ヶ月ね───それ振りだから忘れちゃうのも無理ないわねわね。ちょっと悲しいけど、ちょっと涙が出ちゃいそうだけど平気。それ以上にまた出逢えたことのほうが嬉しすぎるわ。
うふふ。それに貴方が忘れていてもわたしが覚えていたら問題ものね……」
首を軽く傾げる動作をし、それにつられてポニーテールも揺れた。
彼女は熱の籠った視線で艶っぽく妖艶に微笑んだ。
その笑みは大抵の男なら虜にする、魔力めいたモノがあった。
だが、俺はそれを見て思わず一歩、後退りしてしまった。
とてつもない吐き気に襲われた。彼女の放つ妖香が俺を窒息させる。彼女の蕩けた目が俺を絞殺する。彼女の声が脳を斬殺する。
───何て嫌悪感。
そんな錯覚を覚えるくらいの嫌悪感など俺の生涯で二度目だ。
逃げろと誰かが言っている。にも関わらず体が動いてくれない。
そんな俺を他所に彼女は熱に“犯された”ような顔で俺に視線を絡ませ、熱い吐息を漏らした。
「はあぁ……だめ、実際にあっただけで、もう……体が、熱く、んんぅ……だめ、がまん、出来ない……雪雫く、ん……貴方の、ん、体と心、わたしにちょうだい」
「────っ!」
その言葉を引き金に、コイツが金曜日の悪魔だと直感したのと同時に、今まで歩いてきた道を全力で逆走した。