Act.1:一鬼夜行/食前談戯
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欲深きことは罪ではなく欲に溺れることが罪なのです。
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バガンッ!
「やっぽー」
物凄い音と共に鍵は破壊されアパートのドアが開け放たれた。開け放った張本人は素知らぬ顔で堂々と上がり込んできた。
………いや、普通に開けろよ。
「マサラちゃんお願いだからドアを蹴り破らないで」
「なによ。あたしが挨拶したんだからアンタも挨拶しなさい」
会話が噛み合わない。その前にまず謝れよ、と言おうと思ったが止めた。この人には無駄だ。諦めるしかない。
「……いらっしゃい」
「そうそう。やればできるじゃない」
満足げに腕を組み頷く破壊者。
人の家を破壊しておいて何が嬉しいんだろうか。
「ねぇ、毎回言ってるけど普通に入って。鍵持ってるだろ」
「だってめんどいじゃん」
「めんどいで毎回ドアを破壊するな!」
はいはいわかりましたよー、ってまったくわかっていない態度で上がり込みテーブルを挟んで対面に座った。
この、ドアを破壊した女性の名は純水真白、22歳。名前はとても綺麗だがドアを蹴破るなんて破壊行動を悪びれもなく行う人で、名前負けしてるんだか勝っているだかよくわからないお方。職業は───えっと、その、まあ、敢えて言わないでおこう。
「ところでせっちゃん。何してるのー」
退屈そうに、ころん、とテーブルに頬を転がせると、しゃらん、と団子状に結ってある髪に飾られたかんざしが音を立てた。
因みにかんざしを着けているからと言って和服という訳ではなく、薄ピンクのカットソーにデニムのジャケットを羽織り、白のロングスカートという出で立ちである。
「何って、高校の宿題」
ほら、と数学のプリントを持ち上げマサラちゃんに見やすいようにする。
「へぇーへぇー。勉強熱心で結構結構。んで、今ひま?」
はて。今の会話で俺が暇ではないと伝わらなかったのかな?
「暇じゃない。勉強中だ」
キッチリ、ガッチリ、澱みなく隙間なく断言した。
「よしっ! ご飯食べにいこー」
が。会心の一撃で放った返答は効果がなかったらしい。
「俺の話聞いてた?」
「もち。それを考慮しての提案」
嘘つけ。俺のことなんて初めから考えてなかった癖に。
「ねぇ〜食べに行こうよ〜もぉ六時半よ〜」
「えっ。マジ?」
うそだー、と思いながら時計を確認。うむ、間違いなく六時半だ。因みに俺が宿題をやり始めたのは五時半頃。
「………一時間も経っていたのか」
ちょっとビックリ。存外時間がかかっちまったようだ。
「ほら、だから食べにいきましょ」
「ん〜〜。でもなぁ」
せっかくここまでやったんだから最後までやりた───
「せっちゃん。あたし、物凄くお腹空いてるの。機嫌が悪いの。ささっとしないとこの部屋を破壊するわよ」
「メシ食いに行こうぜ、マサラちゃん!」
神速の速さで即答。居合い抜きのような鋭さで返答した。
うう。情けないとは言うなかれ。マサラちゃんはやると言ったらやる人だ。部屋の破壊に留まらずアパート全体を破壊する力を持っている。そんな人に逆らえるのは勇者くらいだ。そして俺は勇者ではないので逆らうことが出来ない。
「わーいっ! 物わかりの早いせっちゃんが大好きよ!」
よっぽど空腹だったのか、ばっびゅーんと飛び出していくマサラちゃん。
ここでマサラちゃんを待たせたら意味がないのでそそくさと携帯電話と財布をかき集め、ポケットに突っ込みマサラちゃんの後を追った。
「あ、鍵───」
てっ。つい五分ほど前に壊れたんだっけ。ま、盗まれるものもないし構わないか。
そんな訳で、『倉崎』と書かれた部屋を後にした。