ストーカーと写真とキレる幼女
「ねぇ、あれ何?」
「ん?」
家の近くへと戻ってくると、近所の空き家の塀に隠れて俺の家の様子を伺っている不審者を発見した。
そいつを見て、最初は兵士でも呼んで突き出そうかと思ったが、良く見ると、その姿が俺の知っている人物だった為、兵士を呼ぶのは止めて、紙に包んで持ってきた短剣をセレニアへと押し付けてからその不審者へと近付く。
「そんな所で何やってるんですかクロトさん」
「うわっ!?」
その不審者--童貞野郎こと、王宮の財務官見習いのクロトは、俺が背後から声を掛けると、情けない声を上げながら盛大に尻餅をつく。
「いてて、あっ、えっと君は……」
「どうも、アリサです。先日はお世話になりました」
「ど、どうも、ご丁寧に」
俺が頭を下げると、クロトも立ち上がり釣られるようにして頭を下げる。
「あの、それで後ろの方は?」
そしてお互いに頭を上げると、クロトは真っ先に、隠れるように俺の背中に張り付いているセレニアについて聞いてきた。
説明も面倒だし、出来ればセレニアのことはスルーして欲しかったんだが、そうはいかないか。
「この人はセレニアさん。私の義理の姉です。といっても、家族になったのは今日の早朝からですが」
「はぁ、理由をお聞きしても?」
やっぱり、昨日の今日でいきなり家族が増えたとなれば、理由は聞いてくるよなぁ。
アルフレッドに義理の姉だと言ってなければ、友人って事で通したんだけど、アルフレッドに義理の姉だと言ってしまった以上、此処で嘘を付いてしまえば、もしこの事がアルフレッドの耳に入ったら間違いなく殺されるだろう。噂では、アルフレッドは嘘をつかれる事が悪の次に嫌いらしいし。
一応、セレニアが義理の姉になった背景は、此処に来るまでに考えてききたけど、正直、かなり無理がある説明になる。
けど今更、他のものを考える時間も無いし、取り合えず此れで押し通してみるか。
「はい。初めて出会ったとき、セレニアさんは街中で途方に暮れておりました。そこで、それを訝しんだ私が、「何かお困りですか?」と声を掛け、話を聞いてみると、彼女が記憶喪失だと言うことが分かったのです。名前以外の自分の事も、自分の家族の事も、故郷の事も何も覚えておらず、それを聞いた私は不憫に思いました。それで私は、良ければ家族として一緒に暮らさないかと提案したところ、彼女から受諾を貰い、セレニアさんは私の義理の姉になったのです。とは言っても、母に相談するのは此れからなので、まだ正式に決まった訳では無いのですが……」
我ながら気持ち悪いと思うほどに、時には目に涙を溜め、時には聖母のような笑みを浮かべ、明らかに苦しいと思える点を誤魔化すために名一杯の感情を込めて嘘八百を連ねる。
その結果--
「アリサちゃん。君は、何て優しいんだ」
--クロトはあっさり騙された。
目に涙を浮かべ、「まるで聖女のようだ」と宣うクロトを見て、これで大丈夫なのか財務官見習い、と思わないでも無いが、取り合えず今は、騙しきれた事に安堵しよう。
しかし、まぁ、まさか1日にも2度も、この世界に来てから無駄に磨かれた演技力に助けられる事になるとは思わなかったなぁ。
「感動した! もし困った事があったら何でも言って欲しい。僕は君の力になりたいんだ!」
「ひゃあっ!?」
内心、ホッと息を吐いて少し気を抜いた所で、クロトがいきなりがっしりと手を握ってきたので、思わず気色悪い声が出てしまった。
俺を見つめる今のクロトの目は、先日の優しさに満ちた暖かな瞳と違い、男らしい、力強い燃えるような瞳をしている。そのギャップに俺の頬は仄かに赤く染まり、胸の奥がキュンと締め付けられるような--
「うわぁぁぁぁぁぁ!!! 忘れろ! 忘れろ! 忘れろぉぉぉぉ!!!」
「ちょっ、なにいきなり塀に頭叩きつけてんのよ!?」
「アリサちゃん!?」
「大! 丈! 夫! です! 自分、石頭ですから!」
「「いやいや、そういう問題じゃ無いでしょ!?」」
ふぅ、スッキリした。
十数回叩きつけたことにより、少しヒリヒリするおでこを擦りながら、俺は呆然としている二人へと向き直る。
うん、大丈夫。クロトを見ても、何とも思わないし、セレニアを見て、相変わらず何度見てもエロイ体してんなぁって思える。何とか健全な状態に戻ったようだ。
しかし、こうも頻繁に雌落ちしかけると、精神を戻すのも一苦労だ。性転換の薬を作るのも苦労しそうだし、精神を一定の状態に固定するような薬って無いのかなぁ……ん?
「何ですか、これ」
未だどうしたら良いか分からず、オドオドしている二人を余所に、俺は偶然、足元近くに落ちてた1枚の紙切れを拾い上げる。
「あ、それは--」
俺が拾い上げるとほぼ同時に、何やらクロトが焦ったような声を上げるが、もう遅い。俺はその紙を拾い上げると何も書いてない表面から裏面へと引っくり返す。
「は?」
そこには何故か、家で寛ぐお袋の姿が鮮明に写し出されていた。
此れは、写真? いや、確かこの世界にカメラは無い筈だし……そう言えば前に何処かで、自分の目で見たものを紙に写し出す、念写のような魔法があるっていうのを聞いた気がするな。これは、それで撮ったのか……って、今はそんなことどうでもいい。
問題は、この紙に写っているお袋の姿が、明らかに隠し撮りされたものであると言うことだ。
そして、この紙にクロトが反応したと言うことは、この紙はクロトの持ち物だということである。
「これは、どう言うことですか?」
自分でもゾッとするような冷たい声とともに、クロトに紙を突き付ける。
その声を聞いたセレニアが、後ろでひきつったような声の悲鳴をあげたが、今は無視、後でフォローすれば良い。
「あ、あの、これは、その……」
クロトは腰が抜けたのか、再び尻餅をつき、若干な涙目になりながら後ずさった。
この様子だと逃げ出すとは思えないが、念には念を入れて距離を詰め、眼前に再び紙を突き付け、胸ぐらを掴み上げる。
「私は、此れは何だって聞いてんですよ。返答によっては只じゃおきませんよ? 腕の一本や二本は覚悟してくださいね」
「ひぃっ、は、話す。話すから一回落ち着いて、ね?」
その言葉を聞いた俺は、胸ぐらから手を離し、地面にへたり込んでいるクロトを見下ろすようにしながら、腕を組んで立ち、言葉を待つ。
もし、盗撮した写真を売るためとか、ろくでもない理由なら容赦はしないから覚悟しとけよ。
そして、待つこと数秒、クロトは胸を押さえて呼吸を整えてから、盗撮の理由を話し出した。
「えっと、その、実は僕、どうやらユリシアさんに一目惚れしちゃったみたいで……」
「は?」
頬を赤く染めて、恥ずかしそうに話し出したクロトの第一声が、あまりにも予想外だったため、一瞬思考が停止する。
「それで最初は、ちゃんと訪ねて会話しようと思って、朝になって家の近くに来たんだけど、いざ玄関をノックしようとすると恥ずかしくなっちゃって、僕って女の人に免疫無いから……だからせめて、念写の魔法で写真を撮って、その写真で会話の練習をしようかと」
「……写真を撮っても未だにこの場に居る理由は?」
「アハハ、せめて一目で良いからユリシアさんの姿を拝みたいなって」
……なんというか、うん。理由があまりにも下らなすぎて、キレた俺がバカ見たいじゃねぇか。
後、お袋。この時間になっても家から出てないって事は仕事サボりやがったな。また、店長に謝りに行かないと。あの人苦手なんだよなぁ。
「ハァ……これは返しますから、もう2度とこんな事しないで下さいね」
「あ、うん、ごめん、もうしないよ」
「もし次、同じことしたらアルフレッドさんを呼びますかね」
「絶対にしませんので、それだけは勘弁してください!」
アルフレッドの名前を出したら、クロトは勢いよく立ち上がり、腰を90度に折り曲げながら頭を下げた。どんだけアルフレッドは恐れられてるんだ。まぁ、俺も恐いけど。
仕方ない、悪気があった訳じゃ無さそうだし、許してやるか。
しっかしまぁ、一目惚れねぇ。確かにお袋は外見は凄く良いが、あの天然ボケな中身を知ってもコイツはお袋の事を好きでいられるのだろうか。
もし、それでもお袋が好きだと言えるなら……同じ童貞仲間として、不本意だが応援してやらんでもないか。寂しくはなるが、そろそろお袋も過去の男の事は忘れて、新しい人生を歩んで新たな幸せを掴んで欲しいしな。
「ところで、えっと、一つ聞いて良い?」
「ん?」
「その……写真は、返して貰えないのかな?」
クロトはチラチラと俺が手に持つ写真を見ながら、写真の返還を要求してくる。
あー、そう言えば、ずっと持ってたっけ。別に変なことに使いそうにも無いし、返しても良いんだが、タダで返すってのも勿体ないしなぁ……あ、そうだ。
「返しても良いですけど二つ条件があります」
「条件? 分かった。何でも言ってくれて良いよ。あ、でも、借金を無しにしてくれってのは流石に無理だからね」
「別にそんなこと言いませんよ。先ず一つ目の条件は写真を変な目的で使わないでください」
「うん、それは大丈夫だよ。額縁に入れて部屋に飾るつもりだし」
いや、良い笑顔で言ってるが、それ普通に変じゃ……まぁ、オカズに使うとかじゃ無いならいいか。
「二つ目、写真と交換で空き家を下さい。出来れば部屋が多い方が良いですね」
俺の言った二つ目のお願い事に、クロトは渋い顔をしながら、顎に手を当てて何かを思案する。
まぁ、写真を返してもらうのに家を要求されたら、そういう顔をするのも無理はない。
もしかしたら、あの馬小屋にも劣る小屋から、まともな家に移れるかと思って試しにこのお願いをしたのだが、無理なら仕方ない。
「あの--」
「分かった。それで良いよ」
十秒程悩んでいたので、流石にダメかと思い、「無理なら別にいいですよ」と言おうとしたところで、まさかのOKが出た。
「えっ、結構無茶言ったつもりでしたけど、良いんですか」
「うん、確かこの近くに、人が住んでない大きな家があった筈だから、そこをあげるよ。誰も住んでないし、持ち主も誰か分からないし、かといって誰かが買い上げる事も無いし。処分するのもあの大きさだと労力とお金がかかるからね」
クロトの言う家には、俺も心当たりがあった。
俺の住んでる小屋から徒歩20分くらいのところにある家で、広い庭付きで、十部屋以上はありそうな三階建ての大きな家だ。
今まで何度かその前を通ったりるす度に、誰も人影を見ないので不思議に思っていたのだが、そうか、彼処は空き家だったのか。
確かに、あの大きな家を取り壊そうとなると結構大変だ。
これは、思わぬ掘り出し物を手に入れられたかもしれないな。後は、事故物件じゃ無いことを祈ろう。
「引っ越しに必要な書類に関しては此方で用意しておくから、アリサちゃん達は今日にでも引っ越してくれても大丈夫だよ」
「ありがとうございます。これは、お返ししますね」
約束通り、クロトに写真を返す。
壊れ物を扱うかのような優しい手付きで写真を受け取ったクロトは、その写真を一目見て、デレッとしただらしない表情を浮かべながら、大事そうに上着の胸ポケットへと仕舞い込む。
今の表情、最高にキモかったな。
「それじゃあ、ユリシアさんをもう一度見れなかったのは残念だけど、書類も用意しなくちゃいけないし、僕はもう帰るね」
「はい、次はコソコソしないで正面から来てくださいね」
「う、うん、頑張るよ」
最後は自信無さげに、曖昧に頷いてクロトは小走りでその場を去っていった。
本当に大丈夫だろうか。
「ねぇ、もう終わった?」
クロトが去ったところでセレニアが話かけてくる。
そう言えば、クロトと話している間、コイツやけに大人しかったな。結局、最後まで俺の後ろから出て来なかったし。以外と人見知りだったりするのか? ……いや、俺とあんだけ話せるんだからそれは無いか。
「ああ、終わったぞ。随分と大人しかったな」
「だってあいつ、人の胸ばかりチラチラ見てきてキモいんだもん」
……前言撤回。やっぱりクロトにお袋は任せられんな。




