ギルドと老紳士と人形
商業ギルドの入り口を開け、中へと入る。
現在の時刻はまだ昼を少し過ぎた辺りとあって、ギルドの中は沢山の人で賑わっていた。
「ね、ねぇ、やっぱり帰りましょうよ」
「ダメです」
あまりの人口密度の高さに、既に泣きそうになっているセレニアの手を引っ張って、昨日と同じ場所へと向かう。
パッと見た限り、今日はクロードさんの姿は見当たらない。昨日、クロードさんが座っていた場所には、中年の女性の職員が座っていた。
クロードさんには色々と聞きたいことがあったのだが、居ないなら仕方ないか。買い取りだけ済ませよう。
「あの、すいません」
「はい、ようこそ商業ギルドへ。アイテムの買い取りですね……って、おや?」
その女性に話し掛けると、女性は話の途中で首を傾げて何かを確認しているかのように、視線を俺の顔から頭へと往復させる。
「銀色のセミロングの髪型に赤い瞳の十歳くらいの女の子……しょ、少々お待ちくださいっ」
そして、女性は慌てて頭を下げると、そのまま急ぎ足で奥へと引っ込んで行った。
「何?」
「さぁ?」
そのまま待つこと数分。
いい加減、後ろに並んでいる人たちの視線が痛くなって来た頃、ようやく先程の女性が戻ってきた。
「お待たせしました。どうぞ此方へ。お連れの方も一緒に来てもらって良いそうです」
そう言って女性は受付の隣にある、関係者用のドアを開けて、俺達に此方に来るように促す。
当然、そんな特別な対応をされれば、俺達が目立つのは当たり前の事で、後ろに並んでいる人達の他にも、ギルド中の人からざわめき声が巻き起こった。
「な、何か凄い目立ってない?」
セレニアは大勢の人の視線に怯えて居るのか、震える体を背中に押し付けてくる。
「……行きますよ」
俺としても、一度にこれだけの人の注目を集めた事は無いので、若干ビビって居るのだが、流石にここで俺まで尻込みをしていたら、余計に注目を集める時間を長くするだけなので、なるべく自然体を装い、硬直しているセレニアの手を無理矢理引っ張って、若干駆け足で女性の開けてくれた扉を潜っていった。
「此方です」
女性に案内されて、歩くこと2、3分。
俺達がやって来た扉の上には、"ギルド長室"というプレートがかかっていた。
「では、私はこれで」
そう言って女性は一礼すると、そのまま立ち去っていく。
後に残された俺とセレニアの二人は、この状況についていけず、ただ困惑気味に顔を見合わせる事しか出来ない。
「いきなりこんなとこに連れてこられるなんて、あんた、何かやらかしたの?」
「知りませんよ、そんなの」
そんな事言われても、昨日初めて商業ギルドに来たばかりなのに、心当たりなんて有るわけが無い。
「取り合えず、このまま此処に居ても仕方無いですし、入りますよ」
「何かあったら、私が逃げる時間くらい稼ぎなさいよ」
「安心してください。その時は、セレニアさんを囮にして逃げますので」
後ろで、抗議の声を上げるセレニアを無視してドアをノックし、中から「どうぞ」という声が聞こえてきたので、ドアを開ける。
「失礼しまっ!?」
部屋の中へと入り、その中に居た人物の姿を見て思わず目を丸くする。
高そうな黒革の椅子に腰掛けたその人物は、モノクルを付けた左目を動かして、俺とセレニアの姿を見て俺と同じように目を丸くした。
「いやはや、これは驚きですな。まさかこのモノクルを持ってして、何も見ることが出来ないものが現れるとは」
その人物--クロードさんは、セレニアを興味深そうな目で見る。しかし、その視線を受けたセレニアが、俺の背中に体を小さくして隠れてしまったため、俺の方に視線を戻す。
その時になって、ようやく俺は驚愕から戻ってきて、平静さを取り戻していた。
「クロードさんが、商業ギルドのギルド長だったんですね」
「如何にも」
最初に会ったときから、何となく只者では無いなとは思っていたが、2大ギルドの1つである商業ギルドのギルド長だとは思って居なかった。
「どうぞお掛けになってください。飲み物は紅茶で宜しいですかな?」
「い、いえ、お構い無く」
椅子から立ち上がり、棚に置いてある高そうなティーカップを手に取ろうとしたクロードさんを制して、部屋の中央に置いてあったソファーへと座る。
あんな高そうなティーカップ、もし落としたらと思うと怖くて持てるわけが無い。
「ふむ、そうですか」
好意を無下にしてしまったため、気を悪くしないか心配だったが、クロードさんは特に気にした様子も無く、対面のソファーへと腰掛ける。
因みにセレニアは、ソファーに座ること無くソファーの裏側へと隠れている。そんなとこに隠れる位なら、廊下で待ってれば良いだろうに。
「それで、私に何か御用でしょうか?」
先程もセレニアに言った通り、俺にはこんな場所に呼び出されるような真似はした覚えが無い。
だが、もし俺が気付かぬ内に何か気に触るような事をしてしまったというなら、誠心誠意、地面に額を擦り付けて謝るつもりだ。
クロードさん程の権力を持った人物なら、俺のような小娘一人どうとでも出来る筈だから、土下座程度で許してもらえるなら安いものだ。何だったら靴を舐めても良い。なので、風俗墜ちとかは勘弁してください。お願いします。
「ああ、用と言っても大したものではありませんよ。ただ、お嬢さんの作るものは特別なものですから、あまり大っぴらに人目に触れると、お嬢さんが面倒な事に巻き込まれるのでは無いかと思ったので、此方へとお呼びしただけです。まぁ、その際、多少目立ってしまいましたが、それは此方で誤魔化しておきましょう」
どうやら、俺が何かやらかした訳では無さそうなのでホッとする。
確かに、俺の作るものには、あのポーションや枕のように、この世界の人では作ることが出来ない物もある。
それを目敏い商人達が大勢居るこの場所で、大っぴらに見せびらかすとなるとどうなるか。
前回はたまたま人が殆ど居ないときだったから、さほど注目は浴びなかったが、今回はそうも行かないだろう。
最悪、俺の身元が特定され、俺を拉致るような連中も出てくるかもしれない。
いくらアルフレッドという抑止力が居るとはいえ、それも完璧という訳では無い。俺という金の成る木を手に入れる為なら、命をかける連中も出てくる筈だ。
現に、実際にそれを嬉々として実行しそうなヤバイ人が知り合いに一人居るし。最も、その人が俺に手を出すことはないとは思うが……
「ご迷惑をお掛けして申し訳御座いません」
「いえいえ、お気になさらず。貴女という才能を失うことは、私にとっても大きな損害になりますからな」
俺が立ち上がりつつ頭を下げると、クロードさんは朗らかな笑みを浮かべながら、気にするなと言ってくれる。
本当に、何て好い人なんだろうか。
俺の周りが全員、クロードさんや肉屋のおっちゃんみたいなマトモな人ばかりなら良かったのに。
そう思いながら、チラリと背後に居るセレニアに目を向ける。
「……何よ」
「何でもないです」
ハァ、何で俺の周りにはイロモノ連中しか集まらないんだか。
「おや、浮かない顔をしてどうかされましたか?」
「いえ、少し世の理不尽さを嘆いていただけですので気にしないで下さい」
「そ、そうですか。ところで、今日は何を持ってこられたのですかな?」
困惑気味の表情を浮かべながら発せられたクロードさんの言葉に、何でわざわざ商業ギルドまでやって来たのかを思い出す。
クロードさんと話している内にすっかり忘れていた。
「あ、今日は--というか、今日もですけどリンゴ味のポーションを持ってきました」
そう言って俺は、ショルダーバッグに入れていた3つのリンゴ味のポーションをテーブルに並べる。
「おや、今日は新しいアイテムはお持ちで無いので?」
「ええ、はい」
一応、新しいアイテムと言えば、今朝作ったばかりのあの枕があるが、流石にあんな危険物を売る気は無いので、持ってきていない。あの枕は暫く封印だ。
「駄目でしたか?」
「いえいえ、お気になさらず」
そう言いつつ、クロードさんは懐から銀貨3枚を取り出し、俺の前に置くと、テーブルの上にあったポーションを回収していく。
俺は、「ありがとうございます」と言って銀貨を受け取る。これで今日の取り引きは終了だ。
後は、此処に来たもう一つの用事、リーゼの事を聞くつもりだったのだが--
「ところで、このアイテムの名前はどうなさいますか?」
--その前にクロードさんがこんなことを聞いてきた。
「名前ですか?」
「ええ、私のモノクルは見た対象の名前や持ってる効果、スキル等が分かるようになっているのですが、どうもこのポーションは効果は分かっても名前も分からないのですよ」
クロードさんのモノクルで名前が見えなかった訳は、何となく分かる。
それは、俺の作るものが、本来ならこの世界には存在しないものだからだ。元から存在していなかった物なのだから、名前がある訳がない。
「それで、販売するに当たって、私が勝手に名前をつけるのはどうかと思い、このポーションを持ってきた本人である貴女に名前を決めて貰おうかと思いましてな」
「はぁ、なるほど」
確かに、名前が無いと販売するのには不便だ。別に、名前が無いのなら、そっちで勝手に名前をつけても構わなかったのだが、俺に決めさせてくれるというのなら有り難く名前を付けさせて貰おう。
「じゃあ、リンゴポーションで」
「うわ、安直」
うるさいぞ、後ろ。
「では、そのように登録しておきましょう。それで、実は此方から一つお聴きしたいことが御座いまして」
「クロードさんが私にですか?」
「はい」
何だろう。錬金術の事か? リーゼが言うには、クロードさんは俺のスキルの事を見抜いてるらしいから、錬金術の事を説明しても構わないのだが、説明って言われても、どう説明したら良いものか。転生した際に、神様から与えられたスキルですって、言っても信じて貰えるか怪しいし……
「実は、私の孫の事なのですが……」
あ、そっちか。俺からも聞こうと思っていたから丁度良かった。
「リーゼさんの事ですか?」
「ああ、やはり、お嬢さんの家に?」
「ええ、はい。どうやら家で暮らすみたいです」
「おのれ、あの悪魔め!!」
俺がそう言った途端、クロードさんはテーブルを勢い良く叩き、穏やかだった表情を一変させ、鬼のような表情へと変わる。
あまりに唐突な変化な付いていけず、呆然としている間にも、クロードさんはリーゼへの悪態を吐くのを止めようとしない。
「私が飲むのを楽しみにしていたポーションを、目の前でこれ見よがしに飲み干すだけでは飽きたらず、私が立場を気にして遠慮しているのを良いことに、一人だけ新アイテムの誕生を間近で見れるポジションに移るなど、なんと羨ましい事か!」
クロードさんはそう言いつつ、血が滲むほどにキツく唇を噛み締める。
昨日会った印象だと、紳士という言葉がピッタリな人に見えたのに、今はその面影すら見えない。
そうかぁ、この人も変人枠だったかぁ……俺は、何時になったらマトモな人と知り合いになれるのかなぁ。
「おっと、失礼。少し取り乱してしまいました」
俺が遠い目で世の理不尽さを嘆いていると、ようやくクロードさんは、さっきまでの恥態は嘘だったのかと思えるくらいの、紳士然とした態度に戻っていた。
でも、もう遅い。俺はもう昨日までと同じ目でクロードさんを見れない。
「ふぅ、少し喉が乾きましたな。紅茶のお代わりを頼んでも?」
「あ、はい。どうぞ」
「では失礼して。ドーラ、紅茶を持ってきてください」
クロードさんは軽く二回、机に置いてあったベルを鳴らすと、廊下とは別の方向に繋がっている扉へと語りかける。
すると、そこから一拍ほど時間を開けてドアノブが回り、中からメイド服をまとった黒髪の女性が現れた。
この世界では珍しい黒髪の人物が現れた事に驚き、良く女性を見てみると、あることに気付く。その女性には、肘や膝の部分に、人間であれば本来あるはずのない丸い関節が付いているのだ。
つまり、この女性は人間では無く、精巧に出来た人形だということだ。表情は無いが、動きを見ると、人間と遜色無い動きを見せており、間接を見なければ人形だと気付かなかっただろう。
まさか、こんな精巧な人形まで存在するとは、本当に異世界というのは、何でもありだな。
「あ、どうも」
無言のまま、目の前に紅茶を置いた彼女に礼を言うが、彼女は言葉を話すこと無く一礼すると、隣の部屋へと戻っていった。
流石に、人形が喋る事は無いか。
「あの、彼女は?」
折角入れてもらった事だし、カップを落とさないように慎重に持ちながら、さっきの女性の事をクロードさんに質問する。
「私の嫁です」
「ぶほっ」
思いっきり吹き出した。
えっ、今、この人、嫁って言わなかったか?
人形が嫁? いやいや、まさかそんな……
「冗談--」
「私の嫁ですよ」
目がマジだった。心なしか、殺気のようなものまで感じる。
ヤバイ、ヤバイよこの人。俺が、今まで出会った人の中でtop3に入るレベルでヤバイよ。
「は、はは、そうですか。お綺麗なお嫁さんですね」
「ありがとうございます」
何とか動揺を内に隠して、顔に無理矢理笑みを浮かべる 、人形の容姿を褒め称える。
すると、先程までのピリピリとした、胃がキュッてなるような雰囲気は消え去り、あの人形が現れる前の穏やかな雰囲気に空気が変わった。
その事に内心でホッと息を吐き、取り合えず、クロードさんと話すときは、あの人形の事には触れないようにしようと、俺は心に誓ったのであった。




