実力勝負
但し――中等部の生徒としてはという言葉がつくが。
一方レノは諜報機関養成所という特殊な環境下で育ち、両親の愛情たっぷりの“教育”を十二分に受けて育っている。資質と教育が生み出した傑物の評価はその道の一流の人間《父親》にして舌を巻く技量の持ち主と言われる程に認められていた。
幾ら優秀と言えど素人に毛が生えた程度の攻撃など、微妙な筋肉の予備動作を見るだけ十分対処ができ、全ての動きを予測して掠らせないぐらいは訳も無かった。
「そんな、当たらない筈が!?」
――なら掴んじゃえば!
「普通ならそれでいいけど、悪手だね」
「え、きゃぅ」
打撃が一切掠りもしない事に焦れて、レノを掴めばと体ごと近づいたティアだったが、ソレさえも読まれていた。もう子供扱いも良いところで、体の重心をコントロールされた上に優しく背後へと回った上で身動き出来なくされてしまってティアは降参した。
勝負がついた後、ティアは俯き少々耳を赤くしながらも黙り込んだ。
因みに、近衛でも組討などの稽古は当然ながら女性騎士相手である。言わば体が触れ合う距離に近づいたのはレノが初めてだった事を記しておく。
「……」
「ま、まあ武器も無いのに動きは悪くなかったけどさ、僕でこれだよ、大人数人掛かれば危険だって判ったでしょ」
「……」
「えっと、痛かったりしちゃった?」
「……」
降参してからの態度が非常に暗くなってしまって、レノもどうしたものかと悩んだ。もしや抑えこんだときに筋でも痛めたかなと心配になったのだ。
「私、皆に騙されていたのかしら」
沈黙を破り顔を上げて喋ったと思ったら、それはレノの想像と違うものだった。
ティアとしては今まで真剣に訓練していたし、組み手などでもここまでアッサリと負けた事などなかったのだが、もしやそれは自分の身分的なものが原因だったのではと思ってしまったのだ。
「どういうことかな?」
「だって、私、これまで学校でも習っている時でもここまでアッサリとなんて……」
「あー、そういうことね」
やっと事情を飲み込めたレノはそんな事かと安心した。要は天狗の鼻がポキッと折れたと言う訳だ。世間知らずを直すのに知識が無い事は認めていても、まさか自信のあった護身術などまで否定されるとは思ってなかったのだ。
「腕はそうだなあ……悪くは無い。寧ろ学校で負ける事なんて無かったんじゃない? 素直な攻撃が多かったけどね。踏み込みも女の子だと思えない程だったし」
「でもレノには」
「そりゃそうさ、僕だって学校で負けた事もないし、普段はもっと厳しい人たちと訓練してるもの」
まあそれが諜報機関の育成方法よりも激しいだなんてレノ自身も思ってもいなかったが。
自分に対する真摯な態度――但し思い込みと無知による。
そして今まで異性も含めて負け無しだった同世代で唯一自分より格段に強い青年に少女がより惹かれる事になったのは仕方が無い。
中等部では男子さえ投げ飛ばしていたのに、全く敵わないのだ。しかもティアは武術が好きだっただけに尊敬までしてしまう結果となった。
「貴方って凄いのね」
彼女の素晴らしさはこうして人の優れた所を直ぐに認める性格なのだろうと、レノは少し勘違いをしながらも真実を告げる。飽くまでレノの中の真実だが。
「俺より強い人なんて探せば幾らでもいるだろ」
「同年代ではいないわ、多分騎士団を探してもそんなにもいない筈よ!」
実際に騎士団と手合わせする事は無いが、ティアの家庭教師として武術を教えているのは近衛騎士のエリートである、それも最高のと評価される人物だったが、明らかに体術でレノの方が優れているとティアは感じた。
「うーん……」
だが本気になった“父親”のジークムントとの組み手を知っているだけにまだまだ上が居ると勘違いしているレノには納得できなかった。魔術や何でもありなら勝負になる時点でレノも大概なのだが、組み手だけなら、ジークムントはまさに怪物級だとレノの中では認識されている。
「少なくとも……2人は実際に俺より強いよ」
勿論、もう一人は“母親”のエッダなのだが。
「嘘……何者なのよ、その人たち」
「何者って言われてもなあ、でも本当だよ。それより休憩する前に服をさっさと換えよう」
「う、うん」
詳しい説明はせずに、レノはティアを引っ張って、行き着けの洋服店へと入っていった。
流石に詳しい話は憚られた。なにせ、一般人は諜報機関の事など知らないのだから。
そして、こうした不思議な遣り取りがレノについて、ティアがより興味を抱いていく要因となった。