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11~狼と満月の夜~

妖怪専門とよばみ探偵事務所11~狼と満月の夜~


「最近うちのシマを荒らす奴がいやがる」と言ったのは屈強な体つきをした、顔に傷を持つ男である。

 男が言うには「しかもそいつぁ、あんたの知り合いの知り合いだって言うじゃねえか」だそうで、つまりは赤の他人ではないか、と弥太郎は思うのだが――この手の客に常識は通じないので黙っておくことにする。

 いかにもやくざなこの男はしかし、やくざではなく、弥太郎の客としては珍しくない、妖怪である。

 ――『妖怪でお困りの方、お困りの妖怪の方はこちら! とよばみ探偵事務所』という看板の出ているこの事務所には、まともな相手はまず来ないのだ。

 弥太郎はややうんざりしつつ尋ねた。

「今度は何と争っているんです? 野犬ですか? 人面犬ですか? それとも狐と狸が結託して戦争でも仕掛けてきたんですか?」

 目の前の客の正体は送り狼である。

 送り狼は夜道を歩く人の後ろを尾けて、その人が転んだり振り返ったりすると襲いかかって喰らうというなかなか物騒な妖怪だが、送り狼に尾けられている間は他の妖怪は寄り付かないし、危険なものは送り狼が排除してくれるため、むしろ夜道を歩く人にとってはありがたい妖怪だ。

 しかもここらの送り狼は、昔、街の者との間になにか約束したらしく、振り返ろうが転ぼうが襲っては来ないし――どちらかというと「夜道パトロール」の使命感が強いようである。

 まあ、そのせいで前は「最近野犬が増えていて困る」と愚痴をこぼしていたし、こないだも「人面犬の野郎が出しゃばっているせいで、カメラを持ったおかしな連中に追っかけられた」と憤っていたし……しかもそれを弥太郎に相談に来るものだから、ため息が出るのだが……。

 送り狼は言う。

「荒らしてやがるのは狼男だ。あんたの常連客にヴァンパイアがいるだろ? 狼男といえばあれの仲間じゃないか」

「ああー……」

 弥太郎は納得がいった。

 以前、弥太郎は祓い師に狙われている吸血鬼と関わったことがあり、それ以来その吸血鬼は弥太郎の常連客になっているのだ。

 常連客のその吸血鬼は「相談」と称してのろけ話やら日常生活の愚痴やらを話してくるのだが、たしかに最近、気になる「相談」を受けた覚えがある。

 すなわち、「最近、わたしの彼女が『あなた、変な連中と付き合ったりしてないよね?』と疑いをかけているんだ。身に覚えがないのだが、どういうことなのか」と。

 送り狼は言う。

「こっちは迷惑してるんだ。狼男が暴れてるせいで、おれたちは人の子を守りづらいし、おれたち自身も祓い師どもに狙われるし。……ああ、思い出したんだが、最近の祓い師どもはどうも様子がおかしいぞ。いきなり葡萄酒をぶっかけてきたり、輪になって囲んできたと思ったら悠長に異国の歌を歌ったりするし」

「うわあ……」

 弥太郎はなんとなく祓い師たちの正体に見当がついてげんなりとした。

 葡萄酒はキリストの血を表すものだし、悪魔は銀に弱いし、異国の歌というのは聖歌のことだ。

 ……つまりは祓い師たちの正体は「教会」とやらのわけで。

 送り狼は言う。

「とにかく、うちの若いのを寄越してやるから、なんとかしろ」

 これは好意なのだろうか、それとも「監視しているから逃げられないぞ」と脅されているのだろうか。

 一瞬不安がよぎったが、弥太郎が唸っていると、送り狼が「金なら腐るほどあるぞ。祓い師どもが何故か銀製の武器を使って襲ってきたからな」と言うので、どうやら好意らしいと分かった。

「分かりました。なんとかしますよ」

 弥太郎はため息が出るのをこらえつつ……いや、やはりこらえきれずに盛大に深い深いため息をついて、そう返事をした。


 ***


 依頼を受けてから一週間が経過した、十一月の初旬である。

 送り狼の言葉とは裏腹に一向に現れる気配のない狼男のせいで、弥太郎は連日寝不足だった。

 念のために弥太郎の客である吸血鬼に狼男との関係について聞いてみたところ、「弥太郎殿。それはテレビの観すぎだ」と真剣な顔で言われてしまったので、やはり今回の件とは無関係らしい。

「テレビやインターネットは強力な洗脳能力を持つから、気をつけたほうがいい。メディアというものは実体を持たないうえに影響力が強く、脅威的な存在だ。われわれ吸血鬼よりもたちが悪いぞ」だそうだ。

 おまけに祓い師の件も解決していない。

 なにしろ相手は弥太郎の客である妖怪にこっぴどくやられた過去があるので、弥太郎が彼らに接触しようとすると、奇声を上げて逃げられてしまうのだ。

「祓い師から恐れられるなんて、さすがですねえ」

 若い送り狼が感心したように言う。

 否定したいところだが、言い訳のしようがないのが残念だ。

 仕方がないのでここいらに詳しい鼠に頼んで祓い師たちの居場所を探ってもらっているが、なかなか見当たらない。

 鼠が言うには、「いやあ、人間って、あんまり見分けがつかないじゃん?」だそうで。

 その上、送り狼が「ふん、役に立たないな」と挑発すると「うるさいなあ、犬っころの縄張り争いに巻き込まれるこっちの身にもなってみろよ」と喧嘩が始まるものだから、手のつけようがない。

 送り狼の攻撃をひらりと避わして鼠が言う。

「そんなことよりも、先月、妖怪でもないのに妙に獣臭い人間を見つけてさあ、気になって気になって仕方がないっていうか」

 ……獣臭い人間?

「こっそりあとを尾けていったら、その男、月を見上げたかと思うといきなり上半身が狼に変わったもんだから、驚いたよ。――ああ、月の半ばごろの話だけど」

「そいつがおれたちが探してる狼男じゃないか。なんで弥太郎殿に報告しなかったんだ。その後どうしたんだ?」

「もちろんそりゃ、慌てて帰ったに決まってんじゃん。だってそいつにつられて月を見たら、満月だったんだぜ? 満月といえば月見酒をやらなくちゃいけないじゃん?」

 妖怪はどうも人とは感覚が違うから困る。

 てっきり怒ってくれるだろうと思っていた送り狼も鼠の言葉にうんうんと頷いて「月見酒なら仕方ないな」と言っている。

「あ。でも、そいつの住んでる家なら分かるよ。結構いい身なりしてたから、今度脅かして酒をたかろうと思って目星つけておいたんだ。結構豪華な家だったな」

「どこだ、それ?」

 案内してくれと頼むと、鼠は小さな足をせかせかと蹴り出して歩きだした。

 連れ立って鼠のあとをついていくと、たしかに品格漂う大きな屋敷に辿り着いた。

 呼び鈴は普通の機械製のもののようだったので、恐る恐る呼び鈴を押してみると、『どなたですか?』と機器から声がした。

「とよばみ探偵事務所の豊喰弥太郎と申します。とある事件の聞き込み調査を行っているのですが、ご協力いただけませんか?」

『えっ、弥太郎?』

 なぜだかぎょっとしたような声。

 しかも、どうも聞き覚えのあるような声だ。

 これはまた面倒なことになるなあ、と弥太郎が思っていると、案の定、屋敷の中から弥太郎の知り合いが出てきた。

 弥太郎の友人のジョバンニ・スターマンである。

 ふんふんと送り狼が鼻を利かせて、「あれ」と首を傾げる。

「たしかに、獣のような匂いが着いてはいるが……この男は、違うんじゃないか?」

「うん? あれ? この男は弥太郎の知り合いだな。おっかしーなあ」

 二匹が好き勝手に言っていると、屋敷からもう一人、初老の男が出てきた。

「あ」と二匹が声を上げる。

「こいつ! この男で間違いないですよ、あっしらが探している狼男は!」

 送り狼が牙を剥き出しにしてグルルルと唸り声を上げるので、弥太郎はぽんぽんと送り狼の背中を叩いてたしなめた。

「落ち着きなさい。話し合いに来たんでしょう?」

 ごわごわした感触だ。

「……あの、きみ。この毛並みどうにかならない?」

「いやぁ、水が苦手なものでして」

 弥太郎は、あとでこの送り狼を風呂に放り込んでブラッシングしよう、と決心した。

「……弥太郎、事情を説明してくれますか? この方を探していたとは?」

 ジョバンニが初老の男を庇いながら言った。

 弥太郎は、この近辺で狼男が目撃されて騒ぎになっていることと、送り狼と吸血鬼がとばっちりを受けて祓い師に狙われていることを話した。

 ジョバンニと初老の男は顔を見合わせた。

 なにやらジョバンニが外国語で男に説明すると、男は「ああ」と手を叩いて弥太郎のほうを振り返った。

「ヤタロウ? ゴメンナサイ、――」

 身振り手振りからすると、どうも真剣に謝っているということだけは分かるのだが――しかし外国語なのでなんと言っているのかはわからない。

 ぽかんとしている弥太郎と二匹の様子を見て、ジョバンニが説明する。

「すいません。ちょっとしたアクシデントでして……。この方はわたしの友人なのですが、満月の夜が近付くと自分の意思とは関係なく狼の姿になってしまうもので。――普段は家に籠ってやり過ごすんですが、先月はハロウィーンの月だったので、居ても立ってもいられずに外に出てしまったようですね」

「ああ、それで……」

「あの月見酒の」

「まあ、先月の満月は格別に綺麗だったからな。解らないでもないな」

「なに言ってんだ、十五夜なら九月に決まってんだろ」

 話が脱線しているようだが。

 弥太郎は言う。

「いえ、わざとではないのなら大丈夫でしょう。……あの、今後もこういうことって起こりますか?」

「おそらくはそういった心配はいらないでしょう。彼は、『異形』に関する概念が異なる日本でなら満月の夜でも変身が起こらないのではないだろうかと期待して、こちらへ来たのですが……、結果は芳しくなかったようで。今月末には帰国しますし」

 その言葉に、狼男だという男はちょいちょいとジョバンニの肩をつついてなにか言った。

「ジョバンニ。ヤタロウ――、――? ヴァンパイア?」

 ふむん、とジョバンニが頷く。

 弥太郎は首を傾げて尋ねた。

「なんですか?」

「いえ、弥太郎。あなたがヴァンパイアと付き合っているというので、その伝手でわれわれに紹介していただけないだろうかと……。なにしろヴァンパイアと狼男は関わりが深いから、狼男の変身の謎が解けるかもしれない」

 例の吸血鬼いわく、「狼男のことは詳しくない」そうだが……特段断る理由がないので、今後について打ち合わせたのち、弥太郎は事務所に戻ることにした。

「――ああ、それと。祓い師のほうもこちらでなんとかしておきますよ。この方を魔物呼ばわりするとは、失礼な輩だ」

 ジョバンニがゆらりと瞳を揺らめかせてそう言った。

 御愁傷様。

 弥太郎は心の中で、祓い師たちに対して手を合わせた。


 ***


 帰り際、ふと思い出したように鼠が弥太郎ほうを振り返って言った。

「おい、弥太郎。あの吸血鬼に会うんだったら、あいつの前で『付き合う』だの『付き合わない』だのって単語は口にしないようにしろ、――って、あの外国人に言っておいたほうがいいぜ」

「……うん?」

「だって、『付き合う』だなんて――あいつの彼女に誤解されたら、やばいじゃん」

 鼠は言う。

「あの女、おれの知り合いと同じタイプの女なんだもん。怒らせたら『お前の子供を一日に五百人殺してやる』とか言い出すタイプ。あいつ、『いつかきっと彼女に灰にされる』って心配してたし」

 鼠の言葉に送り狼もうんうんと頷く。

「夫婦喧嘩は犬も食わないって言うもんな。巻き添え食らわないように気を付けなくちゃな」

 ああ、と弥太郎は納得した。

「それでは、おれはここで」

 送り狼がそう言って立ち去ろうとするので、弥太郎はその首根っこをむんずとつかんで引き留めた。

 なにしろブラッシングの件は忘れていない。

「ちょっときみ、その毛並みどうにかしたいからうちの事務所に来なさい」

「ぎゃーっ、暴力反対!」

 弥太郎は、無視。

 鼻歌を歌いながら足早に歩くことにする。

 すっかり秋だ。

 だいぶ日が短くなってきている。

「ふさふさにされるーっ」

 ぎゃんぎゃんと送り狼が吠えている。

「あーあ。御愁傷様」

 じたばたともがいている送り狼を見送りながら、鼠が呟いた。

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