退院
「加賀秀樹さん。
検査の結果問題がない事がわかりました。
明日にでも退院できますよ」
医者は言った。
俺は思った。
このまま、
しばらく入院していたほうが、良いのではないかと。
しかし、
現場に戻ったところで、
今は時間がある。
ゆっくりと、指導していくこともできるだろう。
加賀は俺の目を見る。
どうしたら良いのだろう。
そんな目だった。
「加賀。じゃあ、退院しようか?」
「……」
何を考えている。
あぁそうか。
不安なのか……、
「わかるぞ」
俺は肩を叩く。
加賀は頷く。
「先生。荷物を纏めます」
俺は頭を下げた。
「わかりました。手続きを取りましょう」
医者は病室から出て行った。
加賀は、
国語辞典を開いていた。
「どうした?」
「たいいんというのが、わからなくて。
俺どこかの部隊に入るんですか?刑事やめて」
加賀は不安そうな顔をしている。
「そっちじゃない。退院。病院から出るの。もう治療は終わりってこと」
「あぁなるほど。そりゃそうだ。俺元気だもの」
「さっきの不安そうな顔。そういう事だったのか?」
「そういう事って?」
「いや。だから、どこかの部隊に入るんじゃないかと不安だったのか?」
「いやいや。単純に言葉がわからなくて」
「あぁそっちか」
なるほど、
昔は病院で、
入院するみたいな仕組みがなかったのかもな。
そりゃ言葉を聞いてもわからないわな。
「じゃあ準備するぞ」
「はい。
俺……、
相沢殿に別れの挨拶を……」
加賀は目を伏せた。
あぁ寂しいのだろう。
この世界に来て、
俺以外に心を許せた少ない人物の一人だ。
こんなにすぐに、別れが来ようとは。
「別れって寂しいよな」
俺は窓の外を見た。
小鳥が仲良さそうに話していた。
「別れが寂しい?」
「そりゃそうだろう。寂しいだろう」
「なぜ?」
「なぜって、そりゃ、お前さん。数少ない心を許せた人物だろう」
加賀は不思議そうな顔をしている。
俺はなにか頓珍漢な事を言ったのか?
「俺の生きていた時代は戦が多く、人は簡単に逝った。
だから常に明日は生きていぬかもしれぬ。
そう考えていた。
別れには慣れている」
「じゃあ。なんでそんな寂しそうな顔をしている?」
「寂しそうな顔?」
加賀は鏡を覗き込む。
こいつ自覚はないのか。
「あぁ本当だ。
これは寂しそうな顔だ。
もしかして、俺はいつもこんな寂しそうな顔をしていたのか」
「知らねぇよ。でも顔が言ってる。寂しいって」
「しかしな。
寂しいからってどうなんだ。
ここに、ずっといる訳にはいかねぇだろ」
「まぁ確かにな。しかし退院してからも、相沢殿に会いに来る事くらいはできる」
「そんな事しても良いのか?家族でもないんだぞ」
「俺はお前の家族か?」
「いや。あんたは違う。同僚で、先輩だ」
「相沢殿はお前にとってなんだ?」
「な、なんだって、大切な人とでも言わせたいのか?」
加賀は紅くなっている。
どうした、こいつ?
「違う違う。後輩みたいな者じゃないのか?色々教えてもらったし」
「そ、そうだな」
「先輩が後輩を見舞ってるわな。
後輩が先輩を見舞っても罰は当たらないだろう」
「そ、そうだな。よし見舞いに来る」
「よし、じゃあ挨拶してこい」
「うす」
加賀は病室を出て行った。
……
ワシは相沢殿の病室に向かった。
相沢殿の様子がおかしい。
「相沢殿。どうされた」
「いや……、なんでもない」
なんでもない様子ではない。
「俺は明日ここを退院する」
「そうか。寂しくなるな」
相沢殿は元気がない。
「相沢殿には世話になった」
「気にするな。爺の暇つぶしじゃ」
「見舞いも来たいと思っている」
「やめろ、やめろ。こんな爺と付き合っていても、何の得もない」
相沢殿には、見舞いなんて言葉は釣り合わない。
そう思った。
ワシは考える。
「相沢殿には、まだまだ教えてもらいたいことがある」
相沢殿の顔が緩む。
「まぁ別に構わないが、ほらお前の先輩もいるだろう」
「先輩は先輩だ。相沢殿は相沢殿。師が二人いては贅沢か?」
「贅沢じゃない。それも良い。金以外で頼られるのは良いもんだ……」
相沢殿は、
窓から遠くを見た。
「なにかござったか?」
「いやな。息子が痴漢をしたみたいでな。その示談金を請求されたんだよ」
「痴漢。示談金」
「あぁしまった。これは言ってはいけない事だった。すまないが内緒にしていてくれ」
「示談金とは金の事か。それはいくら必要なんだ」
「300万」
「それは大金なのか?」
「貯金を解約しないと無理だな。退院もしないと」
「退院すると、どうなる?」
「どうなるだろうな?後は自然に任せるさ」
「そうか。わかった。では御免」
俺は相沢殿の病室から出た。
俺は自分の病室に戻る。
「おぉ加賀。挨拶は済んだか?」
「あぁ済んだ」
「どうした。暗い顔をして、別れが寂しいか?」
「富山殿、いや富山さん。300万は大金か?」
「まぁ大金だな。どうした?」
「それを用意したい。どうしたら良い?」
「どうしたら良いって……、
あぁ相沢殿が、急に入用になったとかって奴だな」
「そうだ。何故わかる?」
「そりゃわかるよ。それで金は何の金だ。示談金か?」
「そ、そうだ。すごいな。それが刑事の勘ってやつか」
「そ、そうだ。俺くらいになるとな、なんでもお見通しだ。だからな。嘘をついても無駄だぞ。だから言え。吐いてスッキリしろ」
「そうだな。実は相沢殿の息子さんが痴漢をしたみたいで、その示談金を請求されたみたいなんだ。ところで痴漢とは?」
「痴漢ってのは、異性のお尻とかを触る事だよ」
「そんなもの。普通に茶屋などでしてるだろ」
「昔は知らないが、今は違法なんだ」
「そうなのか。聞いてて良かった」
「駄目だぞ。やっては」
「わかった。肝に銘じておこう」
「じゃあ。相沢殿の所に行くぞ」
「行くって?」
「わからねぇのか?刑事の仕事だよ」
「まさか。相沢殿を逮捕?相沢殿が何をした」
「違う違う。事情を聞いてな。まぁ黙って来い」
「うす」
ワシは富山さんについていく事にした。




