まりあ、作戦を立てる
「そうだ、最初に言っておかなきゃ。アタシと組む上で一つ約束があるわ」
目的を共有し、作戦会議に入ったまりあとノア。
だが、開口一番――ノアが真剣な表情でまりあへと告げた。
「約束……ですか?」
「そう、約束。……契約と言ってもいいわ。これを破った瞬間、アタシとアナタの共同戦線は終了よ」
そう言って、ノアがビシッと人差し指を突きつける。
「アナタは絶対に、エリートたちに惚れたらダメよ。恋だけは、しないで……!」
そう言って、切なげな表情でまりあを見つめるノア。
それは、約束というよりは―――どこか懇願のようにも聞こえた。
「誰か一人を選んでしまったら、すべての領域は手に入らないわ。そのときはお父様のことはスッパリ忘れて、男の尻でも追いかけてなさい」
突然、突き放すように言い放つノアに、まりあの心臓がドキりと跳ねる。
父よりも大切な相手ができる……それは、今のまりあには想像もできないことだが、「父以外を選ぶことは許されない」と、釘を刺されたように聞こえた。
「いい、まりあ。アナタがすべきはエリートとの甘酸っぱい恋愛じゃない。それだけは絶対に忘れないで」
「わかりました。肝に銘じます」
強い言葉に応えるように、まっすぐに頷く。
まりあとて、安否の不明な父を放って恋愛に興じる気など更々ない。
彼らは父を助けるための手段でしかないのだと、改めて心に刻んだ。
「それじゃあさっそく、最初にコンタクトを取る相手だけど……」
「それでしたら……大倭桔嘉さんは、いかがでしょうか?」
ノアが名を挙げる前に、おずおずと声を上げる。
すると、驚いたように目を開いたノアは、けれどもすぐにニヤリと口元を歪めた。
「あら、いいところを突くじゃない。アタシも大倭を指名しようと思ってたのよ♡」
大倭桔嘉は、若くして政界の頂点に立ち、そのすべてを統べる男だ。
「国政の要である大倭桔嘉を味方につければ、他の領域にも繋がりを作りやすくなるものね♡」
もちろん、まりあもその理由を大前提として桔嘉を指名したが、最初のターゲットとして選んだのには別の理由がある。
―――大倭桔嘉は、既にまりあとの接点を持つ人物のうちの一人でもあるのだ。
皇財閥の令嬢としての立場上、政界の催しにも参加する機会の多かったまりあは、言葉を交わしたことこそなかったものの、その姿は何度も目にしている。
(桔嘉さんはいつも、何人もの女性を連れていた……)
煌びやかなドレスに身を包んだ、華美な印象の女性たち。
その誰もが自信に満ち溢れ、桔嘉の隣を我が物顔で歩いていた。
(気の強い、華やかな女性……それがきっと、桔嘉さんの好みだ)
ただでさえ目立つ集団だ。その印象は、しっかりと記憶に残っている。
「公邸ではハウスキーパーを何人も雇ってるから、潜入するのも楽だしね♡」
「ハウスキーパーとして潜入するんですか?」
「そうよ。心の距離を近づけるには、物理的な距離を近づけるのがいちばん効くわ♡」
さらりと放たれたノアの言葉に、まりあはパチパチと目を瞬かせる。
父に付き添いで社交場に顔を出したことは何度もあったが、実際に働くのは初めてだ。
不慣れな職務に加えて、恋愛の駆け引きまでこなせるのだろうか……と不安が過るが、恋愛経験のないまりあには、ノアのアドバイスがなければ男のオトし方など分からないのだ。
ノアが距離を詰めろというのならば、従うしかない。
「皇財閥のほうはアタシに任せて。お父様がいなくなったことは、隠し通しておいてあげるから♡」
ノアは当然のようにそう言うが、その言葉はまりあの胸にじんと染み渡る。
皇財閥当主の不在が外部に漏れれば、皇家はたちまちハイエナたちの餌食になるだろう。
しかし、その懸念をノアが払拭してくれるのならば、まりあは前だけを向いて突き進める。
「何から何まで……本当にありがとうございます、ノア」
もう何度めかになる感謝を口にするまりあに、ノアが無言で微笑む。
そして、どこからともなく一着の衣装を取り出した。
「はい、これ。アナタの戦闘服よ♡」
「私の……戦闘服……」
差し出されたのは、漆黒と白のコントラストが美しいクラシカルなメイド服。
戦闘服にしてはファンシーなそれが、ハウスキーパーたちの制服らしい。
(ここから始まるんだ、私の闘いが……)
これから着るのはメイド服で、向かうのは首相公邸だが。
それでも戦地に赴く兵士のように、まりあは覚悟を胸に刻む。
―――敗けるわけにはいかないのだ。
父を取り戻すために、どんな手を使ってでも五人のエリートたちを手に入れてみせる。
さあ、支配と服従の、戦いの幕を開けよう。




