閑話休題 その頃の桔嘉さん
「なあ、あいつ……次はいつ来んだ?」
仕事中の桔嘉から発せられた質問に、誠史郎は「はて」と首を傾げる。
「あいつ」とは、どう考えてもまりあのことだろう。そんなことは考えなくともわかる。
だが、まさかまりあの来訪をこれほどまでに桔嘉が待ち望むようになるとは……これはなんとも面白……いや、実に興味深い。
口元に浮かぶニヤニヤとした笑みを一切隠すことなく、誠史郎が口を開く。
「まりあ嬢が気になるので?」
「そりゃ……気にはなるだろ、あんな変な奴」
「早く会いたい、と聞こえましたが」
「んなこと言ってねぇ。……ただ、あいつ、めちゃめちゃ突拍子もねぇ行動するだろ。来るなら来るで、こっちも対策を考えねぇと……」
もっともらしい理由を並べる桔嘉だが、苦しい言い訳だと自分でもわかっているのだろう。
恥ずかしそうに言いよどむ桔嘉に、誠史郎の笑みが深くなっていく。
「生憎、まりあ嬢もお忙しいようで……ここにいらっしゃるのは週に一度という契約になっております」
「忙しい? 親父の仕事の手伝いでもしてんのか?」
「婚活をなさっていると仰っていたではありませんか。なんでも、噂では諸星輝夜との共演権まで手に入れたようでございますよ」
「は……? んな奴まで狙ってんのか、あいつ」
婚活で五大領域でも制覇するつもりかよ。と当たらずとも遠からずといった苦言を呈する桔嘉だが、当の本人はそんなこと知る由もない。
その表情には「面白くない」といった感情がありありと浮かんでいる。
「おや……まさか、諸星輝夜に嫉妬でも? 一国の首相ともあろうお方が、齢17歳のアイドルに?」
「……うるせぇ。あいつは皇だぞ。変なスキャンダルでも出たら、経済界に響くだろ。国益を考えてんだよ、俺は」
即座に返した桔嘉だったが、その声にはいつもの覇気がない。
「ほう。国益、ですか」
誠史郎は感心したように頷く。
「では、まりあ嬢と輝夜様が親密になることが『国益に適う』と判断された場合、快く身を引かれると?
さすがは我が国を背負うお方。公私混同など一切なさらないのでございますねぇ」
「ぐぅ……!」
痛いところを突かれ、桔嘉の表情が歪む。
だが、流石は国を背負う男だ。腹黒にここまで追い詰められても「ぐうの音」くらいは出るらしい。
「そんなに寂しいのでしたら、わたくしがまりあ嬢を真似て顎でも掬って差し上げましょうか?」
もちろん、誠史郎にそんな趣味はない。
ただの意地悪な冗談である。
だが、桔嘉がどれほど嫌そうな顔をするのかと思えば、試してみる価値は十分にある。
「死んでも嫌だ。さっさと仕事の続き持って来い、バカ」
即答だった。
敵対勢力からの挑発や揺さぶり程度では眉ひとつ動かさない男が、露骨に嫌悪感を示している。
その反応が余計に面白くて、誠史郎は口元に浮かぶ笑みを隠そうともせず、肩をすくめた。
「やれやれ……。坊ちゃまは、まりあ嬢が誰と何をしているのか気になって仕方ないご様子でございますね」
「気になってねぇ。いいから仕事持って来いつってんだろ」
即座に否定する桔嘉を、誠史郎は涼しい顔で受け流す。
どこか楽しげな笑みを浮かべながら、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば……まりあ嬢は製菓の才能もおありでしたね」
「ん?」
「試作品を試食させていただいたのですが、美味しかったですよ。坊ちゃまの大好きなモンブラン」
「いや、なんでお前が食ってんだよ。調理室でサボってやがったのか、この野郎」
当然の疑問を口にする桔嘉だったが、誠史郎はまるで意に介さない。
むしろ、ここからが本題だと言わんばかりに、穏やかな笑みを浮かべて続ける。
「とろけるような甘みで……あのような情熱的な味は初めてでした。いったい誰を想って作っていたのやら……」
「は……? な……!?」
普段なら、どれほど巧妙な揺さぶりを受けても冷静に切り返す桔嘉が、あからさまに動揺する。
そんな珍しい反応を楽しむように、誠史郎はさらに追撃した。
「仕事で疲れた脳に、せめて糖分を……と仰っていましたよ。桔嘉様は無理をしすぎるところがあるから、と」
「あ……う……」
言葉が出ない。
国を背負う立場として、どれほど厳しい交渉の場に立たされても決して崩れない男が、たった一人の少女の気遣いひとつで、ここまで簡単に言葉を失っている。
その事実が、誠史郎には何よりも面白かった。
「次にまりあ嬢がいらしたときのおやつは、きっと桔嘉様の胃袋を掴むために、愛情という隠し味が大量に込められたモンブランでしょうね。……楽しみですね、坊ちゃま」
「うるせぇ……お前、キライだ……!」
そう言って机に突っ伏す桔嘉の耳は、真っ赤に染まっていたのだった。
そろそろ桔嘉さんの存在を忘れられてしまっているのでは……と思いまして。
ここらでちょっと、腹黒に苛められておいてもらいました(笑)




